第七十六話 暗殺剣クライムと魔法剣士レイヴン
『アンチマジックフィールド』
スレイが魔法を唱えると、パーティメンバーのいる空間を含めた辺り一帯が薄い白い膜のようなもので覆われる。
「これで幻術、幻覚系はもちろん、あらゆる魔法の効果を打ち消すことが出来る。その代わり私の魔法も届かなくなるから、クライム、レイヴン、後はお前たちで始末しろ」
「ありがてえ」
「ふん、俺はこんなもの不要なんだが……」
喜ぶレイヴンとは対照的に不満そうなクライムではあるが、幻術が面倒なことは事実で、やり易くなったことは間違いない。そもそも力では圧倒的なメンバーが揃っているのだ。惑わされなければ負ける要素が無い。
そして――――アンチマジックフィールドの効果によって、隠されていた獲物の姿が明らかになる。
一人は二十代半ばくらいのプラチナブロンドの男、淡い水色の瞳は冒険者というよりも騎士の雰囲気に近い。もう一人は十代中頃の女。燃えるような真っ赤な髪色と瞳が特徴的な絶世の美少女だった。
「おいおい、まさか……あれってフレイヤ姫じゃないの?」
「間違いないねえ、こんな仕事つまらないと思っていたけど、これはラッキーだ。なんでこんなところに居るのかは知らないけどさ」
「ほう……あの高名な紅蓮の魔女か。先の作戦の時は会えず仕舞いで残念に思っていたが……結果的にだが、アンチマジックフィールドを先に展開しておいて正解だったな。良いかレイヴン、クライム、絶対にフレイヤ姫は殺すなよ、必ず生きて捕らえろ」
「はあ? まあ後でたっぷり楽しませてもらうから殺すつもりは無かったけど、スレイがそんなに興奮するのは珍しいね?」
「ふふふ、天才である私とあのフレイヤの間に子を作ればさぞや優秀な魔法使いが生まれるだろう。それにフレイガルドの失われた魔法にも興味がある」
「……さすがの俺もドン引きだよ」
「こんな変態に執着されるなんてフレイヤ姫が気の毒になってくるね」
「うるさい、減らず口を叩いている暇はないぞ。五分しかないんだから早くしろ。それとも二人がかリであの優男一人に勝てないとでも言うつもりか?」
「ったくわかったよ」
「焦るなって、あんな優男と魔法が使えない魔法使い、十秒もあればお釣りがくるって」
レイヴンは剣を、クライムは両手にナイフを構える。
「油断するなよ、魔法は使えなくとも、おそらくは使い魔が隠れているはずだ」
そう言いつつも、うっかりその存在をすっかり忘れていたスレイ。魔法が使えないのはフレイヤ姫だけではなく自分も同じ。身を護る術の無い彼にとってはどうにも心もとない状況ではある。
普段の戦闘時なら盾役になってくれるブラッドやスカルも今は動けない。
いざとなれば氷剣がいるから何とでもなるが……そう考えてスレイは氷剣が寝ているところまでじわじわと後ずさりしてゆく。
「了解」
「わかってますって」
二人が邪魔な男から始末してしまおうと同時に襲い掛かろうとしたその瞬間――――
「お前たちに質問がある。フレイガルド王家の人間を殺したのは誰だ?」
それまで黙っていた男が突然話しかけてきたのだ。
これには歴戦の二人も驚いて動きが止まる。
「何かと思えばそんなことか。氷剣だよ、俺たちはそれ以外を殺しまくった。ふふ、あれは楽しかったなあ……だって男、女、子ども、関係なく好きなだけ殺して良いなんて夢のようじゃないか。逃げまどう人々を追い詰めて殺してゆく快感は何物にも代えがたいよね」
「おいクライム、そんなことをペラペラ話して良いのか?」
「構わないでしょ? だってこの後すぐ死ぬんだしこの人。それに……フレイヤ姫は良くご存じだしね?」
ニンマリと笑うクライム。
「さあ、時間が無いから死んでもらうね、バイバイ――――はべしっ!?」
「クライムっ!?」
何が起こったのか? レイヴンは困惑する。
たしかにクライムの刃は男の喉元を掻き切り、同時に心臓を一突きにしたはずだった。少なくともレイヴンにはそう見えた。
だが代わりに見えているのは、吹き飛ばされて木に激突したクライムの姿である。
死んではいないようだが、すぐに立てるようなダメージではなさそうだ。
「くそ……幻術? いや、それはないか」
スレイのアンチマジックは確実に発動している。何よりの証拠に、得意の魔法剣が使えないのだ。となれば実力でクライムを倒したのか?
レイヴンの額を冷や汗が伝う。
確かにクライムの技は暗殺に特化したもので、いわゆる正攻法の戦いでは分が悪いが、さっきのは完全にクライム得意の間合いで不意打ちだったのだ。
「……クライムを倒したのは驚いたが、俺の剣術は氷剣に次ぐ二番目だ。まぐれは二度起こらないと知れ」
レイヴンに油断は微塵も残っていない。まぐれでクライムが倒せないことは一番よく知っている。
今、レイヴンの頭によぎっているのは、初めて氷剣と対峙した時のこと。この男にはそれに近い雰囲気がある。つまり自分よりも強い可能性も想定しなければならない。
ならば……初見殺しの技で決めるしかない。レイヴンは密かに合図を送る。
実はレイヴンはテイマーでもある。
自身が強いため滅多に出番はないが、いざという時のために、上空に待機させているクロウスという魔物が居るのだ。
相手はレイヴンに集中しているため、意識外から襲い掛かるクロウスの攻撃はまず防げない、仮に反応できたとしても必ず隙が出来る以上、レイヴンの攻撃で確実に倒れることになる。
「死ね!!」
フェイントをかける振りをしながら、上空のクロウスとタイミングを合わせ、気合と共に鋭く踏み込むレイヴン。
そして同時に頭上からクロウスが攻撃を――――
ガキィイイイイイイン!!
渾身の力で撃ち込んだレイヴンの剣撃は弾かれ、虚しく宙を舞って地面に突き刺さる。
「ば、馬鹿な……なんでクロウスが攻撃をしないんだ?」
痺れた手を押さえながらレイヴンが呻く。
「クロウス? ああ、上空に居た魔物のことなら、ドラコが抑えてくれているからな」
「……ドラコ?」
そうか、こいつもテイマーだったな。そう思い出した時には時すでに遅し。レイヴンの体は追撃を受けて宙を舞っていた。




