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第14話 いろいろできるって改めて知ったよ

 変身したマコトは頭の上にある耳に意識を向けると、その耳を向けた方向からの音が鮮明に聞こえることがわかった。

 函館の火災現場で、要救助者の声を拾ったことで気がついたのだ。

 それを踏まえて鼻に意識を向けてみると、僅かな匂いまで感じ取ることができることを知った。

 このことから変身とはタマとの融合で、タマの狐としての聴覚や嗅覚を、マコト自身が自由に使えるということを理解する。

 耳や変身時にパンツを破いたことのある尻尾は間違いなく実体があるため、幻術で作っているのは服装だけらしい。


 今更何を、という気がしなくもないマコトではあったが、今までは一刻でも早く変身を解きたい気持ちを優先し、変身してそこまで確認をする気にはなれなかったのだ。

 だが今回それをわざわざ検証したのは、目的がある。


 茨城県の大子町で発生している、連続児童誘拐事件。


 マコトは解決のヒントを得るため透明化し、張り込んでいる報道関係者を避けながら、現場や被害者宅で匂いを嗅ぐ。

 そして予想通りマコトは同じ匂いを感じ取り、その匂いの元を追って山へ向かっていた。


 やがて爆竹が破裂するような音が何度か山に響き、マコトはそちらへ疾走する。

 誰かの叫びや奇妙な鳥の鳴き声もしており足を早めると、やがて一人の女性に食らいつこうとする妖怪の姿を、木々の隙間のはるか向こうに捉えた。

 マコトにはそれを止めるため攻撃をする手段は無い。

 やむを得ず、そこまで届く唯一の能力を使うことにした。


「狐火!」


 マコトは襲われていた女性へと対象を指定し、狐火の炎を発露させる。

 両腕が翼になっている妖怪は突然燃え上がった女性に驚いた様子で、噛み付くのをやめて一息に飛び退いた。

 狙い通りの結果にマコトは安堵を覚えつつ、駆ける勢いそのままに妖怪めがけて飛びかかった。


「ギエエエエエエ!!」


 マコトに気付いた妖怪が威嚇しながら、マコトを避けて上空へと飛び上がる。

 だが交錯するその一瞬にマコトの鼻が捉えた匂いは、間違いなく自分が追ってきた匂いであった。


「お前が誘拐犯だな? 子供をさらうお前の理不尽……このマジカル・フォックスが喰らい尽くす!」


 叫びながらマコトは冷静に辺りを見渡す。

 上空の妖怪は脚が一本途中から切り落とされ、そこから血がぼたぼたと流れ落ちている。

 そして剣を体に突き立てられた妖怪がもう一体と、その傍らで膝をつくスーツ姿にドレッドヘアーの黒人のような男性、そして炎に包まれキョトンとしているパンツスーツの女性が一人。

 状況から人間二人が妖怪二体と戦っていたのだろうとマコトが推測した頃、上空の妖怪がマコトめがけて急降下してきた。

 弁解せず攻撃を仕掛けてくるのは、知性が無く本能だけで動いているか、誘拐の犯人だということだと断定したマコトは、気持ちを戦いへと切り替え深く呼吸をする。

 鳥のような脚の鋭い鉤爪を開いて蹴りを繰り出してきた妖怪に対し、マコトはそれをギリギリまで待つ。そしてマコトとの距離が1mを切ったその瞬間に、マコトは小さくつぶやく。


