第二百五十三話 二人だけの熱い夜
「ふう……良い湯だったな)
久しぶりにファティアと二人っきりでゆっくりと湯に浸かることが出来た。ミスリールにいる間は、良くも悪くも大勢で混浴だったからな……。
明日は各地から仲間が合流しての海水浴だ。どう考えても疲れる予感しかしない。今夜は早めに寝て英気を養っておいた方がいいだろうな。
ガチャ
セレスが用意してくれた部屋はシンプルだが広すぎず落ち着く内装が気に入っている。オープンテラスからは月に照らされてキラキラ揺れている夜の海が見える。
「昼間は暑かったが、夜は風が心地良いな……これなら良く眠れそうだ」
ウルシュは一年を通じて温暖で、ほとんど気温に変動が無い常夏の街だと聞く。国内有数の保養地というのも納得だ。
寒い冬の間、この街で過ごすのも悪くないかもしれないな。
今度セレスに相談して――――
いや、今聞くか。
「なあセレス?」
「あら? 気付いていらっしゃったのですか先生」
布団の中からひょこりとセレスの可愛い顔がのぞく。
「まあ……堂々とベッドに転がっていれば気付くさ。リュゼと一緒じゃなかったのか?」
「ふふふ、あの子は今頃ぐっすり夢の中です。海鮮料理を食べ過ぎたのでしょう」
そういえばリュゼの奴、初めて食べる海鮮料理に興奮してめちゃくちゃ食べていたな……。
「それよりも……先生……」
セレスの目がスッと細くなる。
「ど、どうしたんだ怖い顔して!?」
「ベッドからファティアさんの匂いがします……」
げっ!? なんでわかるんだ?
「あ、ああ……さっきまでいたからな」
今更誤魔化しても意味が無い。
「そうですか……また先を越されてしまったのですね……昼間、先生がヘタレていなければ……」
俯いたセレスの全身からライオニックオーラが……ヤバい……これは怒っている。
「お、落ち着けセレス、ほら、朝まで時間はたっぷりあるんだ。二人っきりで甘い時間を過ごそう」
「せ、先生……嬉しいです!!」
優しく抱きしめるとメイド服に包まれたやわらかいブロンドが頬をくすぐる。
え? メイド服? ブロンド?
『いきなり抱きしめるなんて……ファーガソンさまは情熱的ですね……準備は出来ておりますので、好きになさってください』
頬を染めて期待に震える金髪の美少女。
「うわっ!? あ、アリス?」
『はい、ファーガソンさまのアリスです!!』
そうか、転移して来たのか。なんとも間の悪い……
『間が悪いなんて悲しいです……私はファーガソンさまに一刻も早く逢いたくて仕事を終わらせてきたというのに……』
「あ、アリス、何をやっているんです!! 先生から離れてください!!」
呆然としていたセレスだったが、すぐに我にかえってアリスを引きはがそうとする。
『離れる? なぜですか? くっつきたければセレスティアもそうすれば良いではありませんか』
「そういう問題では……と、とにかく、今夜は私の番なのです!!」
『今夜がセレスティアの順番だとはシルヴィアからは何も聞いておりませんが?』
「くっ……それは……そうなのですけれど……」
皆で話し合った結果、セレスと正式に結婚するまでは公平を期すために順番を決めないことになったのだ。つまりは自由ということなんだが……。
『第一、王女さまが婚姻前にマズいのではないですか?』
「うっ……そ、それもそうなのですが……」
明らかにセレスの分が悪い。
『ふふ、ちょっと意地悪でしたね。まあ……私も鬼ではなく夢魔ですので、セレスティアに順番を譲ってあげるくらいして差し上げます。婚前交渉に関しては……私は部外者ですし興味も無いので漏らしたりはしませんし』
「あ、アリス……ありがとうございます!!」
感激したセレスがアリスを抱きしめる。
俺が言うことじゃないんだが――――本当に良かったな。
『さあどうぞ、始めてください』
「あ、あの……アリス?」
『なんでしょうかセレスティア?』
キョトンとした表情で首を傾げるアリス。
「なんでそこにいるのでしょうか……」
『お二人の営みをじっくりと観察するためですが?』
「…………は?」
ピシリ、と固まるセレス。
