第百八十三話 エレンディアとセレスティア
「ファーガソンさま、隊長が来たよ」
「ありがとうティア、そろそろ来るかと思っていたんだ」
ようやく皆がセレスと馴染み始めて話が盛り上がり始めた頃、アルディナがたずねて来た。どうやらエレンが会いたがっているらしい。帝国の件もあるからな。協力関係の見直しを含めて確認したいと思っているのだろう。
「セレスティア殿、ミスリール第三王女アルディナだ。母上――――女王陛下が話をしたいとのこと、少しお時間をいただいても?」
「おお、貴女がアルディナ殿ですか。先生からお話は聞いております。はい、もちろん大丈夫です」
「おお、それは助かる。それにしても――――セレスティア殿は強いな。一度お手合わせ願っても?」
「ふふ、アルディナ殿も相当な使い手ですね。しかし私の剣は先生直伝、負けるわけにはまいりません」
会って最初の話題がそれか……勇ましいのは好ましいが、少なくとも王女同士がする会話ではないな。
「ほほう!! さすが王国の英雄と謳われるだけのことはあるな、しかし先生とは?」
「ああ、私はファーガソン先生の愛弟子なのです。」
「え? ファーガソンの愛弟子!? そ、それは――――羨ましい……」
チラチラとこちらを見てくるアルディナ。
「なんだアルディナも弟子になりたいのか?」
「いや、愛弟子がいい」
……違いがよくわからないんだが。
「ま、まあ愛弟子のことはともかく、何を他人事のような顔をしているんだ? お前も来るんだぞ、ファーガソン」
「俺も?」
外交的な話をするんだよな。俺は単なる冒険者なんだが。
とはいえ、セレスも知らない異国でいきなり女王と謁見するのはさすがに緊張するだろうし同行するのはやぶさかではないが。
謁見はいつもの謁見の間ではなく、女王の私室でひそかにおこなわれることになった。部屋にいるのは、俺とセレス、エレンの三人だけで、たまに飲み物や軽食が運ばれてくる以外は完全にプライベートな話し合いといった感じだ。セレスもいくぶん緊張していたようだが、私室での話し合いということで、今は多少なりとも落ち着いているように見える。
「やあキミがセレスティアだね、ミスリール女王のエレンディアだよ」
齢万を軽く超えるエレンにとっては他国の王女とはいえ可愛いものなのだろう。慈愛に満ちた眼差しで、いたって自然体、気さくに話しかける。
「お目にかかれて光栄です、エレンディア陛下。神聖ライオネル王国第二王女セレスティア=レオンハートです」
さすがは王族、完璧な礼儀作法を披露する。しかも王国式とミスリール式を組み合わせた外交用の公式作法だ。セレスのその凛とした美しさもあって、その実に優雅で品のある振る舞いに思わず見惚れてしまう。エレンも感心したように目を細めている。
「そっか、キミがアレクの子孫か。うん、たしかに面影が残っているね。あはは、もっと気楽にして構わないよ。わたしのことはエレンディアでいいから。ね、セレスティア?」
「わかりました、それではエレンディアさまと呼ばせていただきます。あ、あの……ところでアレクとはもしや――――」
「ああ、王国初代国王アレクサンダーのことだよ。彼とはパーティを組んでいたこともあるからね、懐かしいなあ」
「あ、あの……エレンディアさま、後で初代さまのことを伺っても?」
さすがエレン……生きる伝説だな。
「もちろんさ。あと、私にさま付けはいらないんだけど……まあ良いか。それでね、ファーガソンから簡単には聞いていると思うけど帝国の侵攻に備えて今の内に協力関係を強化したいんだよね。近く外交団を派遣するつもりだったんだけど、せっかくセレスティアがいるなら話が早い――――と思ってね?」
「それは――――王国としても願っても無いお話です。私個人が大きな権限を持っているわけではありませんが、今回のことで帝国の脅威が深刻な段階に来ていることを実感しました。私が責任をもって実現に向けて行動することを約束いたします」
「うん、そういってもらえると助かるよ。じゃあ、さっさと終わらせてしまおうか」
「はい!!」
二人が詳細を詰めてゆく中、俺は特に何かするわけでもなく成り行きを見守っている。国家間の機密を聞いてしまっていいのかとは思うが、今更な気もする。二人も隠す気はまるで無いようだしな。
それにしても――――この『ミリエル・ファーガソン・ブレンド』やっぱり美味いな!! っていうか、もうここまで広まっているとは……情報が早いというか……まあ王宮メイドのシルヴィア辺りが動いたのだろうが。
「さて、お仕事の話はこれで終わり!! さて、セレスティア、キミ、ファーガソンの弟子なんだって?」
「いえ、弟子ではなく愛弟子です。先生は私がただ一人尊敬し師と仰ぐお方です。出会えた奇跡に感謝しているのです」
アルディナといいセレスといい、その愛弟子に対するこだわりは一体……?
「ふーん……尊敬ねえ……ふふふ、ねえ、本当にそれだけ?」
「え!? そ、それは……その……えっと……」
よくわからないがエレンの問いかけに激しく動揺しているセレス。仕方がない、助け舟を出してやるか。
「おいエレン、セレスが困っているだろう?」
「……いや、セレスティアが困っているのはファーガソンのせいだからね?」
何を馬鹿な……俺は何もしていないんだが?
「……はい、先生のせいです」
セレスまでエレンに同調してくる。えええ……俺が悪いのか!?
「ま、まあ……でも良かったじゃないか。エレンのおかげでこうしてまたセレスと再会出来たし、王国とミスリールの協力も強化出来そうだし」
「……露骨に話を変えたねファーガソン、うん、でもまあそうだね。たしかに結果が全てだ。でもあの転移魔法に関しては私というよりはリエンとチハヤちゃんの力が大きいけどね?」
そうなのだ。たしかにエレンの魔道具の力があってこそ成り立ったのだが、魔道具や既存のゲートでは、目標座標となるものが設置されていない場所へは行くことが出来ない。
だが――――リエンは、魔族の転移魔法とエルフが持つ転移魔法の特徴を掛け合わせて、さらに記憶座標なる新魔法を用いることでノーザンフォートレスへの転移を成功させてみせた。
それにしても……俺がノーザンフォートレスまで行ったことがあって良かった。冒険者として各地を回っていたことが役に立った格好だ。あくまで実験的に行っただけだったが、実際現地では大変な状況になっていたからな。本当に運命の女神トレースが関わったとしか思えない奇跡的なタイミングだった。
とはいえ、補助装置となる魔道具無しでの転移魔法、しかも超長距離となると必要になる魔力と負担はとてつもない。そこで活躍したのが――――
「聖女であるチハヤ殿がその膨大な魔力で転移魔法の発動をサポートしてくださったんですよね?」
「ああ、その通りだセレス」
今回の実験は、エレン、リエン、チハヤ、誰一人欠けても不可能だった。ちなみにセレスにはチハヤのことを聖女だと説明している。彼女なら悪いようにはしないとわかっていることもあるし、遅かれ早かれバレるならセレスに知ってもらっておいた方が後々良いだろうという判断だ。
「リエン殿にも御礼を言いたいのですが……」
「慌てなくとも後で会えるさ」
リエンには念のためノーザンフォートレスで座標石を持って待機してもらっている。セレスを送り届けるため、不測の事態が起きた場合に備えてのことだ。座標石があればゲートを使って瞬時に往復可能だし魔力も必要ないからな。




