第二百五十六話 海洋の宝石
「アリエスさま、卒業パーティーにはぜひこのドノバンと同伴を――――」
「待て、抜け駆けは許さんぞ!! アリエス嬢、ここは侯爵家令息であるこのライオットが相応しいかと――――」
まもなく卒業シーズンを控えた王都にある王立学院。最上級生たちは、卒業パーティーの同伴者を確保するために躍起になっている。
なぜなら卒業パーティーに同伴する相手=婚約者というのが通例となっているからだ。
貴族にとっては自分の意思で相手を選ぶことが出来る貴重な機会であり、同時に家の格や影響力を上昇させるという意味でも将来を占う重要な舞台でもある。
大陸屈指の歴史と格式を誇る王立学院には、国内だけではなく、各国の貴族令嬢、令息、王族が学んでおり、在学中は身分差を気にすることなく同じ学生として友情や愛情を育むことが出来るわけだ。
『海洋帝国』とも称される商業都市国家トライデントの第一王女アリエス=トライデントは、その中でも別格とも言える優良物件、その『海洋の宝石』と呼ばれる優れた容姿と相まって求婚してくるものは後を絶たないのだが――――
「ごめんなさいドノバンさま、ライオットさま、卒業パーティーは予定があって参加出来ないのです……」
あっさりと断ってしまうアリエス王女。
「よろしいのですかアリエスさま? 名門伯爵家と侯爵家であれば家格も悪くありませんし、予定も調整出来ないほどでは……」
王女の身の回りの世話と警護のため共にトライデントから留学してきたセレーネは小さく息を吐く。
というのも、王女であるアリエスもまた、この留学中に婚約相手を探すというというのが大きな目的の一つであったからだ。
「私の将来に関わることですからね、妥協はしたくないのです。たしかにお二人とも悪い方ではないのですが……セレーネならわかるでしょう?」
「はあ……まあ……たしかに強くはないですね。アリエスさまはともかくとして、私程度に瞬殺されてしまうような実力ではありますが……もうあまり時間は無いのですよ?」
うぐっ、痛いところを突かれて言葉に詰まるアリエス。たしかに卒業まであまり時間は残されていない。
「で、ですが……伝統あるトライデント王家に弱者の血を入れるわけには……」
「お言葉ですがアリエスさま、トライデントはセイルズさまが継ぐことになりますのでその点はあまり気にされる必要はないかと」
「それは……そうなのですが……最悪の想定として兄さまに子が出来ない場合も考えなければなりません。せめて私と同じくらい腕が立つ殿方でなければ……」
「再びお言葉ですが、アリエスさまと同レベルの人間となると国家最強クラスの者となります。家格を抜きにしてもそう簡単には……」
代々強者の血を積極的に取り入れてきたトライデント王家の長い歴史の中でも、アリエスの強さは突然変異と言ってもいいほど群を抜いていた。
「セレスティアさまが殿方でしたら理想的だったのですが……」
年齢、家格、強さ、あらゆる面で申し分ないどころか理想的なセレスティアだが、問題は女性だと言う事。
「強さだけでしたら、通例通り武闘大会の優勝者でよろしいのでは?」
トライデントで大々的に開催される武闘大会の優勝者には、王女、もしくは王子との婚姻が認められることがある。このまま帰国した場合、タイミング的にそうなってしまう可能性が非常に高いということもあって、なんとか留学中に相手をということだったのだが……
「それは嫌です。たしかに強さだけならそうかもしれませんが……せめて相手は自分の意思で選びたいのです……」
強さにこだわりのあるアリエスであっても、さすがにどこの誰かもわからない相手と結婚することには抵抗がある。王位を継ぐのであればやむを得ないと考えるアリエスだが現在の立場ではそこまで背負う必要は無いのだ。
「しかし次回行われる武闘大会は、アリエスさまとの婚姻がありえるのではという噂ですでにもちきりです。出場希望者も現時点で過去最高を更新しておりますし、トライデントにとっても武闘大会は大きな収入源であると同時に優秀な武力を確保する重要な機会。生半可なお相手では不満が出ても不思議ではないでしょうね」
