第75話 俺、鬼になります
『新米マスクちゃんねる』への、アポ当日。
俺たちの謝罪を聞く場所として先方が指定してきたのは、たいきくんの住むマンションだった。マンションがあるのは、多摩市方面の駅近郊。
どうやらダンジョン以外での撮影では自宅を利用しているそうで、そこへ招かれる形となった。
と、いうことは。
今回も勝手に撮影されるつもりでいた方がいいだろう。
今日、謝罪にやってきたメンバーは俺、シルヴァちゃん、ツッチーさんの三人。全員、顔バレ対策にマスクとフレームが太い伊達メガネをしている。
ちなみに楓乃さんと悠可ちゃんも「行く」と粘ったが、俺が断固として譲らなかった。
たいきくんの自宅ということは、向こうのテリトリーに乗り込む形になる。そんな場所に、女性メンバー全員を踏み入れさせるわけにはいかなかった。
できるなら、シルヴァちゃんだって家で待機していてほしいぐらいだった。
そんな思考渦巻く中、駅から五分ほど歩くと、角ばっていてガラス張りな、デザイン性の高いマンションが見えてきた。いかにも、たいきくんのようなオシャレ感度の高い大学生が住んでいそうな外観である。
事前の打ち合わせ通り、ビジネス的謝罪対応のプロであるツッチーさんが先頭。
エントランスのインターホンで、指定された番号を押す。
『はい』
「新卒メットチャンネルです。本日はお忙しい中お時間をいただきましてありがとうございます。お邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」
『はーいどぞー』
懇切丁寧なツッチーさんの口調に対して、軽薄なたいきくん。寝起きみたいな声だったな。
「早いですねー。どぞー」
「お邪魔いたします」「……お邪魔します」「失礼します」
三人、玄関で靴を脱ぎ、中に入る。
たいきくんの住む部屋は、広々としたリビングを移動式のパーテーションで区切れる1LDKタイプの部屋だった。
「はや。まだ画角決まってないんだけど」
「みみが一番カワイく写るようにしてー」
「「「…………」」」
案の定というか、なんというか。
なぜかメイクも衣装もバッチリなるいみみコンビが、リビングのソファに座ってスタンバっていたが、口には出さない。
「こちら、お詫びのしるしでございます。心ばかりですが、どうかお受け取りください」
「あ、どもー」
ツッチーさんが事前に準備していた謝罪の品を、あくびを噛み殺しながら受け取るたいきくん。いかにも、こちらの誠実さを試している風だ。
「るいー、みみー、これ食う?」
「「食べるー」」
ぽい、と音が出そうな軽薄さで、ソファのるい&みみに放り投げる。
受け取ったるいみみはガサゴソとした後「わーチョコー!」「あたしはこれかな」などと、こちらの緊張感などそっちのけで、お菓子争奪戦をはじめた。
「……先日、ダンジョンで出会った際は申し訳ありませんでした。この場を借りて、謝罪させてください。すいませんでした」
小細工は無用、と言わんばかりに、シルヴァちゃんはさっそく言い切る。そしてテーブルに額が付くぐらい、深く頭を下げた。俺とツッチーさんもそれに合わせて腰を折る。
「んー、まぁ何度も言ってる通りねぇ、僕らからしたら結構ショックだったわけっすよ、あなた方に憧れてこの業界入ったわけですし」
セットしていない頭をヘアバンドで押さえながら、たいきくんは眠そうに返す。謝罪がしっかり届いている感じはまったくしない。
「今だって? なんでマスクと眼鏡、外さないのかなーとか思いますし。それで誠実な謝罪って言えるんですかーとか、思いますよねぶっちゃけ」
やっぱり、そこを突いてきたか。
「…………わかりました。そうおっしゃるなら――」
「シルヴァちゃん」
たいきくんに言われ、マスクと眼鏡を外そうとしたシルヴァちゃんの手を、俺は止める。
「チャンネルの代表として、俺が顔を晒す。それでいい?」
「あー、まぁそっちがそう言うなら」
今は撮影されているかどうかは、正直わからない。さっきまで三脚にセットしたスマホをいじっていたるいみみの二人は、今はソファできゃっきゃとしているだけだ。
だが――顔を晒される覚悟は、してきた。
俺はマスクと眼鏡を外し、たいきくんを直視した。
「今回は申し訳なかったよ。たいきくんの期待に添えなくてすいません」
言い、再び深く頭を下げる。
「ぷっ……! え、マジ普通じゃないすか。なんで、こんなにモテてんすか! おい、見てみほら! みみ、るい!」
面白がって、たいきくんがるいちゃんとみみちゃんを呼び寄せる。
「へー、思ってたより地味かも」
「みみ的にはなしでもないかなー」
冷やかすように好き放題、俺の見た目に対してコメントを重ねる新米マスクの面々。自分の価値を疑ったことすらないこういう類の人たちには、今の俺の気持ちは未来永劫わからないだろう。
「この度はすいませんでした。事を荒立てず、どうか穏便に話を済ませられればと思っています」
用意していた言葉を、無感情に発する。
顔があまり見られないよう、頭を下げたままでいる。こうしていると、わかることがある。
隣のシルヴァちゃんが、膝の上に置いた拳を震わせているのだ。
……俺のために、怒ってくれているのだろうか。そして、俺たちのチャンネルのために、耐えてくれているのだろうか。
「いやー、確かに僕らもできるだけ穏便にね、終わらせたいは終わらせたいわけですよー。ただ、実際に被害を受けたのでね、補填してもらいたいところもあるというか」
「……補填?」
「ええ。でもねー、金銭とかを要求したいわけじゃないんですよ」
再び、あくび混じりに軽いトーンで話し出すたいきくん。口の端が片方だけ、こちらを蔑むように吊り上がっている。
「『新卒メットチャンネル』の女性メンバー……一人ウチにくれません?」
「…………っ」
その言葉の意味を理解した瞬間。
自分のこめかみの辺りが、ギチリと軋んだ気がした。
……俺はそのとき、鬼になる覚悟を決めた。
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