第16話 泣く子には勝てない
マコトはコアラホールドをする男児のほか女児を一人抱え、狐火を灯りに隠れ里を出て帰路につく。その隣では小咲が残る一人の女児を背負い、二人から数歩遅れて手ぶらの鷹人が足を引きずりつつ歩いていた。
位置はスマートフォンのGPS連動地図アプリで、方角は鷹人が月と星の位置から割り出し、ひとまず鷹人の車があるという場所へと向かうことにした。
そこでマコトは大事なことを思い出し、上機嫌で隣を歩く小咲を見上げる。
「そういえば小咲達はどうやって隠れ里に入ったんだ?」
「あ、はい、これのおかげです」
そう言って小咲はズボンのポケットからハンカチを取り出すと、ベルトに吊るされたポーチからガサゴソと何かを取り出し、ハンカチに包んで取り出した。
そして小咲がマコトの前でハンカチを開くと、そこあったものにマコトは言葉を失った。
今更ながらマコトは山に入ったときに聞いた破裂音の、その正体を目の当たりにしたのだ。
「拳銃……? そういえばACTって、警察だったな……」
「殺生石があれば隠れ里に入れるのはご存知ですよね? これの素材に、砕いた殺生石が使われているんです」
「な、何だって!?」
予想外の言葉に、驚いたマコトは拳銃へと手を伸ばし触れてしまうが、当然そこにはタマの力は感じられない。
そもそもタマの力が入った殺生石であれば、この距離でマコトの中にいるタマが気付かないはずはないのだ。
「だ、駄目ですよ、フォックスさん……それに下手に触ると、妖力が奪われてしまいます」
「小咲、何をしている!」
「は、はいい! 何でもありません!!」
小咲が後方を歩く鷹人に返事を返すと、体の前で拳銃をハンカチで包み直してゴシゴシとこすり、腰のホルスターにしまう。そして悪戯が見つかって叱られた事のような、バツの悪そうな顔をマコトに向けた。
「こういう加工をしないと、妖怪に攻撃が通じませんからね」
そう言って小咲は、対妖怪武器について説明をしてくれた。
大半の妖怪には、直接攻撃以外に効果がない。
古来より体が妖気で作られる妖怪に対しては、人の気力や妖力を乗せやすい剣や鈍器、中でも力を通しやすい銀製の武器が有効だと言われており、殺生石による加工はその銀を遥かに超える効果があるのだと言う。
「オレにそんなことまで話して良いのか?」
「その、私は先輩のように妖怪に恨みがあったり、日本のためとかって考えでACTに入ったわけじゃないですから……。たまたま適正があっただけで、私は犯罪の被害者を減らしたいだけなんです。……おかしいですか?」
「おかしくなんかない。立派だと思う」
自信の無さそうな顔を向けてくる小咲に対し、マコトは精一杯の笑顔で応える。
そのせいなのか小咲はまたも頬を染め、マコトと腕が当たりそうな距離まで近付くと、嬉しそうに並んで歩いていた。
少しするとマコトはるか前方に気配を感じ、足を止め頭上の耳に意識を向けた
「えっ? どうしたんですか、フォックスさん?」
「しっ。……誰か、いる? 何か……いや、誰かを探している?」
それは鷹人の車が止まっている辺りで、結構な人数が鷹人と小咲を探しているような声が聞こえる。更には子供達の名前を呼ぶ声も混じっており、追いついてきた鷹人にもそれを伝えると、不機嫌さを前面に押し出すように顔をしかめた。
「俺達は秘匿部隊だ。それに剣を持ったまま大勢の人前に出るのはまずい。……マジカル・フォックス、此処から先はお前一人で子供を連れて行け。俺達はその隙に車へ戻る」
「オレを囮にするのは良いけど、手柄とかどうすんだよ」
「不要。そもそも妖怪と馴れ合ったことを知られる方が問題だ。それより……これで貴様とはお別れだ。最後に俺の質問に答えろ」
鷹人の左手は剣の鞘を握っているが、右手は体の横に垂らしたまま。少なくとも害意はないと判断したマコトは背筋を伸ばし、真剣な眼差しを向ける鷹人と正面から目を合わせる。
「人助けをする妖怪なんて見たことも聞いたこともない。なぜ貴様は人助けをしている? 貴様は姑獲鳥の正体を知るため、誰かに電話をしていたな。背後にいるのは何者だ? なぜ貴様はカメラに映る? 最近になって人前に出てきた理由は何だ? 貴様は妖怪かそれとも半妖――」
「多いよ! 普通この流れって質問一つとかじゃないか!?」
「くっ……しかし……」
質問を遮られたからなのかムスッとして考え込んだ鷹人の姿に、マコトは軽くため息を吐く。
そもそも答えられない質問は無視するつもりだったが、はっきり答えておいた方が良さそうな質問もあると感じたマコトは、鷹人と小咲へ交互に目をやり、口を開く。
「人に悪さをする妖怪もいれば、その妖怪を懲らしめている妖怪もいる。これまでは人知れず活動していたらしいから、人に味方をする妖怪の存在を知らないのも無理はないと思う。そして……オレの存在がきっかけになって、人に味方をする妖怪はこれからも増えていくと思う」
最後のは、マコトの願望である。
他にも人助けをする妖怪が現れれば、マコトへの注目度が下がるかも知れないという打算もある。だがそれ以上に、人と妖怪が良い関係を築くためには、自分だけが活躍しても意味がないからだ。
