第二百三十一話 予期せぬ訪問者
ヒューイは普段冒険者をしており、ファーガソンとは何度か一緒に依頼を受ける仲であった。実家とはまったくそりが合わない彼にとっては自由気ままな冒険者は性に合っていたのだ。
その縁で以前ファーガソンに辺境伯からの依頼を手伝ってもらったことがあったが、結果的に嫌な思いをさせてしまうことになりヒューイはそのことを後悔していたし、大きな負い目を感じていた。その件を抜きにしても冒険者として返せないほどの恩を受けていたのだ。
本当ならファーガソンが辺境伯領を去る時に一緒について行くつもりだったが、許嫁との婚姻や内紛、領内で発生した暴動などの対応に追われて身動きが取れなくなってしまった。そうしている間に今度は父であるライアンが王国に反旗を翻すというとんでもない状況となり、領内どころか領都から出ることすら出来なくなって現在に至っている。
とはいえ、あまり派手に動き回ることは出来なかったが、それでも内部の情報を可能な限りファーガソンには定期的に伝えていたのだ。ファーガソンは各地に情報源を持っているが、ヒューイもまた信頼できる協力者であった。
「それにしても――――戦いには出ないで大人しくしてろ、か。相変わらず面白いことを言うねキミは」
何をするつもりか想像もつかないが――――ファーガソンの強さを肌身で知っているヒューイとしては不安よりも興味の方が強い。
「どうなるかは――――運命の女神トレースのみぞ知るだね。さて、僕は愛する妻にでも会いに行くとしようかな」
「ら、ライアン閣下!! た、大変です!!!」
今まさに出陣しようとしたタイミングで作戦司令部に飛び込んでくる騎士。
「なんだ騒がしい、報告しろ」
「は、ははっ!! それが……来客です」
「……来客だと? 状況を考えろ追い返せ」
「それが……セレスティア殿下が閣下にお会いしたいと……」
「なっ!? なんだと?」
さしものライアンも大きな声を上げる。無理もない、セレスティアは北部戦線に参加していたはず。いつの間にこちらに向かったというのか? まさか――――反乱を起こすタイミングが事前にバレていた?
ライアンは素早く考えを巡らせるが――――ニンマリと笑う。
考えてみれば状況は悪くないどころか最高だ。王国軍との戦いで一番懸念していたのは、国内最高戦力の一人であるセレスティアだ。しかも生かして捕らえなければならない以上、相当な被害を覚悟しなければならないところであったが……。
だが――――ここに来てくれたのならば好都合だ。
「至急魔消石を用意しろ、準備が整うまで殿下を丁重におもてなしするように」
フレイガルド侵攻の際、帝国から極秘裏に提供された希少な魔消石。
一定範囲内の魔力を消し去るという効果を持っているが、魔力を持つ者が少ない辺境伯領ではせいぜい魔物を弱らせるくらいしか使い道が無かった。
だが――――セレスティアは国内随一の魔力を持っており、魔力を消すことが出来れば相当程度弱体化させることが出来る。
弱体化したセレスティアならば捕らえることは難しくない。そのための兵力はここには十分過ぎるほど揃っているのだから。
「これはこれはセレスティア殿下、遠路はるばるようこそ辺境伯領までご足労くださいました。最後にお会いしたのは一昨年の晩餐会でしたか?」
努めてにこやかに話しつつも、ライアンは内心苦虫を嚙み潰していた。
その視線はセレスティアに寄り添うように立っている護衛の男へと向けられる。
『まさか……ファーガソンが一緒だとは誤算だった』
考えてみればセレスティアにとって敵地に等しい場所に乗り込んで来たのだ。最大限の警戒をしているのは当然。だがまさか国内最強と名高い白銀級冒険者を護衛にしているとまでは考えていなかった。
その強さはかつて依頼をしたことがあるライアンも良く知っている。
『チッ……こういう時にアイスハートが居ないのは痛いな……レイノルズも強いが役者が違う』
とはいえ――――誤算ではあるものの結果は変わらない。
いかにファーガソンが強くとも、生身の人間である以上セレスティアを守りながら圧倒的な数を相手にいつまでも戦えるものではない。
依頼者であるセレスティアを確保した時点で勝負はつくだろうとライアンは頭の中で整理する。多少被害は増えるかもしれないが、ここでセレスティアを確保出来るならば惜しくはないと考える。ファーガソンについては始末できればそれにこしたことはないが、今のところあえて敵対する理由もない。むしろ今後のことを考えれば手厚く報酬を与えて味方の駒として取り込むのも悪くない選択肢だろうと計算する。
「久しいですねライアン。今日は貴殿にお話があってまいりました」
セレスティアが髪をなびかせただけで、その凛とした美しさに周囲の人間は皆圧倒される。密かに懸想していた相手に、ライアンも内心ごくりと息を飲む。
「お話ですか? それは……一体どのような?」
「ふふ、とぼけなくてよろしいのですよ? 単刀直入に伝えますが――――今すぐ武装解除して降伏しなさい。そうすれば貴方方の命だけは保証しましょう。当然辺境伯には王都にて裁判を受けていただきますが」
ほとんど表情を変えることなく微笑みすら浮かべながら淡々と語るセレスティア。
「ふ……ふ、フハハハハハ!!!」
「……私、何かおかしいことを言いましたか?」
突然大声で笑い始めたライアンを見て首を傾げるセレスティア。
「何を仰るのかと思えば……答えは否です」
「それは……死にたいということですか? あまり賢明な判断とは思えませんけれど……?」
ライアンの拒絶を受けてもセレスティアに動じる様子は微塵もない。むしろ少し楽しそうな雰囲気すら漂わせている。
「クク、貴女の強さは知っている……それにファーガソンもいることだ。強気になる気持ちはわからぬではないが……それゆえに敵を侮ってしまったことを後悔することになるぞセレスティア殿下――――いや、セレスティア!!」
勝利を確信したライアンは、黒い笑みを貼り付けながら密かに魔消石の起動を命じるのであった。




