第88話 ヒロインたち、腹割って話す①
大地が幽鬼級ダンジョンへの潜入のため、一人忙しく色々と準備をはじめた矢先。
『新卒メットチャンネル』の拠点である4SLDKに、傷の癒えた楓乃が帰ってきた。玄関の扉を開けるとすぐに、シルヴァと悠可が出迎えてくれる。
「ご心配をおかけしました」
荷物を置き、二人に向けて真っ先に頭を下げる。
「楓乃姉さまっ!」
「悠可ちゃん、会いたかったよー」
飼い主を出迎えた愛犬のように抱きついてきた悠可を、楓乃はわしわしと撫でまくった。「わふぅぅん」などと気持ち良さそうな声を出す悠可が、やっぱり犬みたいでカワイイ。
「お疲れ。体調は大丈夫なんでしょうね? ちゃんと全快してんの?」
「うん、ありがとうシルヴァちゃん。おかげさまで」
じゃれてくる悠可とは正反対に、壁にもたれながら部屋着のシルヴァがツッケンドンに言った。猫みたいにツンデレだなぁ、と楓乃は思わず吹き出しそうになる。
「てかさ、大地が迎えに行くって言ってたけど? 一人で帰ってきちゃったわけ?」
「あ、はい。大地さん、なんか今忙しいみたいだし、もう全然私一人で動けるし、なんか二人でここに帰って来るの気恥ずかしいし……だから、一人で帰れますって」
「ふーん。こういうときぐらい甘えればいいのに。婚約者なんだから」
「ぶっ!?」
会話の流れでシルヴァに軽く指摘され、楓乃は顔が熱くなった。
自分が大地の、婚約者――顔をお湯につけたような心地だった。
そこで、楓乃は気付く。
すでに大地は、二人に自分とのことを話している。
入院しているときに「二人にもきちんと話します」と言ってくれていたけれど、もうすでに話しているとは思っていなかった。
だが大地は、自分がここに帰ってくるまでにしっかりと二人と向き合っていた。
それだけの覚悟と自覚があるのだと、伝わってきた。
「……大地さんから、聞いたんですね」
先程の浮ついた気持ちから一転、気まずそうに切り出す楓乃。
「うん。ま、とりあえずおめでとう」
「ですですっ! 本当におめでとうございます!!」
一切の不純物なく、祝福の気持ちを向けてくれるシルヴァと悠可。その屈託のない柔らかな雰囲気に、楓乃はなぜだか涙がにじむような想いだった。
「あの、私がこんなことを言って、いいのかわからないけど――」
楓乃はそこで、自分も二人ときちんと向き合い、話をしたいと思った。どんな言葉をかけるべきなのか、必死に思考を巡らせながら、慎重に言葉を紡ぐ。
「楓乃、あんた、謝ったりしたら許さないからね?」
「ですですっ! 謝るのは違いますよっ!?」
「あ、えっと……うん!」
こちらの意図を組んだシルヴァと悠可が、本題に入る前に注釈をしてくる。考えが至らない場合、確かに謝罪をしてしまいそうな場面ではあった。
自分が選ばれてしまってごめんなさい――そう、自分を含めた全員を傷つけてしまう言葉を、弱気になっている自分なら、言ってしまいかねなかった。
楓乃は一旦、深呼吸をした。
「えっと……」
楓乃は、改めて考える。自分を含めた三人は、誰が大地の相手になるかと競い合うようにここで暮らして来た。いわば恋のライバルである。
しかしそれと同時に、同じチャンネルの仲間として、自分たちの動画配信を発展させ、盛り上げるためにはどうするべきかと、意見を出し合ったり、お互いを補い合ったり、たくさん協力をしてきた。
絆は深まり、全員と家族のような感覚になっていった。
楓乃にとってシルヴァと悠可とは、もはや姉妹のような存在だった。
最愛の人である大地にだって引けを取らないぐらい、シルヴァちゃんも悠可ちゃんも大切――今の楓乃の心を形作っている、とても大事な人なのだった。
大地さんだけじゃなく、私も、二人と向き合いたい――楓乃は強くそう思った。
だって今まで、一緒に買い物に行ったり、食事をしながらおしゃべりしたりするのだって楽しくて仕方なかった。
一緒にお風呂に入ったりするのだって、最高に楽しい。三人で恋バナをするのだって、すごくエモい時間だったし。結局最後は、それぞれが大地さんのいいところをデレデレしながら言う感じになっちゃうんだけど。
あ――
そこで楓乃は、一つの“案”を思いつく。
大地のいない今だからこそ、三人でできる最高なこと。
「シルヴァちゃん、悠可ちゃん」
「ん、なに?」
「なんでしょうっ?」
二人を交互に見まわし、楓乃は言った。
「三人でさ――日帰り温泉旅行、行かない?」
シルヴァと悠可は一度、顔を見合わせると――
「「賛成っ!」」
ニカっと、笑った。
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