第二百十八話 天使の子守唄
「ねえサクヤ、その眼って何か意味があるの?」
さすがチハヤ、聞きにくいことをあっさりと……
「これか? 我がホムラに受け継がれる力の根源じゃ。強力な呪術が使える。特に私の呪術はこのホウライでも最強――――いや……最凶かもしれん」
特に秘密でもなかったようで、あっさりと教えてくれるサクヤ。
それにしても呪術ってなんだ?
(……魔法とは違う体系の力です。その力と種類は多岐にわたり、特に強力な力は血統に宿るため、たとえばサクヤさまの持つ力は直系の血族以外の人間には使えません)
なるほど……ありがとうアリス。
「それならば余計なことをしてしまったかな?」
サクヤの持つ力が最強クラスなのであれば助太刀は必要なかったのかもしれない。
「そんなことはないぞファーギー」
肩車をしているのでその表情はうかがい知れないが、なんとなく本当にそう思っているのが伝わってくる。これは――――アリスの力のおかげか。
「――――私の呪術は強力でな? 発動すれば相手を問答無用で殺してしまう。それゆえ……出来れば使いたくはないのじゃ」
「だが――――命を狙われたのだぞ?」
上に立つものとしては甘すぎるのではないか――――?
「わかっている。じゃがな、私は――――殺し合いの無い平和な国を作りたいのじゃ。だから――――刺客を殺さずにおいてくれたそなたたちには感謝している」
そうか――――甘いんじゃない。
覚悟を決めているんだ――――本気で成し遂げようとしているんだこのサクヤという少女は――――
「すまないサクヤ」
「なにを謝ることがある? おかしなやつだなファーギーは」
カラカラと笑い飛ばすサクヤの明るさに救われる。
「しかし刺客が送られるとは穏やかじゃないな。敵の正体はわかっているのか?」
「ああ、おそらくはクナイ国の刺客じゃろうな。あやつら異国と積極的に交易をしていてな、それは別に悪いことではないんじゃが……度が過ぎた異国かぶれとなってホウライの文化を悪しきものとして駆逐しようとしておるのじゃ……手始めにホズミに換えて大陸から輸入したギルという穀物を育てようとしておる。そして大陸との交易で得た莫大な利益で軍事力を増強――――周辺諸国に刺客を送って弱体化させ、混乱に乗じて侵略する――――それが連中のやり方じゃ……」
なんとなく帝国と被る部分があるな……他人事の感じがしない。
「ふ……ふっざけんなああ!!」
「ち、チハヤ!?」
突然叫び声を上げるチハヤ。
「ホズミをギルにする? ふざけんなよ……クナイだかシナイだか知らないけどこの私の邪魔をするというなら消し炭にしてやるわ――――セリカが!!」
『わ、私っ!?』
出されたお菓子をもくもく食べていたセリカがビクッとなる。
「ファーギーもわかってるよね?」
「あ、ああ……協力するのは構わないが」
「アリス!!」
『ひゃ、ひゃいっ!? え……私も?』
「当たり前でしょ、世界の危機なんだよ?」
ま、まあ……チハヤにとってはたしかに世界の危機なのだろうな。なんだか勢いに押されてしまった。
「――――というわけで、クナイ国ぶっ潰してくるから」
「は? え……ちょっと待ってチハヤ――――」
慌てるサクヤを残して屋敷を飛び出す。
『チハヤ、私は直接手を下せないよ』
「セリカはクナイ国まで私たちを運んでくれればいいよ。後はファーギーとアリスがやってくれるから」
『わかった』
え……俺たちに丸投げ?
「えっと……俺とアリスは何をすれば良いんだ?」
さすがに二人で国を滅ぼせと言われても困る。アリスがいるから出来なくは無いと思うが。
「うん、私が魔法で眠らせるから、ファーギーとアリスは上層部の連中を拉致してきて」
「よくわからないが、わかった」
『はい、やってみます』
『……クナイ国に着いた』
さすがセリカだ。どうやったのかわからないが一瞬でクナイ国に到着した。
『……空間を捻じ曲げたんだよ』
なんか怖いことを言っている。
「よし、じゃあさっそく眠らせますか!!」
チハヤが詠唱を始める。
基本的に詠唱が必要ないはずの神聖魔法。わざわざ詠唱をするということは――――
それだけ強力な魔法ということだ。
聖なる光よ 安らぎの風となれ。
天使の羽ばたきは 静かに頬を撫で
夢の国へと誘う この地に完全なる静寂を
眠れ 眠れ 天の赦しを受けて――――
『――――天使の子守唄!!!』
魔力が爆発的に膨れ上がる――――ヤバい……これまでの魔法と規模感が違う――――
聖なる輝きが街を吞み込んでさらに広範囲に広がってゆく――――
チハヤのヤツ――――まさか――――国ごと眠らせるつもりか!?
『へえ……さすが異世界聖女――――』
『これは……凄まじいですね』
セリカとアリスは驚きながらも冷静に眺めている。
「本当に……眠ってるな……」
街中の人々、動物、鳥、虫や花ですら眠っている。静寂そのものだ。
まるで……呪いによって百年の眠りについた神話の街を想起する光景だな。
しかしこれだけ大規模な魔法なのに、俺たちは眠りから除外するという細やかな調整もしているのか……。相変わらず出鱈目な力だな。
「よし、行くかアリス」
『はい!!』
『……チハヤは私がいるから大丈夫』
セリカが一緒にいてくれるなら世界で一番安全だ。もっとも起きている奴が俺たち以外にいるとは思えないが。
『私に掴まってください、時間が勿体無いんで飛びますよファーガソンさま』
「わかった」
アリスを後ろから抱きしめる。
『ち、ちょっと待ってください――――それ駄目ええ、抱きしめるんじゃなくて掴まってください!!』
「すまん」
『ち、違っ――――背中から羽根が出るので――――決して嫌なわけでは――――』
必死に弁明しながらも飛翔を開始しているアリス。ものすごい速度でクナイ国の城へ到着した。
門番を始めとして、城中の人間が眠っている。なんだかすごい悪いことをしている気分になって来た。
「上層部を拉致すると言ってもな……これでは誰が誰だかわからん。とりあえず偉そうなヤツを捕まえるか……?」
『私にお任せください。眠っている相手ならば私が夢に入って、強硬派の連中を見つけ出しましょう』
なるほど……そういえばアリスは夢魔だったな。




