第百六十四話 魔法学者ミリエル
「いやあ大活躍だったなファーガソン。こんなにスムーズに終わった長老会義は記憶に無いぞ」
アルディナが上機嫌で微笑みかけてくる。
「いや、アルディナと議長のルナリアスさんの連携がなければあそこまで物事は簡単に運ばなかったと思うぞ」
実質二人の筋書き通りに運んだだけだろう。
「それは違うぞファーガソン殿」
「ルナリアスさん……」
「長老会において一番厄介なのは話が長い女性メンバーだ。今回ファーガソン殿がその女性陣を事実上無力化してくれたおかげで実にスムーズであった。毎回こうならば最高なのだがな、ハハハ」
なるほど……男性よりも女性が厄介だったのか。
「それにしても……ファーガソン法……ぷぷぷ……」
「笑うなリエン、俺も正直困惑しているんだ」
「なに、心配せずとも何も変わらない。お前はこれまで通り自然体でいてくれればそれで良いんだ。法はあくまでもミスリール国内でお前の立場を守るための免罪符に過ぎないのだから」
「アルディナ……色々考えてくれていたんだな、ありがとう」
考えてみれば俺一人のためにわざわざ法律を変えてくれたのだ。ここは素直に感謝すべき所だろう。
「ふふ、気にするな、これは私のためでもあるのだから」
『アルディナ殿下の草案を確認したが、相当殿下に有利な条文が盛り込まれていたからな。ファーガソン殿は相当殿下に愛されているようだ、ハハハその若さが羨ましいよ』
ルナリアスさんが耳元でそんなことを教