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最強冒険者のグルメ旅 ~据え膳も残さずいただきます~  作者: ひだまりのねこ


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第二百四十五話 金根果


「ただいま、カグラ」

「お帰りなさいませ、ファーガソンさま。御勤めご苦労さまでした」


 穏やかでにこやかな笑顔のカグラに出迎えられる。

 

 それは良いのだが……四神獣との子づくりを御勤めと言われるのは少し気恥ずかしい。


「お疲れでしょうからそちらでゆっくりとお寛ぎくださいませ、お飲み物用意しますね」

「悪いな」


 彼女が纏っていた悲壮感のようなものはもはや完全に消え去っていて、本来のカグラが持っている輝きが前面に現れている。その高貴で圧倒的なオーラはまさしく皇女のそれだ。 



「お待たせしました、疲労回復に良く効く特製ジュースです」


 カグラが運んできたのは、黄金色に輝く透明の液体。そして鼻腔をくすぐる爽やかな甘い香り……


「もしかして金根果のジュースか?」


 詳しくは知らないが、前世では何度か飲んだことがある。記憶を取り戻したことは嬉しい反面、一気に知らないことが減ってしまったのはちょっと損した気分になってしまう。新鮮な驚きや体験というのがいかにありがたいものなのか、今更実感している。


「はい、さすが英雄ファーガソンさま。よくご存じですね。大陸でも帝国の一部にしか自生していないリフレニアという植物の根を絞ってジュースにしたものです。」

「リフレニア……? 帝国ではそう呼んでいるのか?」

「はい、金根果というのはとても古い呼び名ですので、一部の知識層や専門家でないと伝わらないかもしれません」


 なるほど、俺の前世知識は千年くらい前のものだからな……当時と今とではまるで違う。この辺りで当時から変わらず継承されている国は王国とミスリールくらいのものだ。あまり参考にならないと考えた方が良いだろう。


「さっそくいただくよカグラ」

「はい、どうぞ召し上がってください」


 美味い……!! 口に含んだ瞬間、さわやかな風が吹き抜けるような感覚に包まれる。その香りだけで疲れが癒されてゆくのはきっと錯覚ではないはず。


「……こんなに甘かったかな? もっと苦みが強かった記憶があるんだが」


 くどい甘さではなく、わずかな苦みがその甘さを引き立て飽きさせることがない。


「ええ、本来とても苦みが強いのですけれど、夜明け前に収穫すると爽やかな甘みが強くてとても美味しいのです。手間はかかりますが、その分効果は保証いたしますわ」

「なるほどね、ところで搾った後の金根果はどうするんだ?」

「乾燥させてドライフルーツなどの保存食にします。乾燥させることで栄養価や効果が増しますので、軍用食にも採用されているのですよ」


 当たり前のことだが、国が変われば食文化も変わる。帝国は比較的新しい国で前世の時には存在していなかった。いつか帝国の食巡りもしてみたいものだな。もちろんその時は――――カグラも連れて。



「ファーガソンさま、私……皇帝になろうと思います」


 カグラの碧眼に強い意志の炎が揺れている。


「……そうか。決めたのならば全力でサポートするが、俺たちに気を遣っているならば無理することはないのだぞ?」

「いいえ、今私が立たなければ……帝国は終わりのない崩壊へと突き進むことになるでしょう。皇帝の座や皇家の血筋に興味も未練もありませんが、そうなって苦しむのは国民たち、とくに立場の弱い人々なのです。以前の私は扱いに困る厄介なお荷物でしかありませんでした。誰の役にも立たない……害悪でしかなかった――――」

「カグラ……」


「ですが、今の私には出来ることがあります。生きていて良いんだって心から思えるようになったのは――――貴方のおかげなのですよ――――ファーガソンさま」


「カグラは強いな」


 ――――逃げてばかりだった俺とは大違いだ。


「いいえ……正直に言えば不安しかありません。だから――――私をしっかりと――――支えてくださいね――――これからもずっと――――」


 彼女の細い身体をそっと抱きしめる。こんな小さな両肩に背負わせたりしない、決してさせない。


「ああ、任せておけカグラ、それでな、実は四神獣の皆から一人ずつ、四人の眷属をお前の護衛として来てもらっているんだ」

「ええっ!? し、四神獣さまの眷属って……本当に良いのでしょうか?」

「良いんじゃないか、強さは文句なしだし、暇つぶしに丁度いいって張り切っていたからな」

「……そういうものなのでしょうか」

「ああ、そういうものだ」


 実は全員前世の俺と四神獣の子どもなんだが……カグラには黙っておこう……。



「ところで……あの……疲れはいかがでしょうか?」

「ああ、おかげで完全に疲れが抜けた、ありがとうカグラ」


「そ、そう……ですか……」


 カグラの顔が紅い。視線が落ち着かずにあちこち彷徨っている。


「カグラ……ミスリールへ向かう前に……良いかな?」

「ふぁっ!? は、はい……大丈夫……です」


 顔だけではなく、全身が真っ赤に染まる。


「新しい皇帝陛下は可愛いな」

「か、揶揄わないでください!!」

「揶揄ってなんかいない、本心だよ」


「……ば、馬鹿……」





「はあ……ファーガソンさま……愛しております」

「俺も愛してるぞカグラ」


 いつまでもこうしていたいところだが――――やらなければならないことが山積している。カグラはこれから帝国で支援者を集めて基盤づくりに取り掛からなければならない。危険なことをさせるつもりはないが、本人がいなければ始まらないことも多い、残念だが状況は一刻たりとも待ってはくれないのだ。


「これからしばらくは忙しくなるな」

「はい、ですが……ファーガソンさまに比べれば何ということもありません」

「俺か? 俺は気ままな冒険者だぞ、これからも旅を続けて――――」


「ふふふ、現実逃避されたい気持ちはわかりますが――――」

「うっ……」


 そうなんだよな……皆を守りたい、幸せにしたい。だが……俺の身体は一つしかない。


「大丈夫ですよ、シルヴィアさまが分刻みのファーガソンスケジュールを管理してくださるそうなので」


 ま、まあ……あの有能なシルヴィアなら完璧にやってくれるとは思うが……分刻み……か。



 寿命……削られない……よな?

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