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第85話 病室での、プロポゲフンゲフン

『新米マスクちゃんねる』との対決を終えた数時間後。

 診察を終えて入院することになった楓乃さんに付き添い、俺は待合室のような場所で待機していた。


 動画の配信後、一緒に病院まで来たシルヴァちゃんと悠可ちゃんは、楓乃さんの入院のための荷物を取りに、一旦家に戻っている。


 というわけで、俺は諸々の手続きなどの対応をすることとなった。


「京田さん、こちらへどうぞ」

「あ、はい!」

「患者さんですが、個室に入院となりますので、奥のエレベーターで四階へどうぞ」

「わかりました」


 受付の方から指示された通りに病院内を進み、俺は楓乃さんがいるであろう病室へと足を向けた。

 急な入院となったが、今回は少し奮発して個室での入院をする運びとなった。


 今いる病院は去年新しくできた総合病院らしく、すごく内装がキレイだった。

 入院病棟となっている四階も、もはや病院というよりホテルのような雰囲気が漂う空間だった。


 ここでなら、楓乃さんもゆっくりできることだろう。


「お邪魔しまぁす……」

「大地さん」


 静かに病室の扉を開けると、楓乃さんが優しく迎えてくれた。看護師さんに手伝ってもらって着替えたのか、すでに病衣姿でベッドに横たわっている。うん、なんか襟元がはだけててちょっとエロい(この不謹慎っ!)


「…………」


 が、近くで顔を見るとわかるが、擦り傷や切傷に貼られたガーゼがなんとも痛々しかった。楓乃さんのご尊顔をこんなにしやがって……! たいきのクソ野郎、もっともっと痛めつけてやるべきだったか!?


 むくむくとクソボケへの怒りが再燃しかけるが、ここはれっきとした病室である。怒り狂うわけにはいかない。深呼吸をして、なんとか耐える。


 楓乃さんは《状況把握》で診た通り、あばらの骨にひびが入っており、三週間程度、安静にする必要があるということだった。身体に痛みはあるが、命に別状はないということで、一安心だ。


「すいません、無茶してしまって」

「楓乃さん……」


 そこで、楓乃さんが申し訳なさそうに言う。俺はベッドサイドの椅子に腰かけた。


「本当、心臓が止まるかと思いましたよ……なんにせよ。無事でよかったです」

「どうしても、負けたくなくって」


 まだ身体が痛むだろうに、気丈にもそう話す楓乃さん。その目には強い意志の光が宿っている。


「あ、そういえば、私の着ていた上着って、どこにいきましたかね?」

「上着ですか? あれ、ダンジョン出るときに脱いで、それから……」


 ふと、楓乃さんが何かを思い出したように声を上げた。

 俺はベッドの周辺に置かれている荷物を、もぞもぞと物色しはじめる。


「ダンジョンの荷物は、確かシルヴァちゃんがまとめて持って帰ってくれたんじゃなかったでしたっけ?」

「いや、上着だけは持ってたいって伝えて、悠可ちゃんが預かっててくれて、さっき置いてったはずなんですけど……」

「うーん、ここかなぁ……あ、ありましたよ!」


 見つけた上着を掲げようと引っ張り出す。

 が……おや?


「ん……? これ、なんか重いぞ」

「貸してください」

「あ、はい」


 手を伸ばした楓乃さんに、俺は上着を預ける。すると楓乃さんは、服のポケットの中をもぞもぞと探りはじめた。


「見てください、コレ」

「……わぁ!」


 開かれた楓乃さんの手の中には――プラチナの塊があった。

 小さめではあるが、照明の光を反射するような輝きは、正真正銘、本物のプラチナだった。


「大地さんが《魔物大暴走スタンピード》から私を守ってくれていたとき、ものすごい勢いで魔物が鉄や銅に変わっていく中で、一瞬だけ、ひときわ光った金属片が見えたんです。そのときはちゃんと確認はできなかったんですけど、あの後にたいきが掲げたプラチナバーを見たとき、確信したんです。『あれ、絶対プラチナだ!』って」


 楓乃さんはダンジョンでの興奮を思い出すように、若干興奮気味に話す。


「魔物の流れを考えれば、後ろにあるのは間違いなかったので、一か八か、たいきを妨害すると同時に、拾えるんじゃないかと思ってタックルしたんです。で、魔物の波に飲み込まれる直前、なんとか拾えて。絶対手放すもんかって、抱え込んでうずくまってました」

「楓乃さん……」

「私、少しは役に立ちましたよねっ?」


 嬉しそうに話す楓乃さんだが、俺はどちらかと言えば心配になっていた。

 そんな危険を冒すことない、もっと自分の身の安全を優先してほしい、と。


 ……いや、これもこれで、楓乃さんの意志を無視した俺のエゴなのかもしれないけれど。ダンジョンでも、言われたっけ。


「私たち、負けてませんよね?」


 潤いある瞳をこちらに向け、再び同意を求めるように言う楓乃さん。


「……ええ。負けてないです。というか、楓乃さんのおかげで、もう完全に俺らの勝ちです」

「えへへ。やった! いだっ」

「楓乃さん!?」


 俺の言葉を聞き、楓乃さんはガッツポーズした。

 で、すぐに痛がるように脇腹を押さえた。


 もう、無理するから!


「ダメですよ、まだあんまり身体動かしちゃ」

「ごめんなさい……私、骨にヒビ入ったのはじめてで……いたた」


 大した意味はないと思いながら、楓乃さんの背中をさする。

 どうしてか無性に、彼女に、触れたかった。


「いたた……」

「…………っ」


 その美しい横顔を見つめていると、胸の奥が満たされるような、不思議な高揚感があった。

 楓乃さんはいつも、チャンネルのために身体を張り、どんな苦境でも気丈に振る舞い、ただでは倒れず、そして俺に、最高の笑顔を向けてくれる。


 楓乃さんの存在に、俺はつくづく救われている。


 だから、俺は――


「楓乃さん」

「? はい、なんでしょう」

「あの、その……」


 頭の中に、()()()()が浮かぶ。ダンジョンを出たとき、楓乃さんに聞いてほしいと思った言葉だ。

 だが、すぐに言葉になってくれない。


 言うべきことはたった一つで、伝えるのは簡単なはずなのに、言い淀んでしまう。


「…………」

「大地さん。ゆっくりで、いいですよ」


 目を合わせられないでいる俺の手を、楓乃さんが優しく握ってくれた。

 その手はとにかく、温かかった。


 手の熱で、喉の詰まりが解けていくような気がした。


 今なら、言える――



「――楓乃さん。俺と、結婚してくれませんか?」



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