第二百二十二話 フレイガルド最後の希望
「総督、反乱軍が第二庁舎を占拠した模様です!!」
「ふん、捨ておけ」
「し、しかし……このままでは」
「ああ、同調する者が合流してさらに勢力が大きくなるだろうな」
「まだ小さい芽のうちに叩き潰すべきでは?」
「ふふ、お前はまだ甘いな。なぜ私がわざと連中を泳がしていたと思っているんだ?」
「あ……なるほど、地下に潜っている連中を一網打尽にする――――と? そうすれば良い見せしめにもなりますな」
「正解だ。わざわざ公開処刑を繰り返したのも連中を刺激するためだ。まんまと乗って来てくれたようで安心したよ。それにしても第二庁舎とは……我ながら上手く誘導できたものだな、ククク」
「誘導? まさか……そこまで計算して?」
「当然だ。最初からそのつもりで計画していたのだからな。しかし夢にも思っていないだろうな、自分たちが罠の中に誘い込まれたということを」
「リーダー報告します、第二庁舎完全に掌握しました。反乱軍に加わる勢力も順調に増えておりますし……ひとまずは成功かと」
「わかった、ありがとうドレイク」
報告を受けた反乱軍のリーダー、シグルドは厳しい顔を崩さない。決して楽観視できる状況ではないことを理解しているからだ。
「……申し訳ありませんシグルド、私のせいで計画が……」
「母上のせいではない。少々タイミングが早まっただけのことです。それに状況に合わせて何とかするのがリーダーとしての務めですからね」
帝国がシグルドの母ソラリスを公開処刑にすると発表したことを受けて反乱軍は彼女を救出すべく動いた。第二庁舎に幽閉されているという情報を掴んだシグルドは無事母を保護することに成功したものの、今の反乱軍には帝国の占領軍と直接戦って勝てるほどの力は無い。
そこでシグルドは逆に大々的に宣伝し目立つことで帝国に反感を持つ者やフレイガルドの残勢力の結集を狙ったのだ。
帝国による統治が酷いこともあって反乱軍は国民から絶大な支持を集めており、国内外から続々と心ある者たちが合流している。ある意味で賭けには成功したかに見えたが――――
上手く行きすぎている……
シグルドは何とも言えない気味の悪さを感じていた。あの帝国がこんなに簡単に反乱軍の増強を許すはずがない。何か……見落としているのか?
とはいえ、ここまで来てしまった以上、後戻りは出来ないのも事実。各国へ使者も出している。時間は反乱軍に有利に働くはずだ。とにかく粘り強く戦って持ちこたえること、地味だがそれによって味方の戦力が増え、外国からの支援が始まれば勝機はあるとシグルドは考えている。
季節は冬、厳しい寒さによって帝国本国からの増援が来る可能性は低い。
さらに言えば、ギルドの協力を得られたことも大きかった。
「この戦い、絶対に負けるわけにはいかない……」
あの日――――フレイガルドが帝国によって滅ぼされた日、多くの命が失われた。
無念を晴らすだけではない。運良く生き残った者たちの居場所を取り戻さなければならない。
魔導王国の王家に生まれながら、シグルドには平凡な魔法の才しかなかった。
稀代の天才と呼ばれた妹と比較されることも多かったが、そんなシグルドが王位継承から外されることは無かった。
それは――――彼には類まれな武の才と、誰からも好かれる人柄の良さがあったからだ。
あの日、シグルドが生き残ったのは――――彼を慕う者たちの命をかけた献身が起こした奇跡だった。
処刑されたのは彼に似ていた家臣の一人が身代わりを買って出たもの。もちろんシグルドが頼んだわけではない。
重傷を負ったシグルドを助けたのは治療魔法に長じた末妹ラクス。そして王都から脱出させたのは――――従弟で魔法師団長のキリク。
多くの者たちが最後の力を振り絞ってシグルドという最後の希望を残し、フレイガルドの未来を託したのだ。
国を奪われ国土、街、国民を無残に踏みにじられた。すべてを失い――――生き残ったシグルドが、それでも自暴自棄にならなかったのは、彼の命を救うために散っていった人々の想いを知っていたから。
彼はすぐに行動を開始した。生き残りを集めて組織を少しずつ大きくしていき、公開処刑の情報があれば、駆け付けて救出していった。
たしかにシグルドの魔法は平凡の域を出ていない。配下の中にも彼よりも優れた魔法使いはいくらでもいる。
それでもシグルドには皆がついてゆく。彼のために率先して働こうとする。
彼は――――生まれついて王の素質を持っていたのだ。
「シグルドさま、帝国の動き――――少し妙だと思いませんか?」
反乱軍の参謀アルカスが指令本部として使っている執務室に入ってくる。
「ああ、私もそう思う。まるで我々がここに集まることを望んでいるような――――」
「……おそらくですが、帝国は反乱分子をこの機会にあぶり出して一気に始末するつもりなのではないでしょうか?」
「なるほど……そう考えれば辻褄が合うね。だがしかし、そうであれば尚更思惑通りにはさせない。奇襲によって敗北はしたが、我らフレイガルドの力は本物だ。連中の思惑ごと打ち破ってやろうではないか!!」
「はい、正面からの戦闘で我らが後れを取る事はございません。結界を破壊する魔道具もすでに解析して対策済みです」
事実フレイガルドの戦力は強力だ。一般の兵士ですら他国の宮廷魔法使いクラスが揃っている。
それでも帝国に後れを取ったのは、絶対の信頼を置いていた結界が破壊されたこと、刺客を内部に招き入れてしまったことにより指揮系統が機能しなかったことなどいくつもの要因が重なったから。
逆に言えば、そこまでしなければ負けることは無かったとも言える。事実反乱軍は、ここまで戦闘で苦戦することはあっても負けることなく戦いを有利に進めている。
「た、大変ですっ!! け、結界が――――消滅しました」
血相を変えた兵士が指令室に飛び込んでくる。
「結界が消えた? どういうことだ、破壊されたのではないのか?」
「は、はい、破壊されたのではなく消滅しました。しかも――――魔法が使えません」
「何だとっ!?」
結界が破壊される可能性は考慮していた。だが――――
「アルカス、お前は使えるか?」
アルカスは反乱軍の中でもトップクラスの魔法使いだ。
「だ、駄目です……魔法どころか魔力そのものが――――うっ!?」
片膝をつくアルカス。魔力の強い者ほど魔力が失われたときのダメージは大きい。
「まさか……罠にはめられた……のか?」
これでは戦いにすらならない。平凡な魔力量しか持たないシグルドですら相当辛いのだ。アルカスを始めとした大半の反乱軍のメンバーにとっては戦える状況ではない。
一方の帝国軍は魔力を持っている人間がそもそもほとんどいない。この状況で戦えば――――100%負ける。




