第15話 きっと照れ屋なんだ
姑獲鳥の隠れ里で衰弱した子供たちを発見し治療していると、ACTの二人まで隠れ里に入ってきた。
その一人であるショートカットでおどおどした雰囲気を持つ女性の小咲が今、マコトの左手を握ったまま頬を染め、チラチラと上目遣いに視線をマコトへ送っている。
「キツイと思ったら言ってくれ。無理されて小咲まで歩けなくなったら、子供担ぎながら肩を貸して歩かなきゃいけなくなるからな」
「はい!」
「じゃあいくぞ……ドレイン」
マコトは左手から小咲の生命力を少しずつ吸い取りつつ、右手で女児へそのまま移す。
先程自分の生命力を男児へ移したときに比べだいぶ楽になったマコトは、女児と小咲の様子を見つつ慎重に生命力の移動を行う。
「んっ……あふぅ……あぁ……」
頬を染めた小咲が艶めかしい声を上げながら地面にへたり込み、もじもじと体を動かしているが、マコトはツッコんだら負けだと自分に言い聞かせながら、ドレインとリリースの調整に集中する。
「こ、小咲!? 貴様、小咲に何を――」
「先輩は黙っていてください!」
小咲の様子に狼狽したような声を上げた鷹人だったが、その小咲に大声で叱られ、目を見開き口をあんぐりとあけて固まってしまった。
マコトは鷹人が心配するのも当然だろうと、目の前で耳まで赤くなりながら荒く呼吸をする小咲を見るが、目が合った小咲はやはり恥ずかしそうに目を逸らした。
やがて女児の血色が良くなった頃に小咲の体が小さく震え、頃合いだと思ったマコトはドレインとリリースをやめ、女児から右手を離す。
「んくうっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
「……疲れただろ? もう良いぞ、小咲。もう一人にはオレの生命力を渡すから、手を離してくれ」
「あ……は、はい……はぁ、はぁ、はぁ……」
真っ赤な顔をした小咲はどこか虚ろな表情をしつつ、何故か名残惜しそうにゆっくりとマコトの手を離した。
どういう状況なのか考えたくないマコトは、残る一人の治療を始めることにする。
「あ、あの……フォックスさんもだいぶお疲れみたいですけど……顔色が、その……」
「……あと一人くらい、なんとかなるだろ」
「む、無理したら駄目です! ……先輩!!」
小咲が振り返り目線を送った先には、足を引きずりながら近付いてくる鷹人の姿があった。
鷹人は腰に挿した剣の柄に手を寄せ、いつでも抜ける状態で警戒の眼差しをマコトに向けている。
「先輩、今は子供の命を優先するべきです。剣の柄から手を離してください」
「小咲、そいつは妖怪だ。離れろ」
「……はぁ。リリース・ライフパワー」
マコトは軽いため息とともに鷹人を無視して、最後の女児へ生命力の譲渡を始める。
これが終わればマコト自身しばらく動けなくなる可能性があるが、今の鷹人からなら逃げるのは容易いし、子供達は小咲に任せれば大丈夫だろうという判断だった。
「小咲!」
「先輩。危険な妖怪がいない今、私達がすべきことは何ですか? 子供の命を助けることも、国の未来を守るために大事なことではないのですか?」
「妖怪を殺すことこそが国のため! そして我々の使命だろうが! 勘違いをするな!!」
睨み合う鷹人と小咲をそろそろ静かにさせようと思ったマコトだったが、どうやら既に遅かったようで、一番小さな男児が驚いたように目を開けてしまい、キョロキョロと周りを見渡すと顔を歪めた。
「ふ……ふえええええ!! ママ! ママ!! びえええええええ!!」
「ああもう、起きちゃったじゃないか……言い争いなら離れてやってくれないか?」
「あ、はい、ご、ごめんなさい!」
号泣する男児に小咲はオロオロしながら腕を伸ばし、男児をその胸に抱き寄せて宥めようとする。
男児は小咲の腕に抱かれて一瞬泣き止むものの、あまり大きくない小咲の胸に顔を埋めるとすぐに顔を上げ、また火がついたように泣き出した。
「いやあああ!! ママ! マーマー!! びえええええええ!!」
小咲もまた泣きそうな顔でオロオロしており、試しにとマコトは左手を伸ばし小咲から男児を受け取ろうとするが、生命力を譲渡しすぎたせいか少しだけバランスを崩してしまう、
そのせいで胸がたゆんと揺れると、それを見た男児が飛びつくようにマコトへ抱きつき、胸の谷間にに顔を押し付けて泣き止んだ。