大衆や世間というものはどこまでも勝手なもので、勝手に期待して勝手に失望したり怒ったりするものだ。
「わかってますよ……だから苦労しているんじゃないですか」
アリエスの相手が中々見つからないのは特段彼女が高望みしているわけではなく、周囲を納得させる必要があるからという理由が大きい。
「まあ……今更でしたね。そういえば大きな戦争が落ち着いたようですから、高位の冒険者や騎士たちも王都へ戻ってくるかもしれませんよ? 今から帰国までの間に間に合うかどうかは微妙ですが……」
卒業まではまだ一年残っているものの、ゼロから交流を深めてゆくには時間が十分とは言えない。
「それでも諦めるにはまだ早すぎますよ。セレーネ、申し訳ないですけれどリストアップお願い出来ますか?」
「ご安心ください、すでにリストアップ作業は進めております」
情報収集もセレーネの仕事の一つ、その点で抜かりはない。
「さすがですねセレーネ。そういえばお兄さまから連絡は?」
「はい、先日良い知らせを届けられそうだとお手紙が」
「あら? まさか……あのお兄さまの眼鏡にかなう人物がいたということでしょうか?」
「だとすれば楽しみではありますが……」
アリエスの兄で王太子であるセイルズもまたトライデント王家の伝統にしたがい大陸各地を旅しながら情報を集めている。その兄からアリエスの相手に相応しい人物がいたら連絡すると以前から言われていたのだ。
兄の人を見る目に関しては一目置いているアリエスは期待に胸を膨らませるのであった。
「アリエスさま、セイルズさまより手紙を預かったという者が参っておりますが?」
留学中の住まいである迎賓館に戻ると、館の執事が出迎える。
「まあ……噂をすればなんとやらですね。ぜひお会いしたいわ。セバスチャン、すぐに準備をするので対応お願い出来るかしら?」
「かしこまりました」
客人の対応は執事に任せ、急いで着替えを始めるアリエス。
「……ただいま戻りましたアリエスさま」
密かに客人の偵察に行っていたセレーネが戻ってくる。さすがにどこの誰かもわからない人物にいきなり王女を会わせるわけにはいかない。
「ご苦労さま、それで――――どうでしたか?」
「……カッコ良かった……です」
頬を染め俯くセレーネ。
「……あの……そんなことは聞いていないのですけれど?」
呆れながらも、セレーネのそんな姿をこれまで見たことが無かったアリエスは興味深そうに目を細める。
「はっ!? も、申し訳ございません、は、はい……強さに関しては申し分ないと言いますか、私程度では実力を推し量ることすら出来ませんでした。私の隠密も完全にバレていたようですし」
「それは嬉しい驚きですね……セレーネの強さは私が一番良く知っていますし、隠密スキルに関してはトライデントでもトップクラスのはず……」
「それは……伊達に白銀級冒険者ではないということなのでしょう」
「まあ!! その方は白銀級冒険者なのですか?」
白銀級といえば、大国トライデントですら二人しかいない最高到達点だ。強者を好むアリエスは瞳を輝かせる。
「しかも王国最強と名高い『貴公子』ファーガソンさまです」
「私も噂だけは聞いたことがあります。そのような高名なお方が……」
「噂以上ですよ!! 私、一目見て恋に落ちてしまいました。こんなこと初めてです」
「セレーネ……私の婚約者候補なのですけれど?」
普段感情を完璧にコントロールしているセレーネが浮かれている様子を見て、これは本物だと確信するアリエス。
「ただですね……一つ気になることがございます」
「……気になること、ですか?」
「なぜか……セレスティア殿下が一緒におられるのです」
「……セレーネ、それは気になるレベルではないです。大問題ですよ?」
事情はわからないけれどお待たせしては大変です、と慌てて用意を済ませるアリエスであった。




