第二百四十九話 港湾都市ウルシュ到着
「はああっ!? おやすみなさいのキスっ!?」
「ちょっとファーガソンさま、どういうことですか!!」
「セレスティアさまだけズルいです……」
「ふーん……へえ……そうなんだ……」
「差別反対~!!」
「あ……ご、ごめんなさい先生……我慢出来なくて……つい……」
よく見れば目の下に隈が出来ている。相当な激務をこなして疲労もピークなのだろう。彼女のことを考えれば責めることなど出来ない。
「せ、セレスはほら、王女という立場だから色々と我慢させてしまっているし……な?」
「ふーん……じゃあ私も今夜からしようかな?」
チハヤがそうつぶやくと――――
「わ、私も我慢してますよ?」
「そ、そうですよ!! 私も頑張っているのですからご褒美いただけますよね?」
ファティアとリリアも声を上げる。ま、まあ……たしかにそうだな……言われてみれば我慢させているのはセレスだけじゃない。
「それならば私も当然権利があるわよね?」
「うむ、私も権利ある」
リュゼとフレイヤがさも当然というようにおやすみなさいのキスを要求してくる。
「えへへ……良かったね、ファーガソンさまがおやすみなさいのキスをしてくれるって」
「うん、これから毎晩楽しみだよ」
マギカとマキシムはもう既定路線として話を進めている。もはや……回避不可能……だな。
「シルヴィア」
「わかっております。スケジュール管理と調整はお任せください」
「苦労かけるな」
「いえ、メイドの仕事ですから当然です」
なんだかどんどんやるべきことが増えてゆくな……。
まあ……全然嫌じゃないんだけどな。
「予定ではもうすぐ見えてくるはずだけど……」
フレイヤは先ほどから居ても立ってもいられないようで、シシリーの背の上で背伸びして前方を見つめている。
「もう少し行ったところに休憩地点があって、そこからウルシュの街が一望できるらしいぞ」
「おおっ!! ということは、海も見えるということですよね!!」
「おそらくはな」
セリーナも珍しいほど興奮していて微笑ましい。
道中はいたって順調で、予定通りにウルシュに到着できそうだ。
途中、魔物や盗賊に襲われたりしたが、俺が出る幕も無く瞬殺されて終わってしまった……。
たぶんだが、たとえ魔王が襲ってきても撃退できるんじゃないかと思ってしまう。
「おおっ!! 見えたぞ、あれがウルシュ――――そして海だ」
山道が続く中、岩肌がむき出しになっている休憩地点からは麓の景色が遠くまで良く見える。
眼下に広がっているのは――――ウルシュの街並み――――建物の多くは真っ白な壁でブルーの屋根が良く合っている。そして――――内陸ではほぼ見ることのできない巨大な船が何隻も積み荷を降ろしていて、沖には順番待ちの船が停泊し列をなしているのがここからでも確認できる。
「うわあ……これが……海……大きいな……」
「本当に綺麗ですね……キラキラ輝いて……本当に碧いです!!」
フレイヤとセリーナは感動に打ち震えているようだ。たしかに綺麗だな……色々な場所で海を見て来たが、ここの海は本当に碧く穏やかで美しい……街の景色とも相まって懐かしいような感覚と同時に異国情緒も強く感じられる。
「うわあ!! 海だあああ!!! ウルシュ、めっちゃ素敵じゃん!!」
「着いたあああ!!!」
チハヤたちも馬車から飛び出してくる。
思えばこの護衛依頼を受けた時から全てがパズルのように組みあがっていったような気がする。
正確にはチハヤと出会った時からだろう。
すべては運命の女神トレースの掌の上だったのかもしれない。
人の身で出来ることは、運命を受け入れること――――そして抗おうとすることだけだと思っていたが――――もしかしたらどちらも違うのかもしれないな……。
「どうしたのファーギー? そろそろ出発の時間だよ?」
「あ、ああ……もうそんな時間か」
「ふーん……珍しいね、そんな顔もするんだ」
「そうか? いつもこんな顔だぞ」
「え~? いつもはもっとこう……鼻の下を伸ばして――――」
「え……!? 俺ってそんな風だったか!?」
地味にショックだ……自業自得な部分はあるが。
「あはは、冗談だって、本当は半分くらいだよ」
「半分……それ、慰めになってないからな?」
「別に良いじゃん、別に悪いなんて一言も言ってないし」
相変わらずチハヤの考えていることはよくわからない。
「それよりも到着してギルドに報告するまでが依頼だよ? しっかり集中しないと!!」
「チハヤ……それ俺の台詞なんだが!? でも……そうだな……ありがとうなチハヤ」
「うん、どういたしまして」
今後のことを考えると、今回の依頼が冒険者としての最後の依頼になるかもしれない。
高難易度の討伐系依頼は受けるかもしれないが、今回のような護衛系の依頼を受けて旅を楽しむというのは間違いなく難しくなるだろう。
「チハヤ」
「うん? なあにファーギー」
「お前に出会えて良かった」
ずっと伝えたかった言葉。ようやく伝えることが出来た。
「ふーん……ねえファーギー私からも一言良いかな?」
「お、おう……な、なんだ?」
「……お腹空いたから早く行こう!! 海鮮料理めっちゃ食べたい!!」
くるりと踵を返して馬車へと走ってゆくチハヤ。
「私もね――――ファーギーと出会えて良かったよ」
最後に振り返って微笑む姿に見惚れてしまう。
「海鮮料理か――――うむ、俺も楽しみだ」
内陸ではまず楽しむことが出来ないからな。今から食べまわるのが待ちきれない。
「ここがウルシュか……すごい賑わいだな」
最後の休憩地点を出発して三時間ほどで目的地であるウルシュに到着した。
ウルシュは王国最大の港湾都市であると同時に、大陸全土で見ても最大級の規模を誇る。ひっきりなしに行き交う隊商の列、海上流通の拠点として整備された石畳の壮大さは王都と並んで実に壮観そのものだ。
無数の漁村に囲まれた都市部は大きく分けて船舶が停泊、接岸する商業エリアと休暇を楽しむリゾートエリアに分かれており、今回俺たちが滞在するのは、王女であり、このウルシュの領主でもあるセレスの別邸だ。セレスは毎年ここウルシュで休暇を過ごしていたらしいが、ここしばらくは国際情勢が緊迫していたせいで訪れるのは数年ぶりだと聞いている。
もちろん領主と言っても実際に実務を行い治めているのは領主代行である代官なのだが、この都市の発展ぶりを見れば有能な人物であることに疑いの余地はない。その人物を任命し、指示しているセレスが有能であるのは言わずもがな……だがな。




