第二百五十七話 過ぎたる力
「お待たせしてしまい申し訳ございません。私がトライデントの第一王女アリエス=トライデントです」
正装を身に纏い、応接室に姿を現したアリエスは深々と頭を下げる。
「丁寧な挨拶恐れ入る。俺は白銀級冒険者のファーガソンだ。よろしくなアリエス」
「お久しぶりですねアリエスさま、御元気そうで何よりです。学院生活の方はいかがですか? お困りのことなどあれば何でもおっしゃってください」
アリエスの前に居るのは、彼女の兄で王太子であるセイルズからの手紙を届けにやって来た冒険者のファーガソン。そしてライオネル王国第二王女セレスティア=レオンハート。その圧倒的な美男美女、そして強者のみが放つオーラにさすがのアリエスも思わず息を飲む。
(これは……本当にカッコいいですね……セレーネが一目惚れしてしまうのも無理はないです)
「お久しぶりですセレスティアさま。学院のパーティー以来ですね。学院の方はおかげさまで何不自由なく学びを深めることが出来ております。ところで……あの……セレスティアさまはファーガソンさまとどういった御関係なのでしょうか?」
いきなり尋ねるのは失礼とわかっていても、状況がわからないまま話を進めるわけにはいかない。意を決して尋ねるアリエス。
「今のところは師弟関係というところですね。本日は先生の付き添い兼案内人として同行しているだけですので、どうかお気になさらず話を進めてくださって大丈夫ですよ」
「は、はあ……」
涼し気に微笑むセレスティアと苦笑いするファーガソン。気にするなと言われてもそういうわけにはいかないアリエスだが、このままでは埒が明かないので強引に話を進めることにする。
「ファーガソンさま、届けていただいた手紙は先ほど読ませていただきました。兄のことは常々気にかけておりましたので、こうして事情が知れてとても嬉しく安心いたしました。本当にありがとうございました」
「いいや、こちらこそアリスターさんには世話になったから気にしないでくれ。少しでも恩返しになればと思っただけだからな。そういえば先ほど出してもらった菓子、実に美味だったが、あれはトライデントの銘菓なのか?」
「はい、あれはオーシャンジュエルといって食用サンゴを使ったトライデントの伝統的なお菓子です。お口にあったのでしたら嬉しいですわ」
「そうか、アリスターさんからもトライデントに遊びに来て欲しいと言われていたが、こんな美味しいものがあるのなら是非近いうちに訪ねたいものだ」
「ふふ、よろしければその時は私がご案内して差し上げますわ」
初対面ではあるものの、すっかり打ち解けて談笑するアリエスとファーガソン。一方のセレスティアはといえば、一言も口を開かず黙って二人の様子を見守っている。
不気味に思いつつもアリエスは本題を切り出す。
「ところでファーガソンさま、一つお願いがあるのですが……」
「ああ、俺に出来ることなら――――うっ……せ、セレス? あ、そうだな、まずは話を聞いてからだな」
セレスティアの鋭い視線を感じて慌てて言い直すファーガソン。
「私と――――戦ってください」
その可憐で淑やかな見た目からは想像も出来ない強烈な魔力と並みの者ならば当てられただけで意識を刈り取られるであろう威圧が解き放たれる。
「本気――――のようだな。手合わせするのは構わないが……理由くらいは聞かせてもらえると有難いのだが」
(……私の威圧を受けても眉一つ動きませんか……セレスティアさまは当然として、やはり白銀級冒険者、実力は本物のようですね)
「もちろんタダでとは申しません。ですがこちらが勝った場合……ファーガソンさまには私の婚約者になっていただきます」
「なるほど……ちなみに俺が勝った場合はどうなるのかな?」
「その場合は――――私がファーガソンさまのものになりますわ」
「えっと……それはどちらに転んでも同じことでは?」
「まあ……考え方によってはそうなるかもしれませんね、うふふ」
悪戯っぽく微笑むアリエス。
「えっと……セレス?」
思わず隣に居るセレスティアに助けを求めるファーガソン。
「はあ……だから言ったじゃありませんか。まあ……結果的には同じでもその関係性は別物です。必ず勝ってアリエスさまを手に入れてくださいね、セ・ン・セ・イ?」
頬を膨らませてプイとそっぽを向くセレスティア。
「わかったよセレス。それじゃあアリエス、いつでもいいぞ、本気でかかってこい」
「場所を変えなくてよろしいのですか?」
ファーガソンの言葉に驚くアリエス。いくら広いとはいえここは応接室、高価な置物や装飾品、敷き詰められた高級絨毯などに被害が及ぶのは明白だ。それなのにファーガソンやセレスティアは気にした様子もないのだ。
「大丈夫だ、その必要はないからな」
ザワッ――――アリエスの髪が一気に逆立つ。ファーガソンに馬鹿にする意図は無かったが、彼女にとっては屈辱に等しい扱いに感じられたのだ。
「その言葉――――後悔しないでくださいね?」
ちょっと力試しをするつもりだった。
彼女自身、兄からの手紙と初対面の印象で十分以上に惹かれていたから。
だが――――気が変わったのだ。
アリエスは生まれてこの方一度も本気を出したことが無かった。
力を見せつけるたびに人が離れてゆく。周りの人々との距離が出来てゆく。
過ぎたる力は平和なトライデントにおいて不必要なものだった。
壊してはいけない。
いつの間にかアリエスは力を出すことよりも、いかに力を抑えるかに神経を注ぐようになっていった。
「ああ、後悔なんてしない。だから――――全力で来い――――アリエス!!」
生まれて初めて感じた安心感、この人なら全力を出しても壊れないという信頼感。
それは――――孤独だったアリエスが何より欲していたもので――――
彼女の全魔力、全力が籠められた神速の一撃は――――
呆気ないほど簡単に受け止められ――――そのまま手首を掴まれたアリエスはファーガソンに優しく抱きしめられる。
「これでお前は――――俺のものだな、アリエス」
「はい――――私は――――アリエスは身も心も――――貴方のものですわ――――ファーガソンさま」
そういってうっとり目を閉じるアリエスだったが――――
「はい、そこまでです。さっさと離れてください」
割り込んだセレスティアによって引きはがされてしまう。
「ええええっ!? 酷いですわセレスティアさま!!」
「ふふふ、私の方が婚約者の先輩なのですから。それにアリエスさまは卒業するまでそういうことはお預けです」
「そ、そんなあ……」
がっくりと崩れ落ちるアリエスであった。