『どうしました? ああ、やり方がわからないのでしたら私が手本を見せましょうか? それとも手取り足取りお手伝いした方が――――』
「どっちも嫌ああああああああ!!!!!!」
『まったく……これだから箱入り王女さまは……王族は侍女に見守られながら初夜を迎えると聞いたことがありますが違うのですか?』
「ど、どこの国の王族ですかっ!! 私は先生と二人っきりが良いんです!!!」
キッとアリスを睨みつけるセレス。
『わかりました……そんなに視線が気になるというのでしたら姿を消せば良いのでしょう? まったく……世話が焼けますね』
渋りながらもアリスは姿を消した。
「セレス……」
「先生……」
今度こそセレスと――――
「ち、ちょっと待ってください」
「どうしたんだセレス?」
「……アリス?」
『何ですかセレスティア?』
「嫌ああああ!!! やっぱりいるんじゃないですかっ!!!」
『まあ……姿を消しているだけですから当然です』
悪びれた様子もないアリスにセレスが涙目になる。
「なあアリス、悪いんだがしばらく二人っきりにしてくれないか? セレスが可哀想だ」
「せ、先生……」
『……ファーガソンさまがそうおっしゃるのでしたらそうしますけれど――――どれだけ離れたところに居ても私には全部見えていますからあまり意味はないかと』
「嫌あああああ!!!」
絶望に震えるセレス。
なあ……アリス、正直なのは美徳だと思うが、人間気持ちの問題っていうのがあってだな……それは知らない方が幸せな奴だ。
『セレスティア、私は人間ではないのですから、そうですね……置物かぬいぐるみだと思って――――』
「思えませんよっ!!!」
『駄目ですか……それなら女神さまなんてどうです? それなら――――』
「そんな不敬なこと出来るわけないでしょう!!!」
アリスに人間の常識は通じないからな……。
「くっ……こうなればアリスの意識を刈り取ってでも……」
『ほう……? この私を相手にするつもりですか……面白い――――ですが、やめておきなさい、仮に私を倒したとしても……もうすぐ店長が来ます。時間はあまり残されていませんよ?』
「なっ……セリカさまが……」
膝から崩れ落ちるセレス。
『だからもう諦めて――――』
「――――諦めません!! たとえセリカさまが相手でも――――ここは譲れないんです!!」
瞳に強い意志の炎を宿して立ち上がるセレス。
『……そこまで覚悟を……わかりました……どうやら私の負けのようですね、目をつぶっておりますので、どうぞ!!』
「アリス……ありがとうございます!!」
セレス……声や音はばっちり聞こえてしまうのだが……それは良いのか!?
「先生……お待たせしました……」
まあ……セレスが良いのなら……別に良いか。
熱く揺れる彼女の瞳を見てしまえば――――些細なことなどどうでも良くなってしまう。
ガチャ
「お姉さま……どこにいらっしゃるのです? リュゼを一人にしないで……」
セレスの部屋と繋がる扉から顔を出したのは寝ぼけ眼のリュゼ。
「あ……お、起きたのね……リュゼ?」
「あ!! お姉さま、こんなところにいらっしゃった……あら?」
「うふふ、お姉さまとファーガソンに挟まれて寝るのが夢だったのです!!」
「そうでしたか、今夜は一緒に寝ましょうね」
「はは……たまにはこういうのも悪くないかもしれないな」
嬉しそうなリュゼを挟むようにベッドに横になる。
『……私もファーガソンさまの隣が良いのですが……』
『……アリスは反省する』
ちなみにアリスはセレスの隣だ。後からやってきたセリカは俺の隣でニコニコしているが……。
「先生……次こそは……きっと!!」
「ああ……そうだな……次こそは」
『セレスティア……次は私が結界をはってあげる』
「あ、ありがとうございます!! セリカさまっ!!」
セリカが結界を張ってくれればさすがのアリスもどうしようもないだろうが――――
『……私にはバッチリ見えちゃうし聞こえちゃうけど気にしないで』
「い、嫌あああああ!!!!」
セリカ……一言余計だぞ。




