第二百六十三話 神獣の乙女
「これは……美味しいですねお父さん」
陛下、いやレーヴ自ら淹れてくれた紅茶を口にすると――――その香りの良さと雑味の無い口当たりに驚かされる。もちろん茶葉の質もあるのだろうが、それだけではこのレベルの味わいにはならない。そのことはこれまでの経験で良く知っている。
「ハハハ、そう言ってもらえると嬉しいね。紅茶は私の趣味でね、日々の重責から離れて無心になれるのだよ」
そう言って微笑むレーヴ。大国の国王ともなればその重責は想像以上だろう。ましてや昨今は帝国の脅威や北部戦線の膠着などの外部要因だけでなく、国内の派閥争いなどあったからな……。
「もし良ければこれを使ってみてください。ミリエル・ファーガソン・ブレンドというミスリール産の茶葉ですが、今まで飲んだ中で一番美味しいと思ったので」
「ほほう! それは興味深い……大陸産の茶葉ならすべて知っているつもりだったが聞いたことが無いな」
「ははは……先日商品化したばかりなので。実は俺も少しばかり関わっているのですよ」
「先生? 惚気はそこまでです……」
セレスがわかりやすくふくれている。なんて可愛い生き物なんだ。思わず抱きしめたくなるが、さすがにそんなことは出来るはずもない。
「ふふふ、あのセレスティアがここまで心を許しているなど見たことが無い。実の父である私にでさえ鉄壁の仮面を被っているのにな?」
「ち、父上っ!? ち、違います!! 先生は特別なのです!!」
うん……全然違ってないな。可愛いぞセレス。
その反応に声を出して笑いだすレーヴと不満そうなセレス。
なんか良いものだな……こういう家族団らんみたいな時間というのは。
「さてと……いつまでもこうしていたいところだが、私もあまり時間が無くてな? そろそろ本題に入らせてもらう」
本題……か。やはりただ会ってみたいという話ではなかったようだ。
「セレスティアは聞いたことはあるだろうが、ファーガソン、キミは『神獣の乙女』というものを知っているかな?」
「いえ、初耳ですね」
前世の記憶を含めても聞いたことが無い。ということは……おそらくは王家に関わるものなのだろう。
「一言でわかりやすく言えば、王国における聖女のような存在だ。長い王国の歴史の中でも五人しか確認されておらず、王国の危機が迫るたびに現れてそのたびに王家を救ってきた繁栄の礎ともいえるのが彼女たちなのだが……」
「話だけ聞いた印象だと――――もしかしてセレスがその神獣の乙女なのですか?」
セレスが持っている星の癒しやライオニックオーラの発現、まさに王国の聖女に相応しいものがある。
「いや、セレスティアは神獣の乙女ではない。なぜなら……神獣の乙女にはある共通点があるのだ……」
「共通点……? はっ!? ま、まさか……そんな……」
話を聞いていたセレスの顔色が変わり震え始める。どういうことだ……?
