第七十話 みんなで楽しいキノコ狩り
「みんな~、着いたよ」
馬車がゆっくりと停車してチハヤが車内に入ってくる。
「お疲れ様、初めてとは思えないほど安定していたな」
実際、途中からチハヤが御者を務めていることを忘れていた。
「えへへ、ナイトとスノーが良い子だったからね」
それはもちろんあるだろうが、適応能力が高いというか、意外と器用なのかもしれない。それにナイトとスノーは自分が認めた者の言うことしか聞かない。その一番高いハードルを越えているのだから、もっと誇っても良いと思うがな。
『ミラーメイズ』
リエンが馬車に認識阻害効果がある魔法をかける。
「ミラーメイズか、認識阻害系の魔法の中でもかなり上位の魔法だと記憶しているが?」
「その通りだ。認識を阻害するだけではなく、無意識に避けてゆくようになるからな。偶然ぶつかって見つかる可能性はほぼゼロだ」
「それはすごい。留守番を置かなくて済むのは最高に便利だな」
「便利は便利なんだが、術者本人にしか解除出来ないという欠点もある。万能な魔法というのは無いものだ」
なるほどね。たしかに時と場合を選ぶ必要はありそうだ。
「ナイト、スノー、私たちが戻るまで、自由に草でも食べて待っていてくれ」
『ブルル!!』
逃げる心配が無いので、リエンは二頭にもミラーメイズをかけて野に解き放つ。これで魔物に襲われる心配もない。
「リエン、ファーガソン、早く早く!!」
皆それぞれ採集用の袋を手に、今か今かと待ちわびている。
「すまんが先に俺が様子を確認してくるから少しだけ待っていてくれ」
当然だが、ここはマダライオンのテリトリー、狩場だ。間違っても安全な場所ではない。逆に言えば、マダライオンさえいなければただのピクニックに最適な森でしかないわけだが。
「よし、入って大丈夫だ」
OKを出すと、我先にと一斉に森の中へ雪崩れ込んでくる。ふふ、それだけ楽しみだったのだろう。
「わあ!! キノコがいっぱい!!」
「ふふ、何度来てもワクワクしますね」
「キノコ狩りか……初めての経験だな」
真っ先に飛び込んできたチハヤ、ファティア、リエンの三人は、目の前に広がる光景に目を輝かせている。
「ほら、急ぎなさいネージュ、遅れたら無くなってしまうわ」
「大丈夫ですよお嬢様、採り切れないほど生えているとファーガソン様も仰っていたではないですか」
次いでやってきたのは、興奮気味のリュゼと、その姿を微笑ましく見ているネージュ。
「ふふ、どっちがたくさん採れるか競争ですわエリン」
「ほう、この私に勝負を挑むとは見上げたものだねマリア」
エリンとマリアは調査目的で来たはずだったが、さっそく全力で遊ぶ気満々だ。
「キノコ狩りを始める前に、みんな、ちょっと集合」
エリンの呼びかけで全員が集まる。
「お楽しみの前にお勉強の時間だよ。当然だけど、森の中には危険な植物も存在するからね。ファーガソンに聞いた範囲だとそこまで危険なものは無さそうだけどね、それでも注意が必要なものはあるから先に教えておく。それからもし知らないものがあったら、絶対に触れないで必ず私に声をかけること、いいね?」
「「「「「はーい」」」」」
植物に関しては、エリンは俺なんかよりもはるかに知っているからな。俺もこの機会に勉強させてもらうつもりだ。
実際にエリンの講義はものすごく為になった。ファティアも聴き逃すまいと真剣に聞き入っていたな。いずれも書物なんかには書いていないエルフの叡智といえよう。
「――――注意点は以上、それじゃあ皆、キノコ狩りスタートだよ!!」
エリン先生による安全講習が終わって、皆一斉にキノコ狩りを開始する。
まずは初心者にもわかりやすくて安全なステーキノコがターゲットだ。全員エリンが配った見本と見比べながら、収穫してゆく。
『ふんふふーん♪』
ドラコは皆と同じことをするのが楽しいようで、せっせとキノコを見つけては、袋へ運んで入れている。その姿は控えめに言って実に愛らしい。
「ファーガソン様は参加されないのですか?」
アリシアはあくまでもマリアの護衛として来ているので、キノコ狩りには参加していない。
俺はまあ……危険が無いようにすることが仕事だからな。それにキノコ狩りはしょっちゅうやっているから、特にやりたいとも思わない。
「せっかくの機会なんだから、アリシアもキノコ狩りを楽しんで来い。まとめて俺が警戒しているから大丈夫だ」
「ありがとうございます! ではお言葉に甘えて」
やはりアリシアも参加したくてうずうずしていたのだろう。すぐにみんなの輪の中に飛び込んで行った。
「特に周囲に危険は無さそうだな……」
感知できる範囲にマダライオンの気配は無い。
「チハヤ、調子はどうだ?」
「あ、ファーギー。見て、こんなに一杯夢みたい」
袋を開いて見せてくれたが、中々の戦果だ。
「そういえばこっちの世界にも松茸あるのかな……」
「マツタケ? 向こうの世界のキノコか?」
「うん、めっちゃ高級なキノコ。香りがとっても上品で美味しいんだよ」
ほう……香りが良いキノコか。
「いくつか思い当たるキノコがある。似ているかわからないが、見つけたら食べ比べてみよう」
「うん、楽しみ」
「リエン、どうしたんだ?」
一点を見つめて動かない様子が気になって声をかける。
「おお、ファーガソン。実は見たことが無いキノコらしきものを見つけたんだが……」
「どれ――――」
視線の先に見えたのは、燃えるように真っ赤なキノコ。先日下見に来たときには無かった種類だな。
「エリンを呼ぼう」
わからなければ絶対に手を出さないのが基本中の基本だ。
「エリン、このキノコなんだが――――」
「へえ! これカライダケじゃないか!! 珍しいものがあるね」
さすがエリン、当然のように知っていた。
「美味いのか?」
リエンが期待を込めて尋ねるが――――
「基本的に猛毒。触ったら火傷みたいに焼けただれて苦しむことになるよ」
「ええ……残念」
がっくりと落ち込むリエン。
「だけど、適切に処理すれば良い調味料になる。とても辛いから好みは分かれるけれどね」




