第七十九話 生き地獄
氷剣が我武者羅に斬りかかるも、そのダメージの残った斬撃ではファーガソンによって簡単に防がれてしまう。力づくで押しのけようとしても、撃ち合うたびに身体から何かが抜け落ちてゆく感覚が邪魔をしてうまく力が入らない。
「アイスハート、今までのものは攻撃魔法ですらない。貴様に本当の攻撃魔法というものを見せてやる」
フレイヤの魔力が再び燃え上がる。先ほどまでが本気ではなかったのだと嫌でもわかる強烈なプレッシャーに、さしもの氷剣も思わず一歩後ずさる。
『エレクトロバースト』
『フレイムインフェルノ』
『アイスブリザードクロー』
『ソニックブーメラン』
フレイヤの放った攻撃魔法は、各属性の最強クラスの奥義にあたるもの。王国には使えるものがいないので、アイスハートも初めて体験する地獄だ。いかに速く切り裂こうとも、全方位からの飽和攻撃、それが息もつかせない連続で襲い掛かってくるのではたまらない。
「ぎゃああああ!?」
電撃と炎が氷剣とレイダースの肉を焼き、無数の氷の矢と風の刃が無慈悲に骨を断つ。
間違いなく一つ一つが致命級のダメージだが『アンデッド・フィールド』の効果で死ぬことは無い。だが、肉体は再生されても痛みや苦しみは消えることなく彼らを容赦なく痛めつける。
「が……がはっ……!? スレイ……離脱するぞ」
「わ、わかった……『ダーク・もー――――」
たまらず逃げようと魔法を唱えかけたスレイだったが――――
ゴバアアアアアッ!!!!
空から降り注いできた炎の柱に焼き尽くされて灰になる。
「うわあっ!? す、スレイ!?」
「これは……ブレス? まさか竜の――――」
続けてブラッドとスカルも灰になる。
「ああ、言い忘れていたが、上空には竜が逃げないように見張っているからな、諦めろ」
冷たく言い放つファーガソンの言葉に、レイダースに動揺が広がる。
「も、もう……やめてくれ……俺の負けだ……」
成すすべもなく痛めつけられるという生まれて初めて味わう挫折に、アイスハートの心は氷のようにあっけなく砕け散った。擁護するならば、わずかな時間の間に何度も殺されて再生したのだ。普通なら心が折れる。
「た、助けてくれ!! こ、降参する、何でも言う事を聞く」
「お、俺も降参する、だからもう――――」
絶対的な精神的支柱であった氷剣が折れた時点でレイヴンとクライムに降参以外の選択肢はない。
「笑わせるな、まだこれからが本番だ。安心しろ、死ぬことは無いのだから、さっき貴様が言っていたように、存分に楽しんでくれ」
「ひ……ひぃ……!?」
フレイヤの手に、これまでで最大級の魔力が集まる。
『ディバインホーリーレイ』
聖なる光のエネルギーが光の矢となって降り注ぎ、貫通した後大爆発を起こす。
全身穴だらけになり、爆風によって肉体が爆散しても……それでも決して死ぬことは無い。
「だ、だのむ……もう……ごろじでぐれ……」
瞬時に肉体が再生されるが、受けたダメージは戻らない。涙と鼻水でボロボロになりながら懇願するアイスハート。もはや最強剣士の面影はどこにも残っていない。
「……断る。貴様は生きてその罪の重さに苦しみ続けろ。塵になるまで聖なる炎に焼かれれば、浄化されて少しはマシな人間に生まれ変われるかもしれないぞ――――」
フレイヤはさらに魔力の密度を上げる。
空間が悲鳴を上げる。足元の地面は蒸発し落ちていた石が跡形もなく砕け散る。その姿はレイダースの面々にとっては破壊の女神ラグナの化身のように映ったことだろう。
「私がなぜ『紅蓮の魔女と呼ばれているのか……その身をもって知るが良い!!」
『セレスチャルブレイズ』
『エターナルフレイム』
『ラストインシナレーション』
『オメガフレイム』
伝説級の炎がアイスハートとその仲間たちを飲み込んで塵になるまで焼き尽くす。レイダースにとっては、永遠ともいえる生き地獄が繰り返される。
『フレイヤの名のもとに命ず 燃え盛れ熱き炎よ 星よ燃え盛れ、天高く舞い踊る華々しき輝きとなって 善悪を司る女神セレスティアの元へ届け 我は願う 全てを奪い去り 全てを焼き尽くす正義の審判 聖なる力に導かれし究極の炎よ 邪悪なるモノを灰燼に帰せ そして塵一つ残さず爆ぜよ――――』
無詠唱で魔法が使えるフレイヤが詠唱を必要とするという事実。
それこそが、この魔法のレベルと威力を物語っている。
『インフェルノジャッジメント』
空が割れて天から無数の炎の天使が舞い降りてくる。逃げ場などどこにもない。
フレイヤ最大の魔法『インフェルノジャッジメント』。この魔法に焼かれるものは、時間の感覚が無くなり、永遠ともいえる時間をかけて細胞レベルまで焼き尽くされる。その苦しみは、それまで犯した罪の重さに比例すると言われている。
「どうだ……これが……我が祖国……フレイガルドの力だ……貴様らのような外道には……永遠にわかるまい……父上……母上……兄上……妹たち……ごめんなさい……助けられなくて……本当に……ごめんなさい……」
魔力を使い果たして倒れるフレイヤをそっと受け止めるファーガソン。
「よくやった……後は俺に任せて、ゆっくりと休め」
頬に流れる涙をそっと拭うと安心したように目を閉じるフレイヤ。
『グルルル……』
「そうだったな。シシリー、お前も悔しいよな。魔法の効果が切れるまで、その怒りを存分にぶつけると良い」
ファーガソンの言葉に家族を殺されたマダライオンが襲い掛かる。
レイダースの生き地獄はまだまだ終わりそうにない。




