第二百二十八話 炊き出し
フレイガルドは、内陸国ということもあり冬は寒く乾燥する。
以前は街全体を覆う結界が機能しており、人々を寒さから守ってくれていたが、帝国に占領されて以降結界は破壊され、数々の魔法を駆使したインフラは見る影もない。
代わりに店頭に並んでいるのは帝国製の製品だが、一部の富裕層にしか手が出ない上に性能も価格に見合ったものではない。また、結界が破壊されたことにより、農作物の生産を支えていた水道や灌漑設備も機能しなくなり、都市部へ供給される食料品が不足し高騰し続けている。
フレイガルドという国は、高度な魔法によって支えられていた国家なのだ。魔法を排除し魔法使いをこの世界から抹殺することを国是として掲げる帝国とはまさに水と油。人々の生活は困窮し、このまま本格的な冬を迎えれば多数の餓死者を出すことは明らかであった。
「まだまだ沢山ありますから順番に並んでくださいね!!」
凍てつくような寒さの中、街中にたくさんの湯気が立ち昇り美味しそうな香りが広がる。人々が持参した器には、熱々のガレッタがたっぷりと盛られる。
ガレッタはここフレイガルドの国民食で、練ったギル粉を適当な大きさにちぎって、様々な野菜と一緒に煮込んだシンプルな料理だ。やはり食べ慣れたものが良いだろうとファティアがフレイヤに聞いて用意したのだ。
「ファティア、反乱軍のアルカスさんから応援の人員が来たけどどうする?」
ファティアと共に炊き出しを行なっているリリアは、目が回りそうなほどの状況でも持ち前の器用さで見事にさばいている。
「料理を作る方は足りてるから配膳の方へ回ってもらってください。あと器が足りなくなりそうなので出来れば補充お願いします」
「了解任せて」
最初は半信半疑だった街の人々も、今では長蛇の列をなしている。
寒空の下で待たせるのは申し訳ないと炊き出しの周囲一キロ四方には簡易的な結界が展開され寒さが凌げるようになっているのだ。
「お疲れ様です、セリカさん、アリスさん、シルヴィアさん、少し手が空いたので私も手伝いますね」
炊き出しの料理は、主にセリカとアリス、そしてシルヴィアが担当している。その超人的な能力はファティアが呆れるほどで、数千人分の食事を提供することが出来るのだ。
『……それじゃあ私は追加の食材を持ってくるから少しお願い』
セリカは食材を取りに異空間へ消えた。
『たまにはこういうのも楽しいものですねファティアさま』
「わかります。喜んでもらえるから楽しいですよね!!」
普段は滅多に客の来ないレストランで働いているアリスにとって、炊き出しはとても刺激的に感じられるようで、いつになく張り切って料理を作り続けている。
「ファーガソンさまのパーティには料理が作れる人材が足りないのではないですか? やはり今後は私も同行する必要がありそうですね……」
「あはは……一応私がいるから大丈夫……ですけどシルヴィアさんがいたら心強いとは思います」
「私は料理人ではなくあくまでメイド。全力でファティアさまのサポートをさせていただく所存ですのでご安心ください」
「ちょっと待ちなさいよ!! メイドは私がいるんですけど!!」
「……リリアさま、常識的に考えて、あれだけの皆さまにメイドが一人しかいないというのは大いに問題ではありませんか?」
「た、たしかに……」
いかにリリアが優秀であっても身体は一つしかない。
「最低でも十人は欲しいところですが……私は一人で十人分はこなせますのでその点はご安心を」
「さすが王宮特級メイドは違うわね……じゃあファーガソンさまは私が担当するから、後のみんなはシルヴィアに任せるわね?」
「……私がファーガソンさまをお世話いたします」
「はああああ!? 駄目よ!! ファーガソンさまの着替えた後の服の匂いに包まれて眠るのが私の癒しタイムなんだから!!」
「リリア……貴女何をやっているんですか……」
ファティアが呆れたようにため息をつく。
「なっ!? そんな羨ましいことを……わかりました。私もご一緒させていただきます」
「え? シルヴィアと一緒に寝るの? そ、それは……いいかもしれない……ぐふふ。わかったわ、ファーガソンさまは二人で担当すれば解決ね」
「よろしくお願いいたします、先輩」
「ふふふ、苦しゅうない、なんでも聞いてね?」
シルヴィアの方がはるかに先輩ではあるが、ファーガソンの担当メイドとしてはリリアが先輩ということなのだろう。すっかりご機嫌になったリリアはシルヴィアの掌で完全に転がされている。
「そういえば物資の補給の件なんだけど……正直かなり厳しいかもしれない。この国にはフランドル商会の支店が無いし、王国から送るしかないんだけど国境が封鎖されていて通行出来ないのよ」
「国境が封鎖されているの?」
「王国からフレイガルドに行くには辺境伯領を通過する必要があるのよ……」
「ああ……そういうことでしたか……」
辺境伯には独立した強い権限が与えられている。
表向きは帝国がフレイガルドに侵攻したことを受けて王国民を守るため、ということだが、実際は帝国の情報が漏れることを防ぎ堂々と検閲をする口実に過ぎないのだと囁かれている。
『……私が手伝ってあげるよ?』
「せ、セリカさん!? それは……とても助かるんですが、今はともかくいつまでも頼るわけにはいきませんし……」
『……それもそうだね。それじゃあ辺境伯領をくしゃみで消し去るのは?』
「セリカさん……辺境伯はともかく、領民まで死んじゃいますからっ!?」
『……冗談だよ? ふふ、リリアは面白いね』
どこまでもマイペースなセリカにリリアはどっと疲れを感じる。
「セレスティアさんに頼んでみたら?」
「うーん、たぶん無駄だと思う。辺境伯に命令できるのは国王陛下だけだし、仮に命令してもらえたとしても、なんだかんだ理由を付けて言う事聞かないと思うんだよね、あの辺境伯なら」
「そっか……なんかもう完全に敵ですよね……あの方」
そもそもの話、辺境伯派は国王派と対立しており、最近は国家転覆を狙っていることを隠そうともしなくなっている。今更国王の命に従う可能性は低い。
『辺境伯領の件でしたら、ファーガソンさまとセレスティアさまが動くような話をしておりましたが……』
「本当なのアリス?」
『はい、今頃はシグルドさまと会談中だと思います』
「なるほどね、たしかにフレイガルドが今後独立を維持するためには、王国との協力関係が必要不可欠になる。ただ……そうなると双方にとって厄介なのが辺境伯領の存在……まあ、良い機会かもしれないわね――――叩き潰すための、だけど」
「リリア……とても悪い顔してますよ?」
「酷いわファティア!! こんなに可愛いいたいけなメイドをつかまえて!!」
『ほら……遊んでないで料理作る』
セリカは異空間から山のように食材の雨を降らせる。
「い、痛いっ!? ご、ごめんなさい、すぐに!!」
「わわっ!? 貴重な食材がこんなに……!!」
慌てて調理を再開するファティアたちであった。




