第二百五十話 トライデントと水着の女神
「アリスターさん、短いような長いような……一緒に旅が出来て楽しかった」
「ファーガソン殿、こちらこそ楽しかったですよ。伝説の英雄と一緒に旅が出来たなんてそれこそ一生の自慢になりますし」
「ははは、伝説の英雄か、そんな立派なものではないが、その言葉はありがたく受け取らせてもらう。ところでこの後はどうするんだ?」
「父の容態があまり良くないらしいので一度本国へ戻るつもりです。実は今回の目的は父の病に効く薬を手に入れることだったのです。無事目的の品も手に入りましたし、当分はこちらに来られそうにないので機会があれば遊びに来てください、歓迎しますよ」
「わかった、ところでアリスターさんの母国はどこなんだ?」
訳ありだとは思っていたが、あまり詮索するのはよくないとそういった話は避けて来たからな。
「ご存じかどうかわかりませんが、トライデントです」
「おおっ!! あの海洋貿易の支配者、商業都市国家のトライデントか!! いつかぜひ訪ねさせてもらうよ」
その卓越した造船技術によって海上交通と貿易を一手に支配する別名『海洋帝国』あの帝国とは違い、中立の立場を宣言している平和的な国家だ。
「ご存じでしたか!! ファーガソン殿でしたらいつでも大歓迎です。アリスターといえばトライデントでそれなりに名が通っておりますので、ご訪問の際はお気軽にお声掛けください」
「うむ、そうさせてもらうよ」
本当に最後まで気持ちの良い人物だった。出来ればこれからも縁を繋ぎたいと思うほどに俺はこの人を信頼している。
「あ……実は一つファーガソン殿にお願いしたいことがあるのですが……」
「なんだ? 出来るかどうかはわからないが、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。実は現在妹が王都に滞在しておりまして……ファーガソン殿もこれから王都へ行くということですので、手紙を渡して欲しいのです。もちろん依頼料はしっかり払いますので」
比較的安全な王国内ですら手紙が届く確率は五割程度、それゆえ大事な用件は同じ内容で何通も別のルートで送るのが常識だ。手紙はそれほど嵩張らない割に成功報酬が良いので、駆け出しからベテラン冒険者まで人気のある依頼だったりする。
「なんだ、そんなことなら依頼料は必要ない。喜んで預からせてもらうよ」
アリスターさんには世話になったからな。そのくらいなんでもない。
「本当ですか!! 本当は私も王都へ向かう予定だったのですが……助かります。父のことは心配しないでしっかり役目を果たして欲しいと伝えていただければ――――」
「わかった、たしかに伝えると約束する」
「ではこちらがその手紙になります。妹の居場所はその手紙の裏に書いてありますので」
「ふーん……それでこの手紙を預かったと? へえ……そうなんですね……」
「ど、どうしたんだセレス? 何か問題があったか?」
ウルシュのリゾートエリアにある別邸、セレスの私室。
王都のことなら彼女が詳しいだろうと預かった手紙を見せたら急に不機嫌になった。
なぜだ……?
「はあ……本当に知らないんですね……」
深いため息をつくセレス。
「何の話だ?」
「あのですね、アリスターはトライデントの王族です。そしてこの手紙の宛先は王都の学院に留学中のトライデント第一王女であるアリエス=トライデントです」
な、なんだと……!?
「ということはまさか……」
「アリエスさまの兄ということでしたら、王太子のセイルズ=アリスターさまで間違いないでしょうね。まあ……今更断れないでしょうし……王国とトライデントの関係を考えればアリエスさまを娶るというのは悪い話ではないですけれど……」
「ちょ、ちょっと待てセレス、ただ手紙を渡すだけだぞ?」
「……本当に手紙を渡すだけで済むと本気で言ってます?」
セレスのジト目が深々と突き刺さる。
「……済まないだろうな」
「御自覚はあるようで何よりです」
ぷいっとそっぽを向いてしまうセレス。
「アリエスさま私と違っておしとやかで可愛いですし……」
「何を言っているんだ!! お前が一番おしとやかで可愛いに決まってるだろ!!」
「……本当ですか?」
「ああ、心からそう思ってるよセレス」
拗ねた顔も可愛いんだよな……セレスは。
「キス……してください、このモヤモヤした気持ちを消してください」
「わかった、全部忘れさせてやる」
「ふんふふ~ん、ねえ先生、今夜は海鮮パーティーにするので楽しみにしていてくださいね!! 腕の良い料理人と食材を集めさせましたので」
「それは楽しみだ!! セレスありがとな」
すっかり機嫌を直してくれたようで一安心だ。
「ところで……もしかしてセレスもその……ミズギを着るのか?」
明日は皆で海水浴する予定になっている。その準備のため皆はフランドル商会で水着選びをしに行っているらしいが……。
「ふふ……気になりますか? 私の水着姿……」
「それは……気になるさ。実は想像してしまって寝つきが悪いくらいなんだ」
「ふえっ!? な、ななな、何を言っているんですか先生っ!? そ、そんなに……?」
満更でもなさそうなのは微笑ましいが……ちょっとにやけ過ぎだぞセレス。
だが……普段肌の露出がほとんどないセレスの肢体がさらけ出されると思うとどうしても期待してしまう。
「良かったら……今からお見せしましょうか?」
「良いのかっ!?」
しまった……思わず食い気味になってしまった。
「も、もうっ……そんなに見たいのですね……仕方のない先生です……内緒……ですからね?」
赤い顔で、着替えてきますと奥の部屋へ消えるセレス。
ごくり……ここは彼女の私室、二人きりで水着姿を見せられて……俺は耐えられるだろうか?
いや、耐えられるかではない、耐えなければならないのだ。しまったな……フレイヤに精神強化の魔法をかけてもらっておくべきだったかもしれない。
「先生……お待たせしました」
女神だ――――女神がいる。
どんな格好をしていても可愛さが上限を突破しているセレスだが――――これはヤバい……俺だからなんとか耐えられているが、直視すれば死人が出るレベルだ。まさに災害級の可愛さ――――目が離せない――――瞬きすら惜しい。
「せ、先生? ど、どう……ですか? ちょ、ちょっと大胆過ぎましたか?」
はっ!? しまった……凝視しすぎてしまった……!!
「最高だセレス、ずっとこうして眺めていたいくらいに……な」
何とか言葉を絞り出す。理性を保つためにあらゆる集中力を総動員しているため他のことが出来なくなっている。
「へっ!? ほ、本当ですか……嬉しい……です!! あ、あの……良かったら――――少しぐらいなら触っても……良いですよ?」
うおおおおおおおおおお!!!? そ、それはミズギを触っても良いという意味だよな!? 落ち着けファーガソン、落ち着くんだ!!




