第四十九話 交錯する事情と繋がる線
「すまなかったなサラ、怖い思いをさせてしまった」
「ファーガソン様のせいじゃありませんよ。それに……ちょっぴり役得でしたし……」
ふふふと微笑むサラ。潤んだ瞳と紅潮した表情がたまらなく妖艶だ。
「あの……私の部屋で御礼がしたいのですが?」
サラがぎゅっと掴んだ腕は、まるで毒を注入されたように熱を持ち力が入らなくなる。さすがの俺も逃れる術を知らない。
「これから依頼が入っているからあまり時間が無いんだが、それでも良いか?」
「はい……構いません。続きはまたお戻りになってから……ね?」
◇◇◇
「呆れましたね……よろしく頼むとは言いましたが、まとめて一気に終わらせるとは思ってもいませんでしたわ」
草むしりの依頼を終え、その足でマリアを訪ねると思い切り呆れられた。頼んだのはそちらなのに酷い話だ。
「それでガインが話していた件だが――――」
マリアを引きずり降ろしてアンドレイ子爵が新しい領主になる計画、普通なら不可能に近いが、あのヴィクトールが絡んでいるのであれば可能だろう。あの男、火の無いところに煙を立てるのは得意だからな。
「ええ……困ったことになりました。もしヴィクトール様が後ろ盾になっているのであれば、たとえアンドレイ子爵たちを牢獄送りにしてもすぐに釈放されてしまうかもしれませんね」
さすがのマリアも表情が優れない。それだけこの国においてヴィクトールの影響力が強いことを理解しているからだ。
「それだけならまだ良い、おそらくは逆にマリアが責任を問われ投獄されることになるだろう」
「あの有能だと噂のヴィクトール宰相がそこまでするかしら?」
「逆だな、有能ゆえに徹底的にやる。従順なものには利益を、敵対するものには社会的な死を、奴はそうやって人を動かし、この国を牛耳って来たんだ」
「ファーガソン……貴方もしかして……過去に何かあったのではないですか?」
「……まあな」
「やっぱり。言いたくなければ構いませんが、十五年前に取り潰しになったイデアル伯爵家嫡男の名がファーガソンでしたわね」
「……気付いていたのか?」
「はい、何度か接するうちに確信いたしました。口調を変えたくらいではにじみ出るものは隠せませんからね」
さすがだな。普通はその程度で答えには辿り着けない。マリアがいかに危機感を持って情報収集を怠らずにいたのかよくわかる。
「今はただの冒険者だがな」
「いいえ、最強で最高の冒険者です」
マリアがこれ以上ないほど得意げに胸を張る。ありがとう、その言葉に救われるよ。
このまま抱きしめてやりたいが、もう時間が無い。
「ヴィクトールのことは心配するな、とにかくガインの身柄を早急に拘束してくれ。最悪俺が戻るまででも構わない」
「……何か考えがあるのですね。わかりました、ガインの件は心配しなくて大丈夫です」
「助かる。それから……リュゼに会わせてもらえないか?」
こんなに早く再会するつもりはなかったんだがな。
「リュゼノワール嬢に? 良いですわよ、彼女もファーガソン様に会いたがっていると思いますし」
「そうなのか?」
「ええ、だって屋敷に到着してからずっと貴方のことばかり聞いてくるんですもの。すっかり懐かれているのですね、ふふ、悪い人」
◇◇◇
「ファーガソン!!」
キラキラ輝く銀髪を揺らしながら、ジャンプ一番飛びついてくるリュゼ。並みの男なら、この一撃でアバラが何本か持っていかれるだろうな……。
「ファーガソン様!!」
ギラギラ研ぎ澄まされた爪を出して飛び掛かってくるネージュ。また服を破いて貰う気満々だな。
ガシッ
そうはさせまいとと手首を掴んで難を逃れる。
「チッ……失敗です」
聞こえているぞ、ネージュ。
「そう……お見合いのこと、聞いたのね」
俺には知られたくなかったのか、複雑そうな表情で俯くリュゼ。
「実は、お嬢嬢は、ここに来る前にすでにライアン辺境伯ともお見合いをしているのです。つまり今回のお見合いは、将来どちらに嫁ぐのか、形式上お嬢様にその機会を与える目的があるのです」
黙り込んでしまったリュゼの代わりに、ネージュが事情を説明してくれる。
「そんな形式は聞いたことが無いが……」
「私がせめて直接会って自分で決めたいって、父にお願いしたのよ、ファーガソン」
せめて直接会って……か。相手を選ぶことが出来ない彼女のささやかな意地なのだろう。
もっともこれだけの大物を相手にわざわざ機会を与えることが出来たのは、リュゼがそれだけ大事にされているということだけではなく、政治的な勢力争いがあるからだろう。
現在、国内の勢力はアルジャンクロー公爵を筆頭にした国王派、ヴィクトール宰相の王弟派、ライアン辺境伯を旗印にした革新派の三つに分かれている。
異民族の侵入が続く北部戦線に加えてフレイガルドが滅ぼされたことで国境を接することになった帝国の動きもきな臭い。
国内で争っている場合ではない状況で、リュゼの存在を利用しようと考えたのはごく自然な流れだ。
だがよりにもよってライアン辺境伯か……
「あ、でもね、ライアン辺境伯には会ってきちんとお断りしてきたの。だって……」
リュゼが泣きそうな表情をする。
「わかるぞリュゼ。ここだけの話だが、ライアン辺境伯は残忍で冷酷なクズだからな。それでいて名誉欲、権力欲に憑りつかれている俗物、俺も最悪の相手だと思うぞ、断って正解だ、よくやった」
ヴィクトール以外でこの国で最も嫌いな人物を挙げろと言われれば、俺は間違いなくライアンを選ぶだろう。そんなクズと、しかも親子以上に歳が離れた相手とお見合いさせられたんだと考えるだけで腸が煮えくり返りそうになる。
どれほど怖い思いをしたのだろうか? 心無い言葉を投げつけられたのだろうか? こうして無事出会うことが出来たのは奇跡的と言えるかもしれない。
「やっぱりファーガソンもそう思うわよね!! 私もそまさに同じこと思ったの。でもずいぶん詳しいのねファーガソン、もしかしてあの男に会ったことがあるの?」
「まあな……依頼を通じて会ったことがある」
そしてもう一つ――――
「これでようやく繋がったよリュゼ」




