第二百九話 三人部屋
「約束? わかった何でも言ってくれ、俺に出来ることなら何でもするつもりだ」
「ふーん、何でも……ねえ? ふふ、良いのかなそんなこと言って」
エリンがぺろりと唇を舐める。
「姫さま……味見とかしないでくださいよ?」
意味深な笑みを浮かべるエリンにセイランが釘を刺す。
「あのさセイラン、お前は私のことなんだと思っているのかな?」
「だって姫さまったら国を飛び出してずっと人間のパートナーを探しているじゃないですか、勇者とか絶対興味ありますよね?」
「まあたしかにパートナー探しをしていたのは事実だし、ギルドマスターをしていたのも探すのに都合が良かったからだけどね。実はもう見つけたんだよ、パートナー」
「ええええっ!? み、見つけたんですか……マジか、一体どんなヤツなんだ筋金入りのファザコンな姫さまの眼鏡にかなうなんて……」
信じられないと目を見開くセイラン。
「セイラン、パートナーって何のことだ?」
「エルフにとってはそうだな……人族でいう夫婦みたいなものだよシバ」
エルフのパートナーに対する感覚は人族には伝わりにくい。一番近いのが夫婦関係だということだ。
「でもさあ、セイランってシバくんのこと結構好きなんだね」
「ふえっ!? な、ななな何を言っているんですか姫さま、ま、まあ、好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだし、ミヤビ以外の女と仲良くされるとムカムカするし性格もまあ好ましく思ってますけど、決してそういう……あ、あれ!?」
「セイラン……お前そんなに俺のことを――――」
「ち、違うっ!? いや、違わないけど――――なんでこんなこと……」
自分が口にした言葉に動揺するセイラン。
「あはは、ごめんごめん、ちょっとだけ素直になる魔法使ってみた。ふふ、セイランってば可愛い可愛い」
「セイラン、俺も好きだぞ」
「ば、馬鹿野郎、いきなり何言ってやがる――――や、やめろ、くっつくなシバ、人前だぞ!!」
「人前じゃなければ良いのか?」
「そ、そりゃあ……まあ」
赤面しながらも密着してくるシバを拒絶しないセイラン。
「エリンさま、出来れば早く本題に入って頂けますか? 放っておくとこの二人イチャツキ始めるので」
「何言ってやがる、それはお前のことだろうミヤビ」
「ははは、喧嘩するな二人とも。三人でイチャつけば済む話だ」
豪快に笑うシバ。
「あはは、トウガくんも大変だね~?」
「……もう慣れたがな」
「なるほど、それじゃあ千早はウルシュっていう街に向かったんだな……」
「どうする? 我々もウルシュに向かうか?」
「そうなるとミスリールを通るよな……久しぶりに里帰りするのも悪くないか……」
どう行動すべきか悩む勇者一行。
「シバくんは一日でも早くチハヤちゃんに会いたいんでしょ? だったら私と一緒に王都に行こうよ。チハヤちゃんとはどうせ王都で待ち合わせしてるし、今から後を追うよりもその方が早いし確実だよ。出発は三日後だからそれまでダフードの街を楽しんだら良いんじゃない?」
話し合いの様子を見ていたエリンが助け舟を出す。
「たしかにこのところずっと捜索ばかりでろくに観光もしてませんでしたからね」
ミヤビはエリンの意見に賛成する。
「そうだね、ウルシュ経由だとめちゃくちゃ遠回りだ。姫さまの言う通り、王都に戻った方が良いぜ。向こうも勇者を探しているみたいだしな」
セイランも異論は無いようだ。
「俺は美味いものが食べられるなら何でもいい」
ドウガも街でゆっくりしたいので賛成。
「……わかった。それじゃあ出発は三日後、それまでは楽しもう」
最後はシバが宣言して勇者一行の行動が決定した。
「ところで――――キミたち宿はもう決めたのかな?」
「いや、街に着いてすぐにここへ来たからまだ決めていない」
「それなら良い宿があるから紹介しようか? 白亜亭っていうんだけど、美人女将が経営している宿で――――部屋の壁が分厚い」
「そこにしよう」
エリンの提案に秒で決める勇者シバ。
「おいシバ、まさか美人女将に惹かれたんじゃねえだろうな?」
「たしかに美人女将は男のロマンが詰まっていることは否定できない。だが――――そうじゃない、部屋の壁が分厚いからだ!!」
「は? 何言ってやがる、部屋の壁が分厚いからなんだって言うんだよ?」
「シバさま……やはりセイランの言う通り美人女将に……」
「あはは、あのね二人とも、部屋の壁が分厚いってことはね――――ごにょごにょ」
困惑している二人にこっそり耳打ちするエリン。
「そ、そっかあ、ま、まあ姫さまのおススメじゃ断れないよな、私はそこで良いぞ」
「わ、私もそこが良いです。ぜひその宿にしましょう」
赤面しながら白亜亭に賛成する二人。
「俺は特にこだわりは無い。好きにしろ」
「いらっしゃいませ白亜亭へようこそ。エリンさまから話は聞いてますよ」
噂の美人女将サラが勇者一行を出迎える。
「三人部屋と一人部屋だと聞いておりますが間違いないですか?」
「ああ、それでいい」
普段はシバとミヤビで一部屋、トウガ、セイランはそれぞれ個室なのだが、今回セイランを加えた三人部屋にしたのには理由がある。
ギルドを出る前にエリンから言われたのだ。セイランを取られたくなければ、ダフードにいる間にしっかりと絆を深めておけと。
「ご用意は出来ております。ハンナ、お客さまの案内よろしくね」
「はい、こちらへどうぞ、ご案内いたします」
「おおっ!! 女将さんだけじゃなくて店員さんまで可愛いとかすごいな白亜亭!!」
「あはは、ありがとうございます」
いきなり叫ぶシバに苦笑いするハンナ。
「ごめんなさいね、この人は可愛い女性を見ると叫び出す病気なのです」
「悪いな、コイツはこの後部屋でじっくり搾り取ってやるから安心してくれ」
「そ、そうですか、あははは」
両脇をガッチリ掴まれて連行されてゆくシバを見て、色々察したハンナであった。




