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第41話 Dツアー、初配信!


 俺は今、悪夢級ナイトメアダンジョンの入り口に立っていた。

 今日は待望の新企画、『ダンジョンツアー』の初配信日だ。服装は当然、いつものスーツにフルフェイスヘルメット。肘、膝当ても装着し、コンバットブーツ。入ダン準備に抜かりはない。


「さすがにちょっと……緊張感ありますよね」


 生配信を前に、俺はかなり緊張していた。

 喉が渇くような不安があり、隣の()()に視線をやる。


「はいっ! わたしもペナルティキックみたいな空気感ですっ!!」

「た、確かに。わかりやすいね」


 隣で「うんしょ、うんしょ」と言いながら、スクワットとストレッチを繰り返していた悠可ちゃんが、キラキラスマイルで応えてくれる。この笑顔を見ると、緊張が和らぐから不思議だ。


 数年前、俺は一度だけ地元の悪夢級ダンジョン攻略を試みたことがある。

 そのときは一人で潜ったうえにまだまだ未熟(今もだけど)だったので、かなり苦労した思い出がある。


 魔物モンスターは一体一体が比べ物にならないほど強力だったし、ダンジョン自体の構造もかなり入り組んでいた。極めつけは、ネームドモンスターが出現して、そいつの対処で精一杯だった。あのときはマジで焦った……。

 あとで知った話だけれど、悪夢級以上ではネームドモンスターが頻出するらしく、先に言ってくれと思ったのをよく覚えている。


 しかし。

 今日は超絶頼りになる、キラキラ輝くダンジョンアイドルがいる。以前とは、メンタル的な安心感も桁違いだ。


「サッカー仮面さん。俺が前衛として索敵、罠回避等しつつルート確保をしていきます」

「はいっ! わたしは後衛として、後方チェックと状況変化に対応します! 背中は任せろ、ですっ!!」


 そう言い、元気いっぱいに笑う悠可ちゃん。あぁ、守りたいこの笑顔。というか絶対守る。

 本当、俺の周りには珠玉のスマイルを持つ美女たちが勢ぞろいだぜ……!


『ちょっと、アンタたち! あんまりイチャイチャしてんじゃないわよ!!』


 と。

 そこでイヤホンからシルヴァちゃんの早口な言葉が飛んでくる。やべ、鼻の下伸びちゃってたかも。


「き、気を引き締めます」

『ふん、悠可の言う通り、アタシらは悪夢級じゃアンタの相棒にはなれないわ。でもね、だからこそ実況と解説、しっかりやり切って動画のエンタメ力を爆上げしてやるんだから! 臨場感たっぷりにっ!!』

「……ありがとう。それならなお安心だ」

『任せとけし! アタシらは“チーム”なんだからっ!!』


 気合十分に言い切るシルヴァちゃん。こういうとき、シルヴァちゃんの負けず嫌いの性格は、本当に頼りになる。心置きなく攻略に専念できる。


『大地さん』

「あ、楓乃さん」

『リハのときはすいませんでした……今回はしっかり、実況させていただきます』


 次に言葉を連ねたのは、楓乃さんだ。少し声が硬く、緊張しているのが伝わってくる。ただ、前回の反省を活かし、お酒は飲んでいない。ちなみに、視点カメラの手ぶれ補正も調整済みだ。


「楓乃さんの声で実況してもらえて、俺、嬉しいです」

『大地さん……! は、恥ずかしい』

「す、すいません」


 ワイプの中、本番前でまだキツネ面をかぶっていない楓乃さんが赤面し、俺もつられて恥ずかしくなってくる。つぶやくような声が、耳に心地よくてきゅんきゅんする。


 よし……楓乃さんの癒しボイス、シルヴァちゃんの強気な励まし、悠可ちゃんのキラキラスマイルのおかげで、百人力である。もはや、怖いものなしだ。


 やってやるぞ。

 俺は大きく深呼吸して、悪夢級ダンジョンの攻略を開始した。


◇◇◇


『新卒メットさんとサッカー仮面さん、順調な攻略ぶりですね。安心して見ていられます。どうですか? 解説の銀よーびさん』

『さすがよね。魔物への対処も抜かりないし、罠も全部回避できてる。やっぱりスキルの熟練度が桁違いっしょ』

『ですね。《ダンジョンスキル》の所持数もさることながら、想像を絶する熟練度の高さです。良い子は真似しないでね』


 探索を開始して、三十分ほど。

 生配信はトラブルもなく、順調に進んでいる。同時接続数は三万人を超え、いくらかスパチャもいただいている。楓乃さんとシルヴァちゃんの掛け合いもぎこちなさが消え、かなり落ち着いてきた。


:がんばれ

:ナイトメア配信はこのチャンネルしかできない

:今北産業


 コメント欄もなかなか盛り上がっている。

 ありがたい限りだ。


『お、新卒メットさんがマッピング(地図作成)アプリを確認しましたね。いよいよ下層でしょうか』

『ついに、って感じね。マジ、悪夢級の下層にこんなにサクッと来ちゃうとか、ヤバいっしょ』


 俺はデバイスを操作して、ダンジョン内の地図を自動で作成してくれるアプリを確認する。

 楓乃さんとシルヴァちゃんが、上手い具合に俺の行動を話題にしてくれる。

 うん、そろそろ下層に突入しそうだ。


「サッカー仮面さん、ここまでは順調ですけど、下層はまた危険度が跳ね上ります。気を引き締めていきましょう」

「はいっ、新卒メットさん! わたし、ゴール前でのフリーキックぐらい集中力を高めていきますっ! お背中、お任せくださいっ!!」

「ありがとうございます」


 らじゃ、という感じで敬礼を返してくれた悠可ちゃん。なんじゃこのかわええ生き物は。

 俺はにへらにへらと相好を崩しつつ、頷きを返す。


:サッカー仮面かわええ

:てーてースマイル


 うんうん、わかる、わかるぞ。

 コメントに頷きながら、俺は《暗視》を熟練度限界まで発動し、周囲へと視線を走らせる。

 悪夢級ダンジョンの下層は、一切のインフラが通っていない。そのため、超上級エクストリームなどのダンジョンとは比べ物にならないほど静かで、暗く、不気味だ。


 インフラを通すことがダンジョンの権利を取得するための第一条件であるため、様々な企業が莫大な金額を支払い、特殊部隊などを派遣した時期があるそうだが、危険すぎて別世界のような扱いになった……という経緯が、悪夢級にはあった。


 ここもその例に漏れず、長年人の手が入っていないおぞましさがあった。


「静か……ですね」

「……ええ」


 悠可ちゃんの密やかな声が、波紋のようにダンジョン内に広がる。

 妙な悪寒がして、俺は《気配感知》の効果範囲を拡大し、索敵を行う。


 ――と。

 気配が一つ、急速に近づいてきていた。 

 

「これ……まさか」


 俺は叫び、一気に戦闘用スキルを発動させる。

 後ろの悠可ちゃんの四方を守れるよう、四人《分身》を生み出す。


「…………ヒュー…………」


《暗視》の独特な視野の中、白装束をまとった亡霊のような姿がぼうっと浮かび上がってくる。不規則で歪な呼吸音が、本能的な恐怖を与えてくる。


「これ……『ヒトガタ』です!」


 この日一番の叫びが、静寂の中に響きわたった。

 俺は腰を低くし、臨戦態勢を取った。



この作品をお読みいただき、ありがとうございます。

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