第二百二十五話 決着と再会と
――――が、クレイヴが地面に激突する直前、飛来した竜がその身を受け止める。
「……ドラコ……何のつもり?」
『ママならたぶん福音を消すことが出来るよ』
「……そうか、そういえば不死の福音も消していたな」
「あ”……あ”……う”ぁ……」
「気が変わった。貴様は殺さない。福音を奪ったら治療してやる」
言葉だけを捉えれば救いの言葉に聞こえたかもしれないが――――その表情を見れば――――そのまま死んだ方が良かったと思ったであろう。
それほど少女――――リエンの表情は暗く冷え切っていた。
「……終わったのかリエン?」
「……とりあえずだね。ありがとうファーガソン、私にやらせてくれて」
「気にするな、それよりも、この大軍が合流されると厄介だぞ」
大将を失ったとはいえ、まだ数万の軍勢が残っている。
「そうだね……大規模魔法で殲滅したいけど……フレイガルドの街や人々に被害が出てしまう」
当然だが街中で大規模魔法は使えない。
「私たちが結界を張ってあげるから思い切りやっちゃいなよリエン」
「エレンディアさま……それに皆も」
エレン、アルディナ、フィーネ、ティア、シルヴィアのエルフチーム――――そして
『微力ながら私も協力しましょう』
『私は応援だけするね』
アリスとセリカもリエンに微笑みかける。
「ファーガソン……」
「ここはお前の国だ。ならば――――お前の手で取り戻すんだリエン――――いや、フレイヤ」
「わかった――――フレイガルドは――――この手で取り戻す」
リエンからこれまで感じたことのないほどの迫力を感じる。
そうか――――一撃で終わらせるつもりなんだな。
『フレイヤの名のもとに命ず 燃え盛れ熱き炎よ 星よ燃え盛れ、天高く舞い踊る華々しき輝きとなって 善悪を司る女神セレスティアの元へ届け 我は願う 全てを奪い去り 全てを焼き尽くす正義の審判 聖なる力に導かれし究極の炎よ 邪悪なるモノを灰燼に帰せ そして塵一つ残さず爆ぜよ――――』
無詠唱で魔法が使えるフレイヤがあえて詠唱を必要とするという事実。
それこそが、この魔法のレベルと威力を物語っている。
俺は一度だけこの魔法を見たことがある。
あのレイダースとの戦いで使ったフレイヤ最大の魔法……
『インフェルノジャッジメント』
空が割れて天から無数の炎の天使が舞い降りてくる。逃げ場などどこにもない。
この魔法に焼かれるものは、時間の感覚が無くなり、永遠ともいえる時間をかけて細胞レベルまで焼き尽くされる。その苦しみは、それまで犯した罪の重さに比例すると言われている。
もしあの日、フレイヤがこの魔法を帝国軍相手に使っていたら――――違う展開もあったかもしれない。
だが、それはやはり無かっただろうとも思う。
あの心優しい彼女が――――フレイガルドの人々を巻き添えにするようなことは絶対にしなかっただろうから。
そして――――俺はそんな彼女のことを心から愛している。
「……よく頑張ったな」
魔力を使い果たした彼女を受け止めるのが、今の俺に出来る唯一の役割だ。
「うん……。ねえファーガソン、私……どんな顔してる? 酷い表情してないかな……」
「そうだな……俺の目には世界一可愛くて魅力的な女の子が映っているよ。キスしてしまいたいぐらいだ」
「……馬鹿。でも……ありがとう。私……疲れたから少し……眠る……ね」
「ああ、ゆっくり休むと良い。ここにはもう……お前を苦しませるものは無いのだから」
フレイヤをお姫様抱っこして皆の所に戻る。
「エレン、アルディナ、フィーネ、ティア、シルヴィア、それにアリスとセリカもありがとう」
彼女たちの協力が無ければこれほどスムーズにはいかなかった。
「あはは、でも結構ヤバかったよ、まさかあんなに強力な魔法使うとは思わなかったからさ」
「私たちの結界と炎系統の魔法は相性が悪いからな」
「本当ですよ……アリスさんの協力が無かったら最後まで持たなかったかもしれません」
「さすが紅蓮の魔女ってところかな」
『いえいえ、私は万一に備えていただけですので。何もしてはいませんよ。それに……フレイヤさまの魔法は恐ろしいほど精密にコントロールされておりましたので万一はあり得なかったでしょうね』
俺は魔法関係さっぱりだからな……まあ……何事もなく終わって良かった。
「フレイヤ……なのか?」
「……はい、お兄さま。貴方の妹のフレイヤです」
兄シグルドと同じ燃えるような紅い髪と瞳。久し振りの再会にしっかりと抱き合って涙を流す。
「まさか生きて再会できるとは……よくぞ……よくぞ生きていてくれたね」
「お兄さまこそ……まさか生きてらっしゃるなんて思いませんでしたから夢でも見ているのかと」
「フレイヤッ!!」
「お母さまっ!!」
一度脱出したソラリスが戻って来た。もう二度と会うことなど無いと思っていた母にフレイヤは二度と離すまいとしがみつく。
「ふふ、大丈夫ですよフレイヤ……私はどこにも行きませんからね」
「うわああああん……良かった……本当に良かった……私……もう一人になってしまったんだと……」
「それはこちらも同じですよフレイヤ。私もシグルドに助けられるまで一人だけ生き残ってしまったのだと絶望していましたから」
「フレイヤ、実はラクスも生きてはいるんだ……だけどこれは……生きていると言って良いのか……」
兄シグルドの表情が苦悶に歪む。
「ラクスが生きている? どういう……ことですか? お兄さま……?」
「直接見てもらった方が早いが……見ない方が良いかもしれない……はっきり言うが……あの可愛らしかったあの子の面影は残っていない……」




