第九十話 碧眼の刃
「ところでリュゼは?」
「馬車の中で寝てらっしゃる。昨晩は領主さまと夜更かしされていたようだからな」
「そうか。まあ、ギルドに姿を現したらそれはそれで面倒なことになるからな」
リュゼはマリアと仲が良かったからな。
「どうせ王都へ向かうならマリアたちと一緒に向かっても良かったのにな。その方が最短距離で到着するだろう?」
「ハハハ、お嬢様は、ファーガソン殿と旅が出来ることをそれは楽しみにされていらっしゃるからな。ここまで他人に心を許しているのは初めてだと思うぞ」」
トラスはとても嬉しそうだ。リュゼの境遇をよく知っているからこそなのだろうな。
「そうか。それは嬉しいことだな。良い旅になるよう俺も全力を尽くそう」
「ふふ、正直過剰戦力過ぎると思うがな」
トラスの言う通り、白銀級の俺、天才魔導士のリエンと使い魔のシシリー、チハヤと従魔のドラコ。それに加えて公爵家の護衛騎士団とネージュ。たしかに十分過ぎる戦力だ。
ダフードから王都へ向かう街道ルートと違って、深い森や険しい山越えが必要な南回りルートは決して安全とはいえない、正直不安はない。
「とはいえ油断は禁物だな」
「ああ、その通りだ。お互い気を引き締めて行こう」
「うむ」
「おはようございます、ファーガソン様、王都までよろしくお願いいたします」
次に声をかけてきたのは、フランドル商会のリリア=フランドルだ。
「おはようリリア。こちらこそよろしく頼む」
「実は王都まで行くのは初めてなのでワクワクしております」
見た目や言動が落ち着いていて貫禄があるので忘れてしまいがちだが、リリアはまだ十五歳だ。年相応にはしゃいでいる姿を見ると少しホッとする。
「……なあリリアちょっと聞いても良いか?」
「なんでしょう? ちなみに恋人はいませんが」
いや……そんなことは聞いていないんだが。相変わらずませているというか、調子が狂うな。
「リリアお前なんでそんな恰好しているんだ?」
いつものフランドル商会の制服ではなく、深い紺色のシックなロングスカートに白いエプロンとホワイトブリムがとても映えている。リリアの藍色の髪色、瞳と相まってとても似合っているのだ――――メイド服が。
「ああ、メイド服のことですか? あはは、ファーガソン様がメイドを欲しがっているという情報をある筋から聞きつけまして。ご心配なく、これでも幼少時から鍛えられておりますので恰好だけでなくメイドとしての実力もございますので。ちなみにメイド検定銀級を持っております」
さすがに情報が早い。しかも銀級だとっ!! 王宮でも即働けるじゃないか……すごいなリリア。
基本的にメイドとして働くために特別な資格は必要無いのだが、それなりの家格の貴族であったり、王宮のような場所で働くのであれば資格が求められることが多い。信頼できる実務経験があれば必要ないケースもあるが、やはり資格持ちは強いのだ。
「道中はメイドとしてしっかり働かせていただきますので、よろしくお願いしますね、ご主人さま」
「俺はお前のご主人さまじゃないぞ?」
「あはは、良いじゃないですか。私ずっとメイドになるの憧れていたんですよ!!」
なんだかリリアのキャラが変わっているような……いや、案外これが素のリリアなのかもしれない。
「いや、気持ちは有難いんだが、他のメンバーの意見も聞かないと――――」
馬車に同乗させるとなれば俺の一存だけでは決められない。
「あ、ご心配なく。すでに皆様の了承は得ておりますので」
仕事が早い……抜け目がない。
うむ、実に頼りになりそうだ。
◇◇◇
「ファーガソン様、他の冒険者との顔合わせをお願いします」
「わかった」
同じ依頼を受ける冒険者は、いわば即席のパーティメンバーのようなものだ。警備の配置や交代など協力して任務にあたらなければならない。
「今回冒険者リーダーを務めるファーガソンだ。冒険者ランクは白銀級、皆、よろしく頼む」
「うわあ……まさか本物の白銀級……」
「どうしよう、私もファーガソンされちゃうのかな?」
「待って、相手は白銀級よ。もうすでにファーガソンされているかもしれないわ」
……反応がおかしい。というかなぜこんなに女比率が多いんだ?
冒険者二十名中じつに十八名が女性冒険者とは初めての経験だな。
そんなことよりも、ファーガソンするとかされるとか普通に会話されているんだが……。
「貴様がファーガソンか?」
さっきから鋭い殺気をぶつけてきている女冒険者か。
「ああ、お前は?」
「セリーナ・ブレイドだ。それなりに名を知られていると思うが」
「ええ!? セリーナ・ブレイドって、もしかして碧眼の刃?」
「あ、知ってる!! 若手女性冒険者の中でトップクラスの実力を誇る天才剣士よね?」
「そうそう、いずれは女性初の白銀級に届くんじゃないかって言われてるんだよね」
碧眼の刃セリーナ・ブレイドか。その活躍と名前は聞いたことがあるが、まさかこんなに若い女性だったとは驚いたな。
その二つ名と同じ美しい碧眼に輝くようなプラチナブロンドの髪を後ろに束ねている。見た目だけならどこかの貴族令嬢だと言われても通りそうだ。最低限の装備はおそらく彼女の戦闘スタイルがスピード系だからなのだろう。
「セリーナ・ブレイドか。名前は聞いている。その若さで銀級とは凄まじいな」
「ふん、私のことを知っているのなら話は早い。ファーガソン、勝負しろ!!」
いきなり勝負しろか……なかなか面白い奴だな。
「良かろう、受けて立つ……と言いたいところだが、俺もお前も雇われている身だ。今から出発するのに勝手な行動はマズいと思うがな。休憩時間にでも相手してやるから今は諦めろ」
「むう、たしかに今はマズいか。だが逃げるなよファーガソン!!」
やれやれ、強いものと戦いたい気持ちはわかるが、出来ればそのエネルギーを仕事に向けてもらいたいものだな。




