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「……オキニス?」
「にゃー。」
オキニスの名前を呼べば返事をするように鳴き声が聞こえてきた。
最初は私の強い思いが聞かせた幻聴かと思ったが、木々の合間から黒く長い尻尾が見えた。
「オキニス?」
もう一度オキニスの名前を呼べば、黒く長い尻尾はゆらゆらと私の声に答えるかのように揺れた。
「オキニス……いえ、アイリス王女殿下ご無事でしたか?」
身体は動かせずとも声は出る。
私は、オキニスに向かってそう問いかけた。
「にゃあ。」
するとオキニスは「問題ない」と言うように一声鳴いた。
そうして、辺りを警戒するように耳と長く伸びた髭をピクピクとさせながら一歩一歩私に近づいてきた。そうして、誰もいないことが確認できると、一気に私に向かってかけてきた。その勢いのまま、私の身体をよじ登ってくる。
「にゃあっ!」
「いたっ……。」
オキニスは私の肩まで登ると、前足で思いっきり私の頭をパンチした。
まあ、猫の力なので全然痛くないし、爪も仕舞ってくれていたみたいなので傷もできなかったけれど。まさか、パンチされるとは思わなくて思わずびっくりして声が出てしまった。
「オキニスぅ~。」
相手は猫の姿をしたアイリス王女殿下だ。しかしながら、私は涙目で思わず肩から飛び降りたオキニスを軽く睨みつけてしまった。
心配していただけに、オキニスが無事だったことが嬉しい。それと同時に、なぜいきなり殴るのかと問いかけたい。
「にゃあ。」
オキニスは胸を張って褒めてとばかりに私のことを見つめてきた。
金色に輝く瞳が褒めてもらえると期待してキラキラと輝いている。
私は、そんなオキニスが可愛く思えて手を伸ばしてオキニスを抱き上げる。
「オキニス、可愛いっ。大好きですわっ。」
ギュッと抱き着いて、頬を撫でつける。
「ふにゅ~。」
ふわふわな手触りが私のことをとても安心させた。それとともにこの素晴らしく可愛く美しい存在を手放したくないと誰からの目からも隠したくなってしまう。
……って、あれ?
いつの間にか身体が動くようになっていることに気づいた。
バルトさんの魔力によって拘束されていたはずなのに、今はどうしたものか自由に手足が動く。私は、もしかしてとオキニスを見つめると、オキニスは嬉しそうにゆっくりと瞬きをした。
「オキニスがバルトさんの魔法を解除してくれたのね。ありがとうございます。オキニス様ぁ。」
流石はオキニスだ。
どこまでも気が利く。
先ほど頭を前足でパンチしてきたときに、きっとバルトさんの魔法を解除してくれたのだろう。
オキニスは本当に優秀である。
まあ、アイリス王女殿下の仮の姿なのでオキニスが優秀であるのは言わずもがななのだが。
「オキニス様。……いいえ、アイリス王女殿下。バルトさんが、アイリス王女殿下を狙っているようです。安全な場所にお逃げください。」
アイリス王女殿下が安全な場所に逃げたら、私はバルトさんと対峙しよう。相手の背後関係が見えないので、なぜバルトさんがアイリス王女殿下のことを探していたのかはわからない。
まずは、バルトさんを捕まえて背後関係を洗わなければいけない。
それに、誰が味方で誰が敵なのかを知る必要がある。
ユルーリット辺境伯は敵なのか、それとも味方なのか。
バルトさんを雇用していたのだ。ユルーリット辺境伯はアイリス王女殿下の敵なのかもしれない。けれど、記憶を失ってからずっとユルーリット辺境伯にはお世話になってきた。
ユルーリット辺境伯の穏やかな笑みを思い浮かべるととても、アイリス王女殿下を害なそうとしている人には思えないのだ。
「にゃあ。」
アイリス王女殿下は「逃げない」とばかりに私の足にまとわりついてくる。
「……アイリス王女殿下。」
アイリス王女殿下は魔法が使える。
けれど、優しく慈悲深いアイリス王女殿下は攻撃魔法が使えない。体術も自分を守るための体術は会得しているが、相手を傷つける体術は会得していない。
バルトさんがどのような実力なのかがわからない今、戦えないアイリス王女殿下には隠れていてもらうことが重要なのだ。
「……せめて、黒猫の姿から別の小動物の姿になっていただけませんか?バルトさんはオキニスがアイリス王女殿下だと気づいております。このまま黒猫の姿では危険です。」
「……にゃあ。」
アイリス王女殿下は不満気に一声鳴くと、徐々にその姿を小さくした。
「お願いを聞いてくださりありがとうございます。」
黒猫のオキニスの姿はいつの間にか、リスの姿へと変化した。
姿を変えられるということは、やはりオキニスはアイリス王女殿下だったのだ。
「アイリス王女殿下。いつもそばにいてくださったのに、すぐに気づかずに申し訳ございませんでした。」
「にゃあ。」
「……ふへ?」
リスが「にゃあ」と鳴いたことに私は目を丸くする。
リスの姿なのに猫の鳴き声をする不思議な動物が目の前にいる。
……もしかして。
「アイリス王女殿下。動物の姿になっても喋れるのではありませんか?」
きっと今までも猫の鳴きまねをしていたのだ。そうに違いない。
そうでなければ、リスの姿で猫の鳴き声をするわけがない。
そう思って、私はアイリス王女殿下のことをジッと見つめた。
「……相変わらず感が良いわねぇ、ユーフェリア。」