マコトは話を聞いて驚いている様子の鷹人と小咲の顔を交互に見て、微笑みを向ける。
「鷹人、小咲……今後オレ以外にも人の味方をする妖怪と出会ったら……敵対しないでもらえると、嬉しいな」
「は、はい! 私はフォックスさんに助けられました! だから――」
「黙れ小咲。……約束はできん。俺達はACTだ。国のため国民のため、妖怪を討ち滅ぼすための部隊だ」
言葉を遮られた小咲が、鷹人に抗議しようと口を開こうとしたが、鷹人はそれを制して言葉を続けた。
「だが……上には伝えておく」
「……十分さ。ありがとう、鷹人。小咲も世話になった」
マコトは二人に微笑みかけると、小咲が背負う女児を受け取って空いている手で抱える。
両手に女児一人ずつと真ん中にコアラホールドする男児一人を抱え、最後にもう一度二人に微笑みかけて踵を返す。
そして小咲の「またいつか」という声を背に、マコトの胸の谷間に顔を埋めたまま身動きしない男児が落ちないよう、気をつけながら足を速める。
少し駆け足で進むと、やがて相手もこちらの狐火に気付いた様子で、ザワザワし始めた。
見たところ二十人ほどの人が懐中電灯を片手に辺りを捜索していたようだが、その中に大型のカメラを抱えた人がいるのを見つけ、マコトはげんなりする。
だが妖怪のイメージアップ活動の良い機会だと割り切り、自分はマジカル・フォックスだと己に言い聞かせると、集まる人々へ向けて足を進める。
「ああ! ひなちゃん!!」
「ようこちゃん!? 無事なのね!!」
「ゆうちゃん!? ゆうちゃああああん!!」
マコトが姿を現すと、親らしき人たちが我先にとマコトへ駆け寄った。
危険だからと静止しようとしたスーツ姿の男性が一人、親たちにもみくちゃに踏まれていたのが可愛そうだと思いながら、マコトは駆け寄ってきた親たちに子供を渡す。
コアラホールドしていた男児は近付いてきた母親の声に振り返ると、マコトよりも更に大きな胸の母親へと飛び移ろうとし、その行動がマコトを大いに慌てさせた。
女児二人はまだ目を覚ましていないが、無事に再開できたその姿にマコトは喜び、笑みがこぼれた。
だがひと仕事終えて安堵するマコトを、スーツ姿の男性たちが駆け寄り取り囲んだ。
その目はいずれも恐怖と警戒を浮かべている。
「あ、あんた……何だその格好は! ふざけているのか!!」
「この子供達はお前が誘拐したのか! どこに隠していた!!」
「そ、その火の玉は何だ! 今すぐ消しなさい!!」
こういった反応も予測していたマコトだったが、実際に言われるとやはり悲しいもので、言葉を失い立ち尽くしてしまった。
「抵抗するなら、公務執行妨害で逮捕するぞ!」
「……オレは子供達をさらった悪いやつを退治して、子供達をここまで連れてきただけだ」
「嘘をつくな! 大人しくしろ!!」
そう言いながらスーツの男性たちはじわじわと距離を詰めてくるが、どうやらマコトが傍らに照明代わりに出していた鬼火を警戒し、一歩を踏み出せずにいる様子だった。
マコトは残念な気持ちを抑えながら周りを見渡し、この場を立ち去る機会をうかがう。
だがその時、大きな声が響き渡った。
「おねちゃ、いじめちゃだめ!!」
母親に抱かれていた男児がマコトの方を向き、泣きそうな顔で大声を上げたのだった。
「おねちゃん、たすけてくれたの! めっ、しちゃだめ!! びえええええええ!!」
子供の泣き声とそれをあやす母親の声だけが山に響く中、マコトは母子の方へと足を進める。
包囲するスーツ男性達がマコトに合わせて動くなか、男児を抱く母親もマコトの方へと歩み寄り、すぐにマコトは男児を抱く母親の眼の前に到達した。
そして号泣する男児の頭を優しく撫で、微笑みかける。
「ありがとう、ゆうくん、だっけ?」
「ひっく。ひっく。おねちゃ……ふえええ……ありあと、おねちゃああぁ……」
「あ、あの……ありがとう、ございました!」
男児を抱いたまま母親が深く頭を下げたのを皮切りに、女児二人の親も包囲するスーツ男性たちを押しのけてマコトに駆け寄り、次々にお礼とともに深く頭を下げた。
それでもスーツ姿の男性たちは眉間に深くシワを寄せながら、まるでマコトから親子を庇うかのように割り込み、遠ざけようとし始めた。
ここでマコトの視界の端に、車の陰からこちらに今にも駆け出しそうな小咲の姿と、それを後ろから羽交い締めにしながら口をふさぐ、鷹人の姿が見えた。
二人の腰からは剣とホルスターが消えていることから、囮としての役目は終わったと判断したマコトは、そろそろ小咲が飛び出して時間稼ぎが全て台無しになる可能性を考え、この辺りで去ることにした。
スーツ男性たちの影からマコトを心配そうに見る男児に笑顔で手を振り、狐火を消すと同時に脚に力を入れて一気に跳ぶ。
そして上空から小咲達にも笑顔を向け、最後にテレビカメラのクルーに目線を送ると、その場で透明化して姿を消す。
そして救急車が上げるサイレン音を背に、森の中を跳び続けた。
その心の内には、ACTにも対話ができそうな人がいるということへの、安堵が広がっていた。




