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「ユウリ、そしてジョルジュも遠いところをよく来たな。長時間の移動で疲れたであろう。
明日は入隊式がある。今日のところはゆっくりと休むがよい」
玉座に座っているランディール王は優しい口調で
目の前に跪いているユウリとジョルジュに柔らかい笑みを向けた。
「ユウリ、ジョルジュ、慣れないうちはいろいろと困る事もあるでしょうが、
今日よりはこの城を我が家と思い、国の為に尽力して下さい」
国王の隣に座っているランディール王妃もそう言って優しい笑みを浮かべた。
「はい、ありがとうございます。精一杯精進致します」
ユウリが緊張した面持ちでやや小さな声で言うと、ランディール王はラーサーに視線を移し、
「ラーサーもご苦労であった。ユウリの事、頼んだぞ」
と言った。
「はっ」
ラーサーは短く力強い返事すると静かに立ち上がり、
「それでは、国王様、王妃様失礼致します」
ユウリとジョルジュと共に一礼をして謁見の間を後にした――。
謁見の間の大扉が兵士達によってパタンと閉じられると、ユウリはホーッと息を吐き出した。
そんな彼女を見てラーサーはクスリと笑った。
「緊張した?」
「は、はい」
「ははは、そうだろうなぁー。俺も初めて国王様にお会いした時は、
緊張してて結局、何を言われたのか憶えてないし」
「ラーサー様は、何時お城に入られたのですか?」
「十歳の時だよ」
「そんなお小さい時に?」
「あぁ……だから、今は城にいる皆が家族みたいなもんなんだ」
「では、もう人生の半分以上をお城で過ごされているのですね」
「ん? 半分以上? ユウリ……」
「はい?」
「俺の事、いくつだと思っているんだ?」
「え……お、おいくつ、ですか……?」
「……二十歳」
「えっ!?」
「……」
「……」
「その顔は絶対、二十五,六だと思ってただろ?」
「あ……いえ……」
「……ま、いいけど……」
ラーサーはユウリをちらりと横目で見た後、
「ところでユウリは? いくつなんだ?」
と訊ねた。
「十八歳です」
「ん? 俺、スリーサイズを訊いたんだけど?」
「えっ!?」
ユウリは顔を真っ赤にして驚いた。
その反応を見たラーサーはプッと吹き出し、
「冗談だよ」
と、笑い始めた。
「も、もうー、ラーサー様、からかわないで下さい」
ユウリが恥ずかしそうに拗ねたように言う。
「ははは、すまない」
ラーサーには、それがまた可愛く思えて笑ってしまった。
それから――、
ラーサーは城の別館の地下へとユウリを連れて来た。
「ここは『合成室』と言って、宮廷魔術師達や錬金術師達がいろんな合成や調合、
研究を行っている部屋なんだ」
説明しながらラーサーがドアを開ける。
「うわぁ……っ」
すると、とても広い室内の様子を目にしたユウリの口も開いた。
壁一面の棚、上から下までびっしりとビーカーやフラスコ、試験管……そして、
様々な薬品や薬草、カラフルな粉末等が置いてある。
「王立魔道士隊の隊長をしておられるアドルフ様はいつもこの合成室で研究をしておられるんだ」
ラーサーはそう言うと合成室の一番奥にいる人物へと近付いた。
「アドルフ様」
「ん?」
白衣を着たその人物はラーサーに呼ばれ、スッと顔を上げた。
「ユウリ=マーシェリー殿です」
「おぉ、無事に着いたか」
口と顎に髭を蓄え、優しそうな目をした初老の人物はユウリの姿を認めると、にっこりと笑った。
「ユウリ=マーシェリーです。宜しくお願い致します」
ユウリは先程のラーサーの“軽い冗談”のお蔭で少しだけ緊張が解れ、
落ち着いて挨拶をする事が出来た。
「私はアドルフ=ベルナール。王立魔道士隊の隊長をしている。
今日は疲れているだろうし、城の中の案内もまだだろう?
