第二百二十三話 死地に舞い降りた花
「撤退するしかない」
苦渋の表情で決断するシグルド。
もちろんすんなり撤退などさせてくれるはずがない。これだけの罠を用意していたのだ、間違いなく帝国はここで反乱軍を根絶やしにするつもりだろう。
それでも――――全滅するわけにはいかない。自分を信じてついてきてくれた者たち、フレイガルドのためにと命をかけて戦ってきた仲間たちだけは守らねばならない。
それが――――上に立つものの責務だとシグルドは誰よりも知っている。
優先順位は間違えない。シグルドに迷いは無かった。
「今回は我々の負けだ。だがな――――帝国も一つだけ想定していなかったことがある」
「し、シグルド……さま?」
「王族だけが知っている抜け道、脱出経路がある。そこから逃げるぞ」
王族はいざという時に脱出するための通路を学んでいる。その知識は王族から王族へ直接受け継がれるため王族以外の人間はその存在すら知らない。
大人数が利用することを想定していないので通路は人が一人やっと通れる程度の広さしかない。しかも迷路のように入り組んでいるので出口も王族が先導しなければわからないようになっている。
「母上、皆を頼みます」
この場に王族は王妃であるソラリスとシグルドしかいない。
「いいえ、私が残ります。貴方が行きなさい。行って生き残るのです!!」
しかし母ソラリスがそう答えることも想定していたのだろう。シグルドは穏やかな表情で微笑む。
「母上……私も自分の命を無駄にしたいわけではないのです。皆に助けられたこの命、易々と捨てることなど出来るはずもありません!!」
「でしたら――――」
「ですが、誰か戦えるものが時間を稼がなければ全滅してしまいます。それだけは避けなければならない。この中で一番強く魔力無しで戦えるのは私です。さあ、早く行ってください、私も長くは持たないでしょうから」
「わかりました……ですが……フレイガルド王家の血が失われてしまいますね」
聡明なソラリスはすぐに行動を開始する。ここで時間をかけることはシグルドの負担にしかならないからだ。
「それは――――母上に頑張ってもらうしかありませんね……後は……生死不明のフレイヤがもしかしたら――――」
最後の言葉はソラリスには届いていなかったが。
フレイヤ――――史上最高の天才……噂では帝国軍を相手に孤軍奮闘した後に囚われたと聞いている。その後の消息は不明。生きている可能性はほとんど無いだろうが――――
『見てお兄さま!! また新しい魔法作ったの!!』
生ける魔導書、その膨大な魔力ゆえに人々からは恐れられていたけれど
シグルドにとってはいつでも可愛い妹でしかなかった。
魔法が苦手なシグルドが魔法を嫌いにならなかった理由だ。
「アルカス、お前も逃げろ。今後の反乱軍に必要だ」
「……かしこまりました」
晴れやかな顔でそう言い切ったシグルドにアルカスはそれ以上何も言えない。
「シグルドさま、最後に一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「最後まで生きることを諦めないでください」
「ふふ、誰に向かって言っているんだ? わかってるよ」
「帝国軍に包囲されています!!」
「来たか……もう少しゆっくりしてくれたら逃げられたんだけどね。ま、時間稼ぎでもしますか」
シグルドは交渉を持ちかけるが、帝国側はこれを一蹴。
ついに攻撃が始まった。
「ハハハ、魔法が使えない魔法使いなど一般人以下の雑魚だ!! 一気に殲滅しろ!!」
「おおっ!!」
押し寄せる帝国軍の前に立ちふさがる人影が――――
「警告する。死にたくなければ引け」
見目麗しい碧眼の女剣士に色めき立つ帝国軍。
「おい、あの女めちゃくちゃ美人じゃねえか!!」
「よし、俺がいただく」
「待て、抜け駆けは許さん!!」
突然現れた美人剣士を自らの戦利品にしようと殺到する帝国軍兵士。
「警告は――――したからな」
何かが光った瞬間――――複数の骸が転がる。
「なっ!? あの女何処行った!?」
「ぎゃああっ!?」
縦横無尽に動き回り帝国兵を斬り捨てる女剣士。
その強さをようやく理解し始めた時にはすでに手遅れであった。
「無意味な殺生は好みません。降伏するならば命までは取らないと約束しましょう」
ピンク色の髪をなびかせた絶世の美女が帝国軍の前に舞い降りた。
「はあ? 自分の立場わかってんの? それとも――――そういう趣味があるのかな?」
「おい、とんでもねえ美女だぜ、総督には反乱軍は好きにしていいって言われてるし――――たまんねえぞ」
美女の警告虚しく我先にと殺到する帝国兵。
「愚かな……命を無駄にしないで欲しかったんですが仕方ないですね――――インフィニット・ブレイドストーム!!」
数百の帝国兵が一気に骸と化す。
「一体……何が起こっているんだ?」
迫る帝国兵を斬り捨てながら状況がおかしいことに気づくシグルド。思ったよりも帝国兵の寄せが遅い――――というよりも来ないと言った方が正確か。おかげで数に押し込まれることなく何とか戦えている。
だが――――シグルドも平凡ではあるものの魔力が無くては力は半減する。体力も相当落ちているので長くは持たない。
「ほう、そこにいるのは反乱軍のリーダーじゃねえか!! ふん、俺にもツキが回ってきたようだな」
帝国軍を率いる隊長がシグルドを発見して狂喜する。実績がすべての帝国軍において戦場で敵将の首程評価されるものは存在しない。間違いなく数段階飛ばしての出世が約束されるのだ。
「ククク、逃げんなよって――――逃げる場所はないか。ガハハハッ」
どうやら脱出通路のことはバレていないようだ――――とシグルドは内心安堵する。
ならば予定通り時間を少しでも稼ぐのみだと集中するシグルドであった。




