第二百四話 モテる男は忙しい
「――――というわけで、近いうちにお嬢様からお話があると思いますので、くれぐれもよろしく頼みますねファーガソンさま?」
「わかった。わざわざ教えてくれてありがとうネージュ」
くっ……駄目だ……この男、日に日に魅力的に――――
もらった服の匂いを嗅ぐことで誤魔化していたが――――もう我慢の限界――――
「ところでファーガソンさま、当公爵家のしきたりに則って、本当にお嬢様に相応しいのか試させていただきます」
「……どういう意味だ?」
「お嬢様と結婚されるということは、私もファーガソンさまに嫁ぐことになります。つまりは――――そういうことです」
そんなしきたり存在しませんけどね。
「なるほど……だが、ネージュは嫌じゃないのか?」
「それを私に言いますか? ファーガソンさまは意地悪です!!」
私の気持ちなんてとっくに知っているくせに――――
「そ、そうか――――どうやら俺は相当鈍いらしいんでな?」
ああ――――そうでしたね、アナタは災害級の鈍男でした。
「――――というわけなので、遠慮はいりません、思い切りどうぞ!!」
「わかった――――風呂は入らない方が良いんだよな?」
鈍いくせにそういうところは気が利くううう!!! 好きいいいい!!
「当然です。ただ――――初めてなので――――優しく――――してくださいね?」
ヤバい――――めっちゃ恥ずかしくなってきたあああ!!!
◇◇◇
「うーん、中々丁度良い依頼というのはないものだな……」
間が悪くチハヤたちは街巡りに出ているし、リエンは古代魔法の研究調査をするのだと言って、エルミスラに残っているので久しぶりに少し自由な時間が出来た。
買い物――――という気分でもなかったので冒険者ギルドに顔を出してみたのだが――――生憎条件が合う依頼を見つけることは出来なかった。
武器屋でも覗いてみるか……
そう思ってギルドを出ようとしたが――――
「おお!! ルーイさんじゃないか!」
「……ん!!」
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カウンターに見知った人物を見つけたので声をかける。
「食材採集の依頼でもしに来たのか?」
ティアから基本的にレストランで出す食材はルーイ本人が調達していると聞いていたが、当然例外はあるだろう。
「違う……指名依頼」
ふるふると首を横に振るルーイさん。
なるほど、指名依頼とは……よほど特殊な依頼なのかな?
「ん!」
相変わらず無口というか言葉数は少ないのだが、なんとなく言いたいことはわかるようになってきた。
「俺に指名依頼なのか?」
「ん!」
どうやら正解らしい。
ただ――――なぜ真っ赤になっているのかはわからないが。
「……S級」
辛うじて聞き取れるほどの消え入りそうな声。
「まさか――――俺にS級ファーガソンの指名依頼を?」
「……」
無言でコクコク頷くルーイさん。
「そうか――――ルーイさん、依頼はしてしまったのか?」
「……これから」
「それなら依頼はしなくていい」
「……?」
意味がわからない様子できょとんとしているルーイさん。
「ルーイさんには世話になったしお土産のこともある。それに――――俺自身がそうしたいと思ったんだ、依頼なんかじゃなくてな」
「……っ!?」
「ファーギー、今夜は『エーテリアル・バウム』で夕食だよ!!」
「……え?」
「何よ、嫌なの?」
「あ、いや……嫌というわけじゃないんだが」
「……いらっしゃい」
さっき冒険者ギルドのVIPルームで別れたばかりなんだよな……何となく気まずい。
ルーイさんも顔めっちゃ赤いし。
「あれ? なんかファーギーの料理だけ多くない?」
「……気のせいだろ」
気のせいではない。明らかに多い、しかも品数も多い。
「ご主人さま……ルーイさんと何かありましたか?」
くっ……リリアが鋭い。
「ファーガソンさま、隠し事は無しですよ」
セリーナの目が怖い。
「さっき冒険者ギルドで依頼をしに来たルーイさんと偶然会ってな? 先日の礼も兼ねて俺が依頼を引き受けて解決したんだ」
嘘は言っていない。別に悪いことをしているわけではないのだが――――双子やチハヤの前で具体的な話は出来ないからな。
「ふう……今日は色々あってさすがに疲れたな……」
ベッドに身体を投げ出して目を閉じる。
帝国の野望を打ち破る……か。
出来る出来ないではない――――やらなければならない。
正面からぶつかって来てくれる相手なら良いのだが、帝国はそうではない。動いた時にはすでに手遅れになっている。受け身になってはマズい。時間は帝国に利を与えるだけになりかねない。
やはり――――直接乗り込むしかないだろうな。
セレスとも話したが、少数精鋭のメンバーで転移魔法を使って直接帝都へ乗り込むのが一番確実だ。
「だが――――それで首尾よく皇帝を倒すことが出来たとしても――――国民にアピールできる武功にはならない」
それでは単なる暗殺だし名乗りを上げることも出来ない。俺はそれでも構わないが、リュゼとセレスのことを考えれば、やはり帝国が宣戦布告をしてくれる方がやりやすいのも事実。
寒さの厳しい帝国が冬場に動く可能性は低いが――――油断は微塵も出来ない。
とにかく――――いつでも動けるように準備をしつつ、まずは王都へ到着してからだな。
そんなことを考えながら意識を手放した。
『ふふ、また会えましたねファーガソンさま』
いつの間にか金髪金眼の少女に馬乗りされている。
「……アリス? ここは――――どこだ?」
『クスクス、ファーガソンさまの寝室ですよ。夢の回廊を使って逢いに来てしまいました』
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