「狐火・陽火」


 手に現れたソフトボール大の火の玉だけをその場に残し、マコトは軽く後ろに飛び退いて妖怪の蹴りを避ける。

 そしてマコトの狙い通りに火の玉に鉤爪を食い込ませた妖怪が、一瞬にして炎に包まれる。


「ギエエエエエエ! グエ、グエ、ギエエエ!!」


 全身を包む業火に妖怪は地面をのたうち回り、辺りに焦げ臭い匂いが漂う。

 炎が上げる熱を感じながらマコトは掌を上に向け、動きの鈍くなった妖怪へ近寄る。


「狐火・陰火」


 掌にバスケットボール大の青い炎を纏う火の球が現れると、マコトはそれを燃える妖怪へと放り投げる。

 すると妖怪を包む赤い炎が徐々に青く変わっていき、炎が上げていた熱が徐々に消え、全身が青い炎に包まれる。


「ただの狐火は幻だが、陽火は本物の赤い炎だ。そして陰火の青い炎は熱を出さず、赤い炎と打ち消し合う特性があるから消火に使えるんだよ。……消えろ、陰火」


 陰火を消すとそこには全身から白煙をあげる姑獲鳥が残され、辺りは照らす灯りは女性を包む狐火だけとなる。

 その炎に照らされて揺れる自分の影を見て、マコトはようやく女性を燃やしたままだったことに気がついた。


「あー……すまん、そこの人。燃えてるように見えるけど幻だから、もう少しそのまま我慢していてくれ」


 振り返ると呆然とした顔のまま上体を起こす女性の傍らに、その女性を包む炎を触って驚愕の表情を浮かべるドレッドヘアーの男がいた。


「貴様……マジカル・フォックスか!? なぜここにいる? それに幻、だと?」


「オレのこと知ってるのか……でも話はあとにしてくれ」


 ドレッドの男の問いかけを手で制し、マコトはベルトポーチからスマートフォンを取り出して、草壁と通話状態にする。


「妖怪と交戦。相手は頭と胴体が女の人でお腹が大きく、両腕両脚が鳥、会話は無理でギエエギエエって鳴いてる」


『それは姑獲鳥という妖怪だと思われます。妊婦の怨念から生まれた妖怪で、子供をさらう特性がありますので、一連の犯行は姑獲鳥の仕業と見て間違いなさそうですねえ。怨霊に近い妖怪ですが、可能な限り手筈通りにお願いします』


「ああ」


 通話を切ると同時に届いた加奈からのメッセージが、姑獲鳥の性質をマコトに教えてくれた。

 一通り読んだマコトはスマートフォンをしまい、代わりに小さな壺を取り出しながら、地面に横たわる妖怪に左手を添える。

 表面から伝わる焦げた肉の感触を我慢しつつ、マコトは小さくため息を吐く。


「これがさらわれた子とその親を苦しめた、理不尽の代償だ。……ドレイン」

「ギエエ……ギエエ……」


 力なく手足を動かす姑獲鳥の姿が薄くなり、消える寸前にマコトは左手を離して壺を押し付ける。

 するとのその体が小さな壺に吸い込まれ、完全に姿を消した。

 マコトはその壺――封魔の壺に蓋をして立ち上がると、振り返り燃える女性へと歩み寄る。


「待たせて済まなかったな。まずは……狐火。そんで消えろ、狐火」


 マコトは代わりの照明となる狐火を出して隣に浮かせてから、燃える女性の炎を消す。

 本人の炎が消えたことで気がついたが、女性は両腕にひどい怪我を負っていた。

 血止めくらいならとマコトは一歩近寄るが、そこへドレッドの男が剣先を向けた。


「貴様も妖怪だろうが。なぜ俺達を助けた?」


「ただの偶然だ。オレは――避けろ! 狐火!!」


 ドレッドの顔面めがけ、マコトは手から一直線に炎を放つ。

 それを避けたドレッドが体勢を崩しながらも、その真後ろへと剣を振るう。

 するとその剣はドレッドの後ろから忍び寄っていた姑獲鳥の腹を裂き、ドレッドは大量の返り血を浴びながらも再度体勢を立て直し、剣を両手で握って姑獲鳥へと突進しようとした。


「悪いがそこまでにしてくれ」


「ぬおっ!?」


 ドレッドの真後ろまで瞬時に間合いを詰めたマコトは、地面を蹴ろうとしたその脚を軽く払った。 

 そのせいで前に思い切りつんのめったドレッドは、豪快に顔面から地面に転がってしまった。

 マコトは少しやりすぎたと申し訳ない気持ちになりながら、飛び上がった姑獲鳥がフラフラしながら離れていくのを見守り、まだ座り込んだままの女性のもとへ近寄る。


「はぁ、はぁ……くっ……あ、あの……」


「怪我は両腕だな。少しだけ我慢してくれ」


 傷口近くに触れ、治癒の力を流し込む。

 傷は結構深いらしく完全に塞ぐことはできなかったが、それでも血が止まったことを確認して手を離す。


「あ、ありがとう、ございます……はぁ、はぁ……痛みは、引きました……」


「傷の割に衰弱が酷いように見えるんだが……ああ、姑獲鳥の毒か? 多分できると思うが、少し待っててくれ……ドレイン」


 加奈からの情報では、妖力の高い者には効果のない毒とあった。

 だからこそマコトは女性に左手で触れ、先程奪った姑獲鳥の妖力から感じ取った毒の成分を頭に思い浮かべると、その毒だけを吸い取る。


「あ……呼吸が、楽に……あ、あの! 何から何まで、ありがとうございます!」


「気にするな。立てるか?」


 手を差し出すとその女性はしっかりと握り返し、立ち上がる。

 マコトより頭一つ大きいその女性は、なぜか頬を赤く染めながらマコトを見下ろしながら、握った手を離そうとしなかった。

 マコトは既に手から力を抜いており、離してくれと口に出そうとしたその時だ。


「妖怪! 小咲から離れろ!!」


 声のした方へマコトが視線を向けると、顔に土をつけたドレッドが、剣先をマコトに向けていた。

 そんなことを言われても今マコトは小咲と呼ばれた女性に掴まれている側なので、それを釈明しよとすると小咲の方から手を放し、ドレッドから庇うようにマコトの前に立った。


「先輩! お、恩人に向かって、それは無いと思います!」


「……黙れ小咲、そいつは妖怪だ。お前も見ただろう、さっきこいつが姑獲鳥を庇ったことを。答えろ、マジカル・フォックス。何を企んでいる」


 小咲の影に完全に隠れてしまったマコトだったが、横からひょいっと顔を出すと、眉をしかめたドレッドから睨みつけられた。

 よく見るとドレッドも足を怪我している様子なのと、姑獲鳥の血を浴びているせいか、かなりフラフラしている。


「俺の目的は子供の救助。さっき姑獲鳥をあんたから庇った理由は、子供を隠している場所へ案内させるため。ところであんたらこそ何者だ?」


 考えてみるとこの二人はおかしいということに、ようやくマコトも気になりだした。

 こんな山にスーツ姿でいることも、現代社会で本当に切れる『剣』を振り回していることも、そしてマコトの正体を妖怪だと断言し、また姑獲鳥の名を知っていることも、全て不自然だ。

 マコトがドレッドを負けじと睨み返していると、そのドレッドがようやく剣先を降ろし、鞘へと収めた。


「……警察庁警備局特殊公安課、対妖怪特殊部隊『Anti Chaos Troops』の剣持鷹人だ」


「あ、わ、わたしもACTの隊員で、大崎小咲といいます……」


「げ……ACTって……マジかよ……」


 妖怪を殺す専門の部隊。


 鈴鹿の子供を殺したという、特殊部隊ACT。


 噂に聞いていた相手が目の前にいるなどと夢にも思わなかったマコトは、少しだけ焦る気持ちを押さえるため深呼吸し、鷹人と名乗ったドレッドヘアーの男へと視線を向ける。


「姑獲鳥の毒は多少衰弱するだけで死ぬことはないが、オレなら消せる。傷も全部じゃないけど治せる。今ならどっちも治してやれるけど?」


「妖怪の情けなど不要」


「あっそ。じゃあオレは子供たち助けなきゃいけないんで、行くわ」


 狐火を消して踵を返し、一番新しい姑獲鳥の匂いを追って大きく跳ぶ。

 ACTと聞いた以上、深く関わるのは危険だ。

 そう判断したマコトとしてはむしろ今、拒絶されたことに安堵してもいた。


「あ、フォックスさん!? 待って、待ってください!!」


 後ろから小咲の声が聞こえるが無視し、マコトは木々の間を縫って駆ける。

 そもそもマコトには、鷹人のようにあからさまな敵意を向けてくる相手の傷を治すために、これ以上時間を費やす気は無かった。




 やがてフラフラと跳ぶ姑獲鳥の姿を捉えたマコトは、速度を落として尾行する。

 すると周辺の雰囲気が変わったのを感じ、マコトは姑獲鳥の隠れ里に入ったことを感じ取る。

 ここでマコトは匂いを頼りに子供たちを探すと、高い木の上から子供たちの匂いを感じ取った。

 フラフラと飛行する姑獲鳥はそこへと真っ直ぐに向かっており、子供の居場所を確信したマコトは脚に力を入れ、姑獲鳥めがけて跳び上がる。


「ギエエ!?」

「あんたが行った理不尽の代償だ、しばらく壺の中で反省するんだな……ドレイン」


 姑獲鳥の背に取り付いたマコトは、そのまま姑獲鳥の妖力を吸収する。姑獲鳥は少しの間振り落とそうというのか暴れていたが、その抵抗も虚しく徐々に高度を落とし、不時着した頃には姿がだいぶ薄くなっていた。

 そこでベルトポーチから壺を取り出して姑獲鳥を吸い込み、封をしてポーチに戻す。

 ひと仕事終えたマコトは、子供たちがいるであろう高い木へと跳び上がる。

 そこには大きな木の洞があり、その中に女児二人が最も幼い男児を両側から守るように抱いて、横たわっている姿があった。

 その女児二人は意識があるようで、力なく顔だけをこちらに向けた。


「……あ……」


「だ、れ……」


「大丈夫、君たちを助けに来たんだ。悪い鳥はやっつけたから、お家に帰ろう?」


 マコトは狐火を照明代わりに傍らに出すと、精一杯の笑顔を作りながら三人の様子を見る。

 一見すると外傷はない様子だが声も呼吸も弱々しく、酷い衰弱状態にあると見たマコトには、今にも命が失われてもおかしくない状況に感じ、自分の胸に右手を当てて内にある力を確認する。


「……いけるか? リリース・姑獲鳥」


 マコトが感じた姑獲鳥の力は、マコト自身の重量を極端に軽くするものだった。さらに抱え上げた三人の児童にも、物は試しと姑獲鳥の力をリリースする。

 するとマコトの予想通りに三人とも体が軽くなったのを感じ、そのまま木の洞から出て飛び降りる。

 空中で三人の体が徐々に重さを取り戻していくが、三人の体に強い衝撃が加わらないようマコトは着地の瞬間に集中する。

 そして地上にすとんと降りたマコトは、膝まで埋まる草むらに三人を並べて寝かせると傍らにしゃがみ、まずは女児二人の頬に触れて微笑みかける。


「大丈夫。かならずお家に返してあげるから、ゆっくり眠って良いんだよ」


 その言葉に安心したのか、女児は二人共気を失うかのように目を閉じた。

 時間に猶予はないと感じたマコトは、三人の中で一番顔色が悪く呼吸の弱い男児へと右手を当てる。


「……ふう。妖力ができるんだから、きっとこれもできるはずだ。頼むぞ……リリース・ライフパワー」


 その瞬間、マコトの体を強い虚脱感が包む。

 マコトはマコト自身の生命力を、男児へと移すことにしたのだ。

 しかしマコトは何か分厚い壁のようなものに阻まれているような抵抗を覚えており、マコトが放出している生命力のうち極わずかしか男児へ譲渡することが出来ていなかった。

 それでもしばらくすると男児の血色が十分に良くなり、弱い呼吸がすやすやと気持ちよさそうな寝息に変わったのを確認したマコトは、右手を離して放出をやめる。


「はぁ、はぁ……思ったよりキツイなこれ。だが……やってやる! リリース・ライフパワー!」


 続いてマコトは二人の女児のうち、小さい子の方へ右手を当てて生命力を移す。

 だがこの様子だと三人全員は難しいと感じ、女児二人はほどほどのところで病院に運ぶべきかと考えていたその時、マコトは何者かの気配を捉える。

 マコトが顔を上げてそちらを警戒していると、二人の人影が飛び込んできた。

 それは先程会ったACTの小咲と、その小咲に肩を借りて歩く鷹人の姿だった。どうやら狐火を目印にしているようで、真っ直ぐにマコトのほうへ足を進めていた。

 そして声が届く距離まで近付いた鷹人はマコトの様子を見て口の端を上げ、小咲を突き飛ばすと右手を剣の柄にかけた。


「毒と血が消えたから来てみれば……随分顔色が悪いな。姑獲鳥にでもやられたか?」


 明らかにマコトを斬ろうとしている様に見える鷹人の態度に、マコトは深いため息を吐く。


「子供の治療中なんだけど、邪魔しないでもらえないかな?」


「あ、あの、フォックスさん……子供たちは?」


「ここにいる。無事だよ、一応な……」


 マコトとしては二人の主目的が救助なのか妖怪退治なのか知らないが、少なくとも救助の邪魔をするなら追い払うしかないと考えていた。


「あっ……子供たち、無事だったんですね!」


「なあっ!?」


 すると小咲が鷹人を後ろから突き飛ばし、一人でマコトの方へと駆け寄ってきた。

 そのせいで片足を怪我しているらしい鷹人はバランスを崩し、格好悪い形で転んでしまっていた。


「衰弱が激しい。今応急処置してんだから、邪魔するなよ……」


「……フォックスさん、その……違ったらごめんなさい。ただの治療ではなく……自分の生命力を分けてませんか?」


「鋭いな……親の元に返すまで、持ちそうになかったからな……」


 すると小咲は少し考えたあと、マコトの目を正面から見据えてきた。

 その目には先程までのおどおどした様子はなく、強い意志が宿っているのが見て取れた。


「私の生命力も使ってください。フォックスさん、できますよね?」


「ふえ?」


「なっ!? 小咲貴様、正気か!」


 小咲の想定外の申し出に、マコトは間の抜けた声が出たことをごまかすため軽く咳払いをし、気を取り直すと小咲の目を見つめ返す。


「正直言うと、助かるが……良いんだな?」


「……はい。お願いします!」


 そう言って小咲はマコトの左手を両手で握るが、その頬が徐々に朱に染まり、間もなく目を逸らした。

 そのままチラチラと上目遣いに視線を寄越す小咲に対し、マコトは何がどうしてこうなったのか、理解が追いつかず固まるだけだった。

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