第二百二十四話 アンチ・マジック
「待ちなさい。貴様の相手はこの私です」
メイド服を着た美女、頭部には大きな獣耳が付いている。
「てめえ……獣人か? こりゃあ本格的に運が来てるな。俺はな――――獣人を甚振りながら犯すのが何よりも好きなんだよ。良いだろう、相手してやるよ……後悔しても逃がさねえ」
「き、キミ、どこの誰だか知らないが早く逃げなさい!!」
突然の成り行きに驚いていたシグルドであったが、すぐに冷静さを取り戻して逃げるように伝える。
「……ご心配なく。この程度の相手に後れを取ることなどあり得ませんので」
武器すら持たず仁王立ちする獣人美女。
「ふん、丸腰で俺を相手にするってか? ぐふふ、なんだそういうことかよ」
「……下品な勘違いしないでください。私はこのスタイルが一番強い……ただそれだけです」
「はん!! 勘違いかどうかは直接身体に聞いてやるよ!! 手足を二三本切り落とせば大人しくなるだろ」
隊長が強烈な踏み込みから一気に距離を詰める。頑強な見た目とは違い思いの外俊敏な動き――――
これまで数多くの戦場で勝利してきた絶対的な方程式に疑う余地はない。
今回もそう信じていた――――はずが――――なぜか視界が回転する。
「ふん……汚いものを斬ってしまいましたね」
首を失った身体が血を噴き出しながら二、三歩歩いて動かなくなる。
「少々お伺いしたいのですが――――反乱軍のリーダーは貴方ということでよろしかったでしょうか?」
「た、助けてくれえっ!!」
「な、なんなんだあの双子は……」
「ひぃっ!! ば、化け物……」
ある一角では子どもにしか見えない双子に帝国軍が圧倒されていた。
「……どうやらこの場所までは魔力の制限はかかっていないようですね」
「うん、ボクたちが魔力を消されたらさすがにヤバかったけどね」
「うわあっ、なんでこんなところに魔物が!!」
「ひぃっ!! ま、まさか……ドラゴン!?」
逃げ出した帝国兵を襲ったのは、巨大な竜と獅子の魔物。混乱と恐怖は最高潮に達し、もはや戦意は完全に失われている。
『わはは、ドラコは強いの~!!』
『ヒサシブリニアバレルトキモチイイ』
万物に命の息吹を、聖なる光よ、今こそ届け給え!癒しの聖光!
『神浸の光雨』
天から光の雨が降り注ぐ。
「よし、これで魔力を消失させる魔道具は機能停止したね――――あとは任せたよ――――ファーギー、リエン」
「遅い……丸腰同然の相手にいつまでかかっているんだ?」
作戦完了の報告がなかなか届かず苛立ちを隠さない旧フレイガルド総督クレイヴ。
「総督閣下、報告いたします!!」
「ふん、ようやくか……」
「作戦実行部隊ですが――――大苦戦しております。大半の戦力を失っており至急増援をと言っておりますが……」
「何だとっ!? どういうことだ……? まさか……魔消石が機能していないのか?」
「いえ、魔消石が機能していることは確認しております。苦戦の理由は――――反乱軍に加わった新たな戦力がおそろしいほど強力なため……だということです」
「……チッ、敵を甘く見過ぎていたか、それとも味方を過大評価していたのか……いや、その両方だな、わかった私が直接指揮する。一気に決着を付けるぞ!! 全軍出撃準備せよ!!」
「……その必要はない」
いつの間にか部屋の中に立っていた少女に、さすがのクレイヴも驚きを隠せない。
「貴様……どうやってここに?」
「魔法に決まってる……愚問だ」
少女の冷え切った温度の無い瞳と声色は恐ろしいほどの迫力でクレイヴを捉えて離さない。
「魔法……ね。ここでは魔法は使えないはずなんだが?」
「……仲間が解除してくれた」
「なるほど……苦戦している理由は――――どうやら貴様の仲間のせいで間違いないようだな。ところで私に何の用だ? まさかお茶を飲むためではあるまい?」
「一つだけ確認するぞ。貴様はフレイガルド侵略の際に参加していたのか?」
「参加? ハハハ、面白い冗談だ。一番の功績を挙げたから総督の地位に就くことが出来たのだ。なにしろフレイガルド王の首を取ったのはこの私だからな!!!」
自慢げに胸を張るクレイヴの言葉にピクリと身体を震わせる少女。
「そうか……貴様が……そうか……」
「質問は終わりか? ではそろそろ終わりにしよう。私も忙しい身でな、いつまでも付き合っているわけにはいかんのだ」
すらりと大剣を抜くクレイヴ。
「生憎私は女に興味がないのでな。いかなる美女だろうが殺すことに躊躇はない――――安心して死ね」
「私を殺す? 無理だな、その剣が届くことは無い、貴様だけは私の魔法で苦しませてやる――――簡単には殺さない――――地獄すら生温いと知れ」
「ほう……余程魔法に自信があるようだが――――残念だったな――――私の持つ福音は『アンチ・マジック』あらゆる魔法が無効化される能力だ!! つまり貴様にとってこの私は天敵なのだよっ!! 後悔しながら――――死ね」
『ディバインホーリーレイ』
聖なる光のエネルギーが光の矢となって降り注ぐ――――が、クレイヴの身体に当たった瞬間に光の矢は霧散して消えてしまう。
「ハハハハハ、無駄無駄無駄、この私に魔法は効かないと言っただろうがっ!!」
クレイヴの大剣が振り下ろされる――――その瞬間、
『グランド・カタストロフ』
急激に隆起した足元がクレイヴの身体を持ち上げ建物の天井を突き破る。
「ぐへっ」
その衝撃で内臓が破裂し全身を複雑骨折するクレイヴ。
「ふん……魔法そのものは効かなくとも、貴様にダメージを与える方法などいくらでもある』
――――隆起は止まることなく加速し続け――――ついには成層圏にまで達する。
「……残念だ。魔法が効かないから簡単に死んでしまう……せめて……死ぬまで恐怖しろ――――外道」
魔法が解除された瞬間、クレイヴの身体は成層圏から自由落下を始める。
このまま落ちれば――――いうまでもなく跡形も残らず文字通り消滅する。




