第六十九話 ピクニックは馬車に乗って
「さあ参りましょうファーガソン様、皆さまお揃いでお待ちですよ」
ようやく動き出した俺たちにホッとした様子のアリシア。いつもより少しだけ早足で急ぐようにプレッシャーをかけてくる。
「皆さま?」
「行けばわかります」
「おはようファーギー!!」
「おはようございますファーガソンさん」
「おはようファーガソン」
『ふぁーぎーおはよ』
食堂に入ると、真っ先にチハヤ、ファティア、リエンの三人とドラコが飛び掛かってくる――――
「絶好のピクニック日和だねファーガソン」
そして銀髪のギルドマスター、エリンも優雅に紅茶を楽しんでいる。こうしてみるとエリンも立派な貴族令嬢に見えるな。というかエルフのお姫さまだから当然か。
アリシアによると、どうやら昨夜は全員この屋敷に泊ったらしい。これなら合流する手間が省けるからゆっくり朝食の時間が取れるので有難い。
「おはようございます。よく眠れたようですね、リュゼノワール嬢」
表情を見てすぐにわかったのだろう。マリアが微笑みながら隣の席に座るように促す。
「おはようございます、マリア様、おかげさまでゆっくり休むことが出来ました」
リュゼは完璧な作法でマリアに感謝の意を伝える。こういうところを見るとさすが公爵令嬢だなと実感する。
「ファーガソン様もお疲れ様でした。簡単ですが朝食を用意しておりますので、どうぞ」
「ありがとうマリア、ありがたくいただくよ」
朝食はパンとミック、シトラのフレッシュジュースという簡単なものだ。アライオンの森でたっぷり食べる予定ということで、食べ過ぎないための配慮だろう。当然だが量は少なくとも食事の質は最高である。
「うわあ……焼きたてだあ!!」
お屋敷専属のパン職人が創り出す焼きたてパンの破壊力は侮れない。美味しそうな色とりどりのパンの山を見てしまっては、鉄の意志を持ったとしても食べずにはいられない。
「むふう……夜勤明けに焼きたてパンの沁みること……これは美味いよマリア」
エリンが涙を流しながら次々とパンを胃袋に放り込んでゆく。
「あら、お気に召したようで良かったですわ、エリン」
「昨日の夜から何も食べてないからね。エルフは寿命ではなかなか死なないけど、お腹が空くとすぐに死んじゃうんだよ」
「まあ……初耳ですわ、ファーガソン様はご存じでしたか?」
「いや、初耳だが……」
「だろうね、今考えた設定だから」
「「…………」」
まあ、エリンにしてもマリアにしても、二人とも働き過ぎだからな。性格も似ているところがあるから仲が良いのも納得だ。アグレッシブなところも似ている。
おそらくはこの街で食べる最後の朝食。騒がしくも穏やかに過ぎてゆくのだった。
◇◇◇
「へえ! これが噂のファーガソンの馬車か。大きいし頑丈だし、かなり良いね!! そしてなにより馬たちが素晴らしいじゃないか!!」
そういえばエリンにはまだ見せていなかったか。
『ブルル……ブルルン』
ナイトとスノーもエリンの称賛に気をよくしたのか、ご機嫌そうに鼻を鳴らす。
「そうだろう? ナイトとスノーは最高の名馬だからな」
リエンはこれ以上ないほど大きく胸を張ってみせた。
アライオンの森へは、試運転を兼ねて俺たちの馬車で向かう。
馬車は、御者台に最大三人、馬車内の座席には八人乗ることが出来る。御者は練習中のチハヤがつとめ、ファティアが案内役として隣に座る。ドラコはチハヤの頭の上でネッコのように丸くなっている。
座席には、俺、リエン、エリン、マリア、リュゼが座って、アリシアとネージュは車内サービス担当だ。トラスたち護衛騎士団は、士気を保つためには休息も必要だというリュゼの命令で今日はダフード内を観光する予定で付いてきてはいない。さすがのトラスも、領主であるマリアに迷惑をかけてしまったという負い目もあって、従わざるを得なかったのだ。
「ずいぶんとしっかりとした造りですね、それに居住性が素晴らしいです。茶葉は使わせていただいても?」
「ああ、自由に使ってくれ」
チハヤの練習ということもあり、馬車は通常の半分くらいの速度でゆっくりと進んでいる。目的地であるアライオンの森へは一時間ほどかけて到着する予定だ。馬車の中では、アリシアとネージュが買ったばかりの茶葉を使って準備をしてくれている。
こういう姿を見ていると、メイドが居るって素晴らしいなとあらためて思う。
「なんだファーガソン? メイドが羨ましいのか?」
……リエンは心を読む魔法でも使えるのか?
「まあな。こういう時は良いなと思う」
「なるほど、恰好だけならメイドになってやっても構わないぞ。お茶は入れられないが」
茶を入れられないメイドに何の意味が!?
「なんだ、ファーガソンはメイド好きだったの? 言ってくれれば着替えを用意しておいたのに」
「あら、それなら今日街へ出かけるときはメイド服にしようかしら?」
「ふぁ、ファーガソン、私もメイドになった方が良い?」
いかん……リエンのせいで話が変な方向になって――――おい、アリシアとネージュ、なんでそんなにそわそわしているんだ!? 早く茶を持ってきてくれ。このままではいたたまれないじゃないか。
「うん、これは良い茶葉を使っているね、それに腕も良い。今度受付嬢を全員マリアのところに研修に行かせようかな……」
エリンが言う通り、茶葉が良くても入れる人間の技量が悪ければ台無しになってしまう。これは本当に美味しい。
「ありがとうございますエリン様、ですが、ネージュの技量も素晴らしいです」
「いえ、アリシアには敵いません」
アリシアとネージュ、二人ともまだ若いのにたいした技量だ。それに加えて護衛が務まるほど強いのだからじつに得難い人材だと思う。
「その茶葉はファティアが選んだんだ」
「まあ、さすがファティアだわ!!」
リエンが自慢げに胸を張ると、ファティアの親友を自認するリュゼも相槌を打つ。
もしここにファティアが居たら可哀想なぐらい真っ赤になっていたところだったな。
「これから向かうアライオンの森ですが、マダライオンが住み着いてくれてとても助けられているのですよ。昔は盗賊や姿を隠したいならず者たちが街道を避け、森を抜けてやって来ていたそうです。盗賊被害もずっと多かったですし、事件も頻繁に起きていたようですが今ではすっかりそういうことも無くなりましたからね」
にこにこと上品にお茶を飲んでいたマリアが、感慨深げに外の景色を眺める。
ここダフードは交通の要衝ゆえに人通りが多いからな。その通行人を獲物にした盗賊たちにとっては、絶好の隠れ場所だっただろう。捕らえようとしても森に逃げ込まれてしまったら、捜索は困難を極めるし二次被害にもつながるから手が出せなくなる。
人間よりも魔獣の方が役に立っているとは笑えない話だが、実際のところ、人間にとっての脅威は同じ人間によってもたらされるものだ。皮肉でもなんでもなく……な。
魔王領から離れていることを良いことに、形だけの協力しかせずに力を蓄え、魔王が勇者によって倒された途端、疲弊した各国を侵略し始めた帝国などはその典型だろう。