「神獣の乙女というのは……な、ファーガソン――――古来より例外なくイデアル家からしか現れないのだよ……そう、キミの家門であるイデアル家だ」
「なっ!?」
そんな話初めて聞いたぞ。いや……それはいい、そうじゃない、このタイミングでこの話をしたということはつまり――――
「ま、まさか……姉上が……神獣の乙女……だったと?」
震えが止まらない――――怒り――――困惑――――疑問が次々と湧き上がってきて頭の中がぐちゃぐちゃになってゆく。
「ああ……その……通りだ、ファーガソン」
そう言って目を伏せるレーヴ。
「ふざけるな!!!! だったら!! なぜ俺の家を……潰した!! なぜ!! 姉上を……見殺しにしたっ!!!!! 姉上は――――誰よりも王国の繁栄と行く末を心から案じていたんだぞっ!! それなのに――――無実の罪で投獄され――――汚名を着せられて――――」
抑えきれない激情が爆発する。不敬なのはわかっているが俺には黙っていることなど出来ない。
「せ、先生……ごめんなさい……」
セレスが泣き崩れるが違う、お前のせいじゃないんだ。
彼女の涙を見て少しだけ冷静さが戻ってくる。
「すまない……言い訳にもならないが、彼女が神獣の乙女であることがわかった時には手遅れだったんだ……」
「……神獣の乙女であることはどうやってわかるんだ?」
今は話を聞かなければならない。そんな気がした。
「これは国王しか知らないことなのだが……ここ白獅子宮は、表向きは国王の私室となっているが、本来の役割は神獣さまからの神託を受ける場所なのだ……王国における国王とは、同時に神獣さまに仕える神官長でもあるのだ。神獣の乙女が現れたという神託が降りてくるのは、その者が成人した時――――だが――――エステルはすでにヴィクトールによって――――」
そういうことか……。なんとなく状況は理解した。当時の状況から考えて――――ヴィクトールの後ろ盾で即位したばかりのレーヴに出来ることは無かっただろうとは想像できる……だからといって納得できるものではないが。
「……事情は理解しました。先ほどは感情的になってしまい申し訳ありませんでした」
「……感謝する。だが……許してもらえるとは私も思っていないし、言えるはずがない。当時の私が無力だったのは事実だからな……。罪滅ぼしにもならないが――――実は今度のイベントでイデアル家の復興と名誉回復を発表するつもりだった。イデアル家には、旧領はもちろん、ヴィクトールが所有していた領地も併せて運営してもらうという方向でな。そして――――都合の良いことにセレスティアと結婚するということになったので、それに合わせてイデアル家当主であるキミには伯爵ではなく侯爵に任命するつもりだった。受けてもらえるだろうか?」
ということは――――レーヴは俺の実績とは関係なく、最初からそのつもりで準備をしてきたということか。
それならば俺の答えは決まっている。
「わかりました、謹んで拝命いたします」
俺は冒険者であると同時に、王国の民でもある。両親や姉上が愛した人々のために俺が出来ることがまだあるのなら――――全力でやってやる。それが――――この世界に残された俺に出来ることなのだから。
「そうか……受けてくれるか。これで――――私も心置きなく退位できるよ」
「なっ!? ち、父上……退位とは一体……」
「そ、そうですよ、なんでそんなことを」
「イデアル家の名誉を回復するのであれば、誰かが責任を取らなければならない。それが出来るのは、いや……それをすべきなのは私以外におらぬであろう?」
たしかにイデアル家の名誉を回復するならば理由も説明しなければならない。そうなれば誰かが責任を取るべきだろう……いや、そうでなければ収まらない。だが――――
「陛下、それは――――駄目です。責任を取らせるならばヴィクトールに全ての罪を背負わせれば済む話です」
死人に口なしとは言うが、今回はすべて事実だしな。
「しかし――――それでは私の気が――――」
「お言葉ですが――――それで陛下は少しばかり気持ちが晴れるかもしれません。ですが……俺にとってはかえって負担にしかならないのですよ。償いたいという気持ちがすこしでもあるのでしたら――――国政を全うすべきだと俺は思います」
隣でセレスも小さく頷いている。
少しの間じっと何かを考えていたレーヴだったが――――
「そうだな……ファーガソン、キミの言う通りだ。私は自分のことしか考えていなかったようだ。すまない。他でもないキミがそう言うのなら――――私は背負い続けることにするよ……セレスティアにも心配をかけたな」
「わがまま、聞いてくれてありがとうございます、お父さん」
「父上……私も全力で支えますから!!」
イデアル家の復興も嬉しいけれど――――名誉回復の方が正直嬉しい。あれほど頑張っていた家族の生き様が無駄ではなかったのだと少しだけ思えるから。たとえ全てが遅くとも――――失われた後だったとしても。
「今日はお話出来て良かったです」
本心で心からそう思った。この時間を作ってくれたレーヴとセレスには感謝しかない。
「待ってくれファーガソン。話はまだ終わっていないんだ」
そう言って表情を引き締めるレーヴを見て、顔を見合わせる俺とセレスだった。
残り三話で完結となります(投稿予約済み)
どうか最後までお付き合いいただけると嬉しいです(*´▽`*)




