第19話 マドンナ、ついに言ってのける
「あーもう! なんでウチの会社って、あんなに人を見る目がないんでしょう!!」
楓乃さんの怒った声が、ダンジョン内に響きわたる。
俺は今、楓乃さんと共に初級ダンジョンに入ダンしている。楓乃さんの《ダンジョンスキル》の習得のため、特訓を行っているのだ。
最近は連日、終業後に二人でこうして潜っているので、もはや日課となりつつある。
「楓乃さんにそう言ってもらえるのは嬉しいですけど、俺、実際営業で結果出せてないですし……」
「それは元をたどれば別所部長のせいじゃないですか。自分がちゃんと管理職としてマネジメントできてないだけのくせに、あんなにいちいち目の敵にして……できる仕事もできなくなっちゃいますよ」
「そうは言っても……」
「そういう謙遜、やめようって言いましたよね?」
楓乃さんは相変わらず、俺をひいき目なぐらいに評価してくれている。
それは心底嬉しいことだけど、だからと言って俺自身がそれにあぐらをかいていいとは思わない。
「何度も言いますけど、大地さんの適正に合わせて配置できていない会社の責任なんです。気が利くし、よく周り見てるし、笑うとカワイイし……」
「え?」
「な、なんでもありませんっ」
最後の方がよく聞こえなかったので聞き返すと、なぜか楓乃さんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。なんで?
「あー、新規事業のアイデア、どうしよう」
話を変えるように、楓乃さんは顔をあおぎながら言う。
確かに、あの仕事もなかなかに厄介である。
「楓乃さんはなにかアイデアあるんですか?」
「私は、ダンジョンアパレルとか提案しようかなって」
「いいですね。オシャレでセンスが良い楓乃さんにピッタリだ」
「そ、そんな……う、嬉しいけど」
話してくれたアイデアに俺が相槌を打つと、楓乃さんは照れくさそうに頬をかいた。なんだこの仕草、かわええ。
ちなみに今、楓乃さんはスポーティなデザインの上着に、ハーフパンツとタイツ(レギンスというのか?)を合わせた上品なランナーのような格好だ。
ダンジョン配信をはじめるために、急いでウェアを買いそろえたらしいけど、スーツにヘルメットの変態である俺とは大違いのオシャレさを醸し出している。
なんで女の子って、こんなに可愛く自分に合ったオシャレができるのだろう。
女子向けのM○さんでもいるんだろうか?
「大地さんはなにかアイデアあるんですか? 新規事業の」
「んー、現状まったくないですね」
「まだ〆切は先ですし、ゆっくり考えましょう」
俺はしゃべりながら、周囲に出現した魔物を素手で撃退していく。発動中のスキルは《気配感知》、《超速行動》、《超格闘術》の三つ。
楓乃さんには指一本、汚れ一つつけてなるものか。
「そういえば、俺らのチャンネルってどんな感じですか?」
ふと気になり、魔物が変質した鉄を拾いながら、楓乃さんに聞く。
「……聞きたいですか?」
「うわ、めっちゃ思わせぶり」
「ふふふ、イイ女は思わせぶりなんですよっ」
茶目っ気たっぷりに、楓乃さんは微笑む。
俺はその笑顔を焼きつけるために、瞬時に《暗視》と《視野記憶》を発動させる。
守りたい、この笑顔!
ちなみにイージーダンジョンは最奥部まで灯りのインフラが整っているので、本来《暗視》のスキルは必要ない。
しかし、楓乃さんスマイルをよりクリアーに、より鮮明に楽しむためには必須なのである! 異論反論は認めない!!
「登録者、十万人を突破しました!」
「えーすごっ!」
「ね! 動画たったの二本でこれはすごいことですよ!」
現状、チャンネルの運用はすべて楓乃さんにお任せしている状況だ。
元々動画配信をしてノウハウを持っている楓乃さんが、自ら率先して対応を買って出てくれているのだった。本当にありがたい。
「ただ、あの『ドラゴンぶん投げ』と『ダンジョンRTA』の動画、両方とも映像の権利の問題で切り抜きみたいな動画になっちゃってて……。その分、登録者の伸びが思ったほどよくないんです。本物の『新卒メットのチャンネル』だと、思ってくれてないみたい」
「あー、シルヴァちゃんも言ってましたけど、ライブでそのまま映像を流す場合には、ダンジョンを管理してる企業と事前に交渉しておかないといけないらしいですね」
「そうなんです。場所によっては許可がいらないところもあるらしいんですけどね。私、それを直前で知ったので……ごめんなさい」
しゅんとした様子で、楓乃さんは肩を落とす。
色んな組織の思惑が絡み合うのが社会というものなのはわかるけど、もっと普通にシンプルで楽な仕組みにできないものなのかねぇ。
「楓乃さんのせいじゃないですし、今後ライブ配信とかをやっていけば、俺が本物だってのは追々わかってもらえますから、大丈夫ですよ」
リクルートスーツにフルフェイスヘルメットの変態は未だにバズっている(不本意ながら)ので、これを利用してチャンネルを成長させていきたいところだ。
身バレは絶対イヤだけどね! 海富先輩には即バレだったけど!
「ですね。動画が三本以上あるのが収益化の第一条件ですから、早く次の動画を撮りたいです!」
楓乃さんは元気を取り戻してくれたらしく、また人懐っこい笑顔で笑ってくれた。
あぁ、何度でも言おう。守りたいこの笑顔!!
「実際に収益化できたら、どのくらいの稼ぎになるんでしょうねぇ」
俺は有名ダンジョン配信者の『収益公開!』で見た超高額な月の収益を思い浮かべて、悦に入る。あぁ、あんなに稼げたら素敵だよなぁ。
「チャンネルによってまちまちですけど、十万人登録者の月の平均収益は六十万円ぐらいはあるみたいですよ?」
「はひぃ!? ろ、六十万っ!?」
ダンジョン配信者は稼げるとは聞いていたけど、まさかそんなに稼げるなんて……今の俺の給料の二倍以上じゃないか……あれ、涙が出てきたぞ?
「次の動画の伸び次第ではありますけど、もし順調に伸び続ければ――」
「……伸び続ければ?」
俺が自分の安月給っぷりに涙ちょちょ切れていると、楓乃さんが真面目な表情でなにやら考えはじめる。真剣な眼差し。やばい、ふつくすぃ……。
「私たち、退職を考えてもいいかもしれません」
「……っ!」
楓乃さんの言葉は、やけにダンジョン内に響いた気がした。
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