第ヌ百三十二話 届かぬ想い
「ねえライアン……なぜわざわざ私がここまで来たと思いますか?」
「……想像もつきませんな」
「代々この地を治めてきた辺境伯家に対する敬意です。貴方の御父上は素晴らしい武人で王国を守る最後の砦でありました。ライアン……貴方は誰よりもそのことを知っているはずです。そして――――貴方も為政者であればわかるはずです、兵士一人一人にも家族がいて……守るべき大切な人がいる。生まれ育ち馴れ親しんだ故郷がある。貴方はこの地に暮らす人々の人生に対する責任がある、思い留まってはいただけませんか?」
セレスティアは本気で語りかける。それは――――この国の王族として――――この国を愛する一人の人間としての心からの想い、願いであった。すでに手遅れかもしれない、だが彼女は決して諦めない。なぜならライアンとて守るべき王国の民であり臣であるのだから。
しかし――――
「ご高説ありがとうございます。ですが……甘い、実に甘すぎる。人間は綺麗ごとだけで生きているわけではないのです。為政者とは――――人々が持っている欲望を満たし、野心を最大化し、発展させることに他ならない」
「そのために血を流すことになっても――――ですか?」
「当然です。この世界は弱肉強食、しかし……殿下はあの老いぼれと本当に良く似ておりますな、何度同じようなことを言われたことか……あまりうるさいのでこの世から退場してもらいましたが」
くく、と思い出し笑いするライアンにセレスティアは鋭い視線をぶつける。
「……貴方が殺したのですか?」
「まあ……今更隠すことでも無いですな。その通りです。ちなみに本来の後継者であった兄も私が始末したのですよ、クハハハ!!」
もはや本音を隠すつもりは無いのだろう。ライアンがセレスティアに向ける表情は先ほどまでとは別人のように豹変している。
震えるセレスティアの胸中はいかばかりか、怒りなのか哀しみなのか? ずっと黙っていたファーガソンだったが、その胸中を察して口を開いた。
「ライアン、色々思うところはあるが――――それでもあえて言わせてもらう、フレイガルドで反乱が起きて帝国軍は壊滅状態だ。増援は来ないぞ。だから降伏しろ、同じ王国の民同士が殺し合いすることなどあってはならない。俺たちが戦えば帝国に利するだけだとなぜわからない? 悲劇を止めることが出来るのはお前しかいないんだぞ」
ファーガソンもわかってはいる。言葉は届かないだろう。だが――――それでもセレスティアの想いを無駄にはしたくなかった。だからわざわざこうして直接話し合いに来たのだから。
「フレイガルドで反乱? なるほど、お前たちの強気の理由はそれか。それが本当ならばたしかに誤算ではあるが……あくまで一時的なものだ。冬が終われば本国からの増援が来る。結果はなにも変わらぬ。それよりファーガソン、人の心配をしている場合か? まあ知らぬ仲ではないし、貴様の能力は高く買っている。悪いことは言わん、大人しくセレスティアを差し出せ、そうすれば依頼報酬もちゃんと倍額補填してやる――――それともまさか雇い主のために死ぬつもりではあるまい?」
ここぞとばかりに畳み掛けるライアン。ファーガソンはあくまで冒険者として雇われただけに過ぎない。であれば交渉次第では味方とはいえないまでも中立――――手を出さない状態に持っていければ御の字だ。
「そうか……安心したよ。内心思っていたんだ、お前に降伏されたらどうしようかと」
低く重い声を発するファーガソン。
「……なんだと?」
「俺はな……ライアン、絶対にお前を許さないと決めていたんだ。リュゼを殺そうとしたお前はこの手で葬り去る」
すらりと剣を抜くファーガソン。
「リュゼ? ふん……なるほど、あの小娘どうやってグリフォンから助かったのかと不思議に思っていたが……お前が助けたのか。だが安心しろ、お前が助けたリュゼノワールは今度こそ確実に殺す。この私に恥をかかせたのだ、想像出来得る限り最高に残虐で悪趣味な方法で苦しませて……な、ククク……」
ごうっ――――
セレスティア全身から白色のオーラがあふれ出る。彼女が抑えていなければその瞬間、周囲の人間は消し飛んでいただろう。
「先生……ごめんなさい……この外道は……私の手で――――」
「わかった……このクズはお前に任せる」
ファーガソンは怒りに震えるセレスティアの肩に優しく手を置く。
「ふん、黙って聞いていれば――――ふふ、ところでセレスティア殿下、お身体の具合が悪そうですが?」
「……何をしたのですか?」
「クク、今貴女の魔力は空っぽです。魔法も使えませんよ? 身体も鉛のように重いだろう?」
「これは……魔消石か?」
「ほう……? 魔消石を知っているとはさすが白銀級ということか。だがそれならばわかるだろう? お前たちに万が一にも勝ち目は――――ないのだと!! やれっ!!! セレスティアは生かして捕らえよ!! 男は抵抗するなら殺しても構わん!!」
ライアンの合図で控えていた兵士たちが一斉に動き出す。
「――――え?」
しかし、次の瞬間――――セレスティアの剣は正確にライアンの心臓を貫いていた。
「が……がはっ!? な、なんで……」
血を吐いて崩れ落ちるライアン。
「私はね……幼少時より魔力を封じた状態で鍛錬をしてきたのですよ? 残念でしたね」
剣を引き抜くと素早く血を拭うセレスティア。
さらに言えば、セレスティアの覚醒したライオニックオーラに魔消石は効かない。
「お前たちの主はこのセレスティアが討ち取った!!! 王国王女として命ずる、これ以上抵抗するならば逆賊として財産没収のうえ極刑に処す。大人しく従うならばライアンの命に従ったというだけで今回は大目に見ても構わない」
その言葉に兵士たちの動きが鈍る。明らかに迷いが生じているのだ。
「騙されるな!! 国家反逆罪は加担しただけで死罪だ。相手は魔法が使えないのだ、距離を取って疲労させれば我らの勝利は揺るがない。ベルヘム、一気に行くぞ」
「ハッ、者ども怯むな、いかな強者と言えども人間だ。数で押しつぶすのだ」
辺境伯の長子レイノルズと騎士団長ベルへムが大声で叱咤する。
「全員動くな!!!!!」
ファーガソンが吠えた――――びりびりと空気が震える。その圧倒的な迫力にビクリ、兵士たちの動きが止まる。
「セレスティア殿下は同じ王国民同士での殺し合いを望んでいない。そこでだ、レイノルズ含めた五人の息子どもと騎士団長のベルへム、六人対俺一人で勝負しないか? もし俺に一撃でも当てることが出来たらお前たちの勝ちということでセレスティア殿下の護衛からは手を引くと約束しよう。だが、俺が勝ったら降伏しろ、どうだ悪くない話だと思うが?」
思わぬファーガソンの提案にレイノルズたちはニヤリと笑う。
たしかに悪い話ではない。
騎士団長のベルヘムは辺境伯軍最強の武人で、息子たちも一騎当千の戦士だ。一騎打ちならともかく、六対一なら負けるとは思えない。しかも――――王国最強と名高いファーガソンを倒せばその名声は大陸中に鳴り響くことになるだろう。大将であるライアンを失った今、今後のことを考えれば兵士の消耗は最小限に抑えておきたいのも事実である。
「ふふん、わかったその条件で受けてやる。ちなみに勝負の最中の事故で殺してしまうのは?」
「それは仕方ないな、事故なんだから」
レイノルズの言葉にファーガソンは肩をすくめてみせる。
「だが……それはお互い様だってことを忘れるなよ?」