「……コアラか」
両腕どころか両足まで使ってマコトに抱きつく男児に対し、マコトがため息混じりに発した言葉で、小咲がくすりと笑っていた。
そして女児の方に目をやったマコトは、顔色も呼吸も正常に近付いたように見えたので、生命力の譲渡を終えて右手を離す。
「……小咲、鷹人。子供達を頼んでいいか?」
「え? フォックスさんは……まさか、立てないんですか?」
万が一のため逃げられる体力は残してあるが、できるなら今は動きたくない。
小咲がそんなマコトの思いを見透かすようにマコトの顔を覗き込むと、悲しそうな顔をしたあと、強くうなずいた。
「任せてください。必ず送り届けます!」
小咲の返事に安堵したマコトだったが、そう話はうまく進まなかった。
鷹人は足を怪我しているから任せられないし、両腕に怪我をした小咲一人で三人抱えて歩くのも無理だし、何よりマコトにコアラホールドを続ける男児が、引き剥がそうとすると大号泣で拒否するのだ。
こうなったらマコト自身の体力が回復するまで待つしか無いと考えていると、これまで静観していた鷹人が動き出した。
足を引きずりながらマコトに近づき、遮るように立った小咲に腰から外した剣を鞘ごと預けると、呆然とする小咲を押しのけてマコトの前に立った。
そして不機嫌そうな顔はそのままに、その場に座り込むと左手を差し出した。
「……俺の生命力を使え。お前が動ければ、何の問題も無いな?」
「へえ? じゃあ遠慮なくもらうよ」
「……お前なんぞに借りを作りたくないからな……」
どういう風の吹き回しかとも思ったマコトだったが、それを茶化す気にはなれなかった。
恐らくこれこそが草壁の言っていた、差別との正しい戦い方の結果なのだろうと思うと、少しだけ嬉しくも思えたからだ。
鷹人の左手を握手のように握り返し、自分が動けるだけの生命力を譲り受ける。
この際鷹人が小咲のような怪しい反応をしないかと危惧していたマコトだが、問題は無いと判断するとさらに右手も伸ばして鷹人の手を両手で包み、タマの癒やしの力を流し込む。
すると鷹人は不機嫌そうに眉をしかめたあと、自分の傷ついた脚を右手で触り、小さく舌打ちをした。
恐らく余計なことを、とでも思っているのだろうと感じたマコトは、先に軽い文句ぐらい言ってやろうと口を開く。
「あんたここに残るつもりだっただろ。でも鷹人を置いていけば、子供達を送り届けたあとで小咲が助けに戻るんだろ? それだと小咲の負担が大きすぎるからな、自分で歩けよ」
「……貴様さっきから俺のことを呼び捨てにしているが、馴れ馴れしいぞ」
「つーかスーツに革靴で山歩きとかふざけてんの? 山歩き舐めすぎじゃないか?」
マコトは話をすり替えられたので、逆にすり替え直して軽く文句を言ってみた。
すると鷹人は思い当たる事があったのか、バツが悪そうに目を逸らすと小さく舌打ちをした。
それを見て満足したマコトは鷹人の手を掴んだまま立ち上がり、そのまま鷹人を引っ張り起こす。
「ありがとう、鷹人。おかげでだいぶ楽になった」
「ちっ……助けられた借りを返しただけだ。これ以上馴れ合う気はない」
そう言って鷹人はマコトの手を振り払ったが、不機嫌そうな表情が若干和らいでいることを、マコトは見逃さなかった。
それを見て少しだけニヤニヤしたマコトだったが、どこか寂しそうな小咲に気付くと、その小咲へと笑顔を向ける。
「小咲もありがとう。小咲がいなかったらオレ一人で子供三人抱えて、途方に暮れていたかもな。それに最初、狐火で驚かせてすまなかった」
「い、いえ! わたしの方こそフォックスさんがいなかったら、どうなっていたか……ありがとうございます、フォックスさん」
小咲は頬を染めながらマコトへと笑顔を返し、鷹人はその小咲から剣を奪い取り腰に挿すと、そのままそっぽを向いた。
それを見てマコトは、小咲も鷹人もタイプが違うだけの、ただの照れ屋なんだと思うことにした。
「じゃあ皆で帰ろうか」
マコトはコアラホールドをする男児のほか女児を一人抱え、小咲は残る一人の女児を背負い、狐火を灯りに帰路につくことにした。
このとき一人だけ手ぶらになってしまった鷹人が若干所在無さそうにしていたが、マコトは藪蛇を予測し触れるのをやめた。




