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第52話 初コンタクト、ダンジョン省


 東京メトロ、永田町駅。

 エスカレーターと長く続く階段を抜けた先、十字路の開けた交差点を数分歩くと、国立国会図書館が見えてくる。


 日本で出版されたすべての本が所蔵されているという、ジャパン図書館界のいわばレジェンド(?)である。街の小さい図書館もいいが、たまにこういう大規模図書館に来るとテンションが上がる。


 上京後、たまに休日に来てロクに勉強もせず、一日中館内をフラフラしたっけ。懐かしい。


「食堂は……六階ですね」

「ですです。あー久しぶりだなぁ」

「私も、大学の頃に何度か来たことがあります」


 楓乃さんと会話しながら、入館証となるカードを取り出し、駅の改札のような入出ゲートを通る。


 今日は、俺と楓乃さんの二人だけで来た。

 シルヴァちゃんと悠可ちゃんは、二人仲良く買い物に行った。「シルヴァちゃんっ、買い物に付き合ってくださいっ! わたし、育乳ブラが欲しんいんですっ!!」「バっ、いきなりなに言ってんだっつの!?」などと乳繰り合いながら朝早く出て行った。

 なんとてーてーのでしょう。


 エレベーターで六階に上がると、すぐに食堂の入り口が目に入った。

 毎回ここに来たときには、名物のメガ盛り、メガ図書館カレーをひーひー言いながら食べた。学歴がないので学食なるものに行ったことのない俺としては、大学の学食とかこういう雰囲気なのかなぁなんて、来るたび妄想した。


 楓乃さんに来たメッセージによると、食堂の一番奥の席を確保してあるとのこと。

 以前は多数の食品サンプルが置いてあったけど、今はなくなったようだった。少し悲しい。


「このトレーを取って順番に配膳してもらう感じ、いいですよね」

「たまりませんよね」

「顔合わせが終わったら、ご飯食べて帰ります?」

「そうしましょう!」


 楓乃さんの粋な提案に、俺は即座に乗っかる。

 それにしても、代官山のオシャレカフェが似合う楓乃さんが、こういう風情の食堂を好きと言うのは、結構意外だ。


「こういう雰囲気の食堂で呑む瓶ビール、美味しいんですよねぇ」

「ただののん兵衛だった!」


 国会議事堂も近いこんな厳かな場所でへべれけになられたら、大変ですよ?


「あ、あそこじゃないですか?」


 食堂の奥へと歩を進めると、机の端に『予約席』という札が置かれた席を見つけた。


 そこには、パンツスーツにビシっとネクタイを締めた、クセ毛に眼鏡をかけた女性が着座していた。目の前にはどうしてか、食堂のカレーが三つ置かれており、黙々とスプーンを進めている。


「えっと……ダンジョン省の、小淵沢こぶちざわ虹子こうこさん、ですか?」


 席に近付き、楓乃さんが声をかけた。事前に、相手のお名前はもらっていたらしい。

 声をかけられた女性は、カレーを食べる手を止め、こくり、と一度うなずいた。カレーが飲み込めないのか、口元を手で隠しながらもぐもぐしている。


 んー、食べ物を口に溜め込むリスみたいで可愛らしい。


「……どうぞ、おかけになってください」

「よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ本日はよろしくお願いいたします」


 口元を隠したまま、空いている方の手で着席を促してくれる小淵沢さん。まだ口の中のものがなくならないのか、もぐもぐは続いている。


「本日はわざわざお越しいただきまして、誠にありがとうございます。と同時に、わたくしたちダンジョン省に対する有意義で建設的なご提案をいただき、心より感謝申し上げます」

「は、はぁ」


 小淵沢さんは淡々と、そして丁寧に言葉を紡いでいく。あまり抑揚がないので、ビジネスメールを機械音声が読んでいるかのような錯覚に陥る。まだカレーもぐもぐしてるから人間味あるけれども。


「あ、お二方もお昼などいかがですか? わたくし、ここのカレーが大好物でございまして。本日は我々ダンジョン省の経費で支払いますので、どうぞご遠慮なく」

「「は、はぁ……」」


 並んで腰かけた俺と楓乃さんにそう言うと、小淵沢さんは再びカレーを頬張り出した。……え、なんでまた食い出したの? どんだけ腹減ってるの?


