高木惣吉―3
其処まで考えが及んだことから、野村雄は高木惣吉に問い返すようなことを言った。
「酔った上での戯言を聞いてくれ」
「どんな戯言だ」
高木惣吉も、野村雄に答えた。
「ここまで生きて来て言うのも何だが。自分の人生だが、3回程、分岐点があった気がするのだ」
「3回か」
二人のやり取りは続いた。
「最初の分岐点が、海軍兵学校に入ったことだ。実は陸軍士官学校に入るか、かなり迷った」
「ほう」
野村雄の言葉に、高木惣吉は相槌を打った。
「2回目の分岐点が、第一次世界大戦を生き延びられたことだ。戦死してもおかしく無かった」
「確かにそうだな」
野村雄の言葉に、高木惣吉は真顔で答えざるを得なかった。
実際、海軍兵学校41期生118人の内94名が第一次世界大戦の際に戦死している。
そんな感じで、大量の海軍士官が戦死しており、陸軍士官を海兵隊に派遣等することで、何とか第一次世界大戦を、日本は切り抜けられたのだ。
そうしたことからすれば、野村雄が戦死しても全くおかしくない。
そう、高木惣吉は考えた。
「3回目の分岐点が、第一次世界大戦終結後に、先妻の岸忠子の下に帰ったことだ。今だから言うが、実はジャンヌ・ダヴ―の下に奔って、日本に帰るまい、とかなり自分は悩むことになった」
「そうだったのか」
野村雄の言葉に、高木惣吉は相槌を打って、更に考えた。
そんな気配を、当時の自分は感じなかったが、親友はかなり悩んでいたのだな。
「それぞれ、もし、自分が別の路を歩んでいたら、どうなっていたと考える」
「そうだな」
野村雄の問いかけに、酔った状態だったが、高木惣吉は自分なりに考えていった。
「もし、陸軍士官学校に入っていたらだが、そうなったら、お前は篠田りつと結婚しただろうな。簗瀬真琴が、仲人として動く等して」
「やはり、そう考えるか」
高木惣吉の言葉に、野村雄は相槌を打った。
簗瀬真琴、野村雄の小中学校の同級生でアリ、陸軍士官学校に入学し、将官にまで出世して退役した。
(この世界では)野村雄が、篠田りつと事実上は婚約していながら、婚約を破棄して、岸忠子と結婚したことを憤り、一騒動を引き起こしている。
「そして、幸恵や総司、アランは産まれない世界になっただろうな。何しろ、陸軍士官になっては、横須賀の芸妓の村山キクと知り合う訳が無い。又、岸三郎提督に気に入られて、娘の忠子との結婚を勧められる筈も無い。ジャンヌ・ダヴ―と知り合えるか、というと、陸軍士官が海兵隊に出向した時期からすれば、余り無いことになりそうだ。千恵子とか、他にも複数の子に恵まれて、お前は平凡だが幸せな人生が送れただろう」
高木惣吉は、其処まで考えを進めて、声に出して言った。
それに対して、野村雄は無言で相槌を打った。
「次に戦死した場合だが、正直に言って、色々と悩むな。村山キクは沈黙を保つかもしれん。篠田りつは騒ぐだろうが、お前が戦死しては認知を求めても認められない可能性が高い。ジャンヌ・ダヴ―に至っては尚更だ。自分にはどうにも分からんな」
高木惣吉は、更に言うことになり、これ又、野村雄は無言で肯いた。
「最後にジャンヌ・ダヴ―の下にお前が奔った場合だが。子ども達が酷い修羅場を引き起こす気がしてならないぞ。幸恵と千恵子と総司が結託して、お前とジャンヌとの間の子、アラン達に暴行等を加える気がしてならん。そういったことを考える程に、お前が岸忠子の下に、あの時に帰ったのは正解だった」
「やはり、そう考えるか」
高木惣吉は、最後にそう言い、野村雄も短く返した。
高木惣吉は考えた。
本当に親友が別の選択肢を選んでいたら、どうなっていただろうか。
親友の家庭生活は変わっていて、子どもの数も違うだろうな。
これまでにも書いていますが、実は野村雄が言った分岐点を、野村雄は実際に体験したり、間接的に見聞きしたりしており、そうしたことから、高木惣吉に問いかける事態が起きています。
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