魔道士隊の皆への紹介は明日、入隊式が終わって正式に入隊した後にしよう」
「はい、わかりました。では……」
ラーサーとユウリはアドルフに一礼し、合成室を後にした。
「さて……とりあえず先に挨拶をしておかなければならない方はもういないから、
次は君の部屋へ案内しよう」
ラーサーはそう言うと再び本館へ足を向けた。
そして移動中もいろいろとユウリに一つ一つ丁寧に説明をしてくれた。
魔道書や他国の文献、歴史書などが置いてある図書室、食事を摂る為の食堂や
廊下から見えるもう一つの別館は魔術の練習が出来る魔道室だという事も教えてくれた。
「だいたい君が主に使う場所はこれくらいかな……後は徐々に覚えていけばいい」
「はい」
「で、此処から先は騎士や魔道士、使用人達の部屋になっているんだ」
一階の食堂から続いている廊下を進むと左右等間隔にたくさんのドアが並んでいた。
数人で一部屋を使っている大部屋らしく、ドアの横に掛けられているネームプレートには
それぞれ数名ずつ名前が並んでいた。
「君の部屋は二階だよ」
廊下の奥にある階段を昇って行くと、一階よりも並んでいるドアの間隔が広い廊下に繋がっていた。
どうやら二階は下の部屋とは造りが違うらしい。
「ここが君の部屋だ」
ラーサーはとある部屋の前で足を止め、ユウリをドアの前に立たせた。
「開けてごらん」
「はい」
ユウリはラーサーに言われ、少し遠慮がちにドアノブに手を掛けた。
ドアを開けると中はユウリが予想していたよりも広く、家具は全て新しい物が揃っていた。
「中に入ってみろよ」
ラーサーは入口に突っ立ったまま動かないでいるユウリに笑いながら言った。
「は、はい……」
ユウリは恐ず恐ずと中に足を進め、部屋の中を見回した。
ベッド、ドレッサー、チェスト、デスク、クローゼット……そしてジョルジュの為の止まり木まである。
「誰もいないですね……?」
ユウリは広い部屋の中、自分とラーサー、後はジョルジュ以外誰もいない事に首を捻った。
「当たり前だろ? ここは君だけの部屋なんだから」
ラーサーはプッと吹き出した。
「えっ!?」
ユウリは個室だとは思っていなかったらしい。
バス・トイレ付き。
今まで住んでいた丸太小屋がすっぽりと入りそうな程広い部屋だ。
ユウリはこの部屋に慣れるのには、なかなか時間が掛かりそうだと感じた――。
◆ ◆ ◆
――コンコン……。
翌日、ユウリが自室で身支度を整え、窓の外を眺めているとドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
返事をしてドアを開けると、其処にはいつもと違う格好をしたラーサーが立っていた。
白い鎧ではなく、白いアクトン型の礼服を着ている。
ランディール王国の紋章が二の腕部分に金糸と銀糸で刺繍されている王国制式のものだ。
そして胸にはいくつもの勲章。
ユウリはその勲章の数でラーサーが騎士団の中でも地位が高い人物なのだと窺い知る事が出来た。
「おはよう、もう支度は出来た?」
ラーサーは微笑みながら王国制式の白いローブを身に纏ったユウリを見つめた。
「おはようございます。支度の方は出来ています」
ユウリは笑顔で答えた。
今日はこれから彼女の王立魔道士隊への入隊式があるのだ。
「よく似合ってるよ、そのローブ」
ラーサーが柔らかい笑みでそう言うとユウリは少し顔を赤くした。
「あ、そういえば言い忘れてたけど、俺の部屋、君の真向かいだから
何かわからない事や訊きたい事があれば、何時でも来るといい」
ラーサーはそう言ってユウリの部屋の向かい側のドアを指した。
「はい」
今はまだこの城の中で頼れるのはラーサーだけだ。
それだけにユウリはラーサーが近くにいると聞いて安心したように微笑んだ。
「昨夜はよく眠れた?」
「あー、いえ……なんだか、緊張しちゃって……」
「ははは、だろうな。そんな顔してる」
「えっ!? わ、私、そんなに酷い顔してますかっ?」
「いや、酷いとかじゃないけど、なんとなく寝不足なのかなー? と、思って」
「ど、どうしよう……」
「そんな気にしなくても大丈夫だぞ?」
「そ、そうですか?」
「あぁ、いつも通り可愛い顔をしているよ」
ユウリはラーサーがさらりと言った言葉にまた顔を赤くした。
入隊式は城の大広間で行われる事になっている。
「おはようございます。アドルフ様」
ラーサーは大広間の左側に整列している王立魔道士隊隊長のアドルフの元にユウリを連れて行った。
「おはよう。ラーサー、ユウリの案内ご苦労だったな。後の挨拶回りは私が同行しよう」
「はっ、では、宜しくお願い致します」
ラーサーは敬礼して答えるとユウリに向き直り、
「じゃあ、また後で」
王立騎士団が整列している方へと歩いて行った。
◆ ◆ ◆
――午前十一時。
ユウリの王立魔道士隊入隊式が始まった。
宣誓の後、ランディール王から王立魔道士隊の一員である事を表す紋様が刻まれた指輪が授与され、
ユウリは正式に王立魔道士隊の一員となり、続けて勲章の授与式が行われた。
先日、騎士団を助けた一件で勲章が贈られる事になったのだ。
ユウリは入隊早々、勲章を貰った事で王立魔道士隊の中でも上位になった。
その後はそのまま城の大広間でパーティが開かれた。
入隊と勲章授与のお祝いだ。
その席でユウリはアドルフから王立魔道士隊の隊員全員と副隊長のミシェルに紹介され、
続けて王立騎士団団長に紹介された。
「こちらが王立騎士団団長のクレマン=デュボワ殿だ」
「ユウリ=マーシェリーです。宜しくお願い致します」
ユウリはぺこりとおじぎをして挨拶をした。
すると、がっしりとした体格に口髭を蓄えたやや強面のクレマンは彼女の姿を認めると、
にこやかな笑顔と優しい口調で
「これから、宜しくな」
と言った。
そして今度はクレマンから王立騎士団の団員達に紹介された後、
「よし、とりあえずこれで一応挨拶回りは済んだから、後はゆっくりしてて大丈夫だぞ」
アドルフはユウリに優しい笑みを向けた。
「え、あの……副団長様へのご挨拶がまだ……」
「今さら副団長はいいだろ」
アドルフはククッと笑った。
「どうしてですか?」
ユウリはその言葉の意味がわからず不思議そうな顔をした。
「だって、副団長は君もよく知っている人物だぞ?」
「?」
「なんだ……もしかして、ラーサーから聞いていないのか?」
「はい?」
「騎士団の副団長はラーサーだよ」
「えっ!?」
「ははは、その様子だと本当に何も聞いていなかったみたいだな」
「ラ、ラーサー様……ふ、副団長様だったんですか……」
ユウリはラーサーが王立騎士団の副団長だとわかり驚いたが、あの胸の勲章の数を思い出し、
それも納得出来た――。