 おいおい、なんか全然イメージと違うぞ。もっと堅苦しい感じになるかと思っていた。


「あ、まずは自己紹介からでございますね。申し訳ありません、片手でのお渡しで失礼いたします。わたくし、正式にはこういうものでございます」


 俺と楓乃さんが呆気に取られていると、小淵沢さんは名刺を差し出してきた。もちろん空いている片方の手は口元を隠すのに使われている。いつ口の中のものを飲み込むんだこの人は。ずっとリス状態かよ。


 名刺を見ると、そこには――超長い肩書が、書かれていた。


『ダンジョン省 ダンジョン調査局 特別派遣部隊管理・運営課 戦略稼働・運営企画立案特別管理官兼実働調査部隊第二部隊副隊長 小淵沢虹子』


「こんなん読めるかっ!」

「大変申し訳ありません。受け取っていただいた皆様、いつも驚かれます」


 思わずツッコんでしまった俺に、淡々と返す小淵沢さん。まだもぐもぐ中。

 でも口の中になにかあるまましゃべり慣れているのか、普通に話は聞き取れるから不思議。


「端的に申し上げますと、要するに今回のような案件に表立って対応する『SEEKs(シークス)』の雑用担当、とでも思っていただければ幸いでございます」


 言って、小淵沢さんはぺこり、と頭を下げた。そのときはじめて、口元を隠していた手が取り払われた。

 ……唇の端にカレーがついている。

 え、ドジっ子属性?


「先にわたくしばかりが食事をしてしまい大変申し訳ございません。実はわたくし、緊張すると耐えがたい空腹に苛まれるタチでございまして。今も食べても食べてもお腹が減っている、いわば無限カレーと言わんばかりの状態なのでございます」


 そう言いながら、小淵沢さんは懐から取り出したハンカチで口元を拭った。

 うん、ちょっとなに言ってるかわかんない。


 とりあえず緊張しているらしい。


「以前ここの食堂にはメガ図書館カレーという、わたくしにピッタリのドデカ盛りカレーがあったのですが……よんどころない事情で一度閉店してしまい、なくなってしまったのです」

「え、メガカレーなくなったのっ!? 悲しっ!!」


 またも、俺は思わず食いついてしまった。

 メガ図書館カレー……なくなってしまったのか。これは泣く。


「国会図書館からはなくなってしまったのですが、今ですと、目黒区役所の食堂でなら、まだあのメガカレーが食べられます」

「すんごいカレー通!?」

「ちなみにですが、今のカレーも大変に美味しいです。クセのない、飽きのこない味です」


 うん、小淵沢さんのカレーへの情熱がよくわかった。


「あのカレーの良さが分かる方なら、厚い信頼関係を築いていくことができそうです。それではさっそくですが、我らがダンジョン省『SEEKs』へのご提案を、改めてお聞かせ願えればと存じます」


 カレーのおかげで、どうやら意気投合することができたらしい。

 俺は一度、楓乃さんと顔を見合わせ頷いてから、話しはじめる。


「俺たち、つい先日までアメリカに行っていたんですけど」

「はい、存じております。チャンネル、いつも楽しく拝見させていただいておりますので」

「あ、ありがとうございます」


 まさかの、小淵沢さん『新卒メットチャンネル』のユーザーだった。感謝。

 だから緊張してたのかな?


「スパチャも何度かさせていただいております。有料のメンバーシップなど開設していただければ、即刻メンバーにならせていただきます」

「ヘビーユーザー!?」


 予想外の太客だった。


「で、アメリカでウー〇ーならぬ『SeekerEats(シーカーイーツ)』という、ダンジョン内に食べ物をデリバリーするサービスがあることを知りまして。それを、俺たちでできないかなって、考えているところなんです」

「そのテストケースとして、わたくしども『SEEKs』の調査にて、試験的にフードデリバリーを行ってみたい、ということでよろしかったでしょうか?」

「はい。そこで上手くいけば、宣伝にもなるしありがたいな、と」


 俺の言わんとすることを、小淵沢さんは上手く言語化してくれる。さすが、日本の中枢で働く国家公務員、バリバリ仕事できそうな感じだ。


「こちらが、今回のスキームを簡単にまとめた資料になります。ご一読ください」

「ありがとうございます」


 俺が一息つくと、すかさず隣の楓乃さんが自作の資料を提出する。こちらも当然、バリバリ仕事できそうな感じ。俺だけしどろもどろ。


「ふむ……試みとしては非常に面白いと思います。わたくし共としましても、ぜひ前向きに検討をさせていただきたいと存じます。『SEEKs』のダンジョン調査のたび、食料には頭を悩ませておりましたから……」


 資料に目を通しながら、小淵沢さんは悩ましそうに言った。はじめて、彼女の感情を垣間見た気がした。大変なんだな、色々と。


「わたくしの食料を運搬するだけでも、バックパックが三つは必要になってしまい、それを持つ隊員から苦情が殺到していたのです」

「あんたどんだけ食うの!?」


 この人の食い意地の問題だった。

 シリアスに受け止めた俺が馬鹿だった。


「わたくしとしましては、近々《きんきん》に行われるダンジョン調査に、ぜひ同行をお願いしたいと考えております。……ここから先は、少し内々のお話にはなるのですが」

「え?」


 と。

 急に小淵沢さんは、声のトーンを落として言った。

 いつの間にか、お得意のもぐもぐも止まっている。


 俺と楓乃さんは、耳をそばだてる。


「実は最近、都心部で――深淵級アビスダンジョンが発生したのです」


 小淵沢さんから語られたのは。

 そんな、驚愕の事実だった。


 誰かのノドが、ごくり、と鳴った。



この作品をお読みいただき、ありがとうございます。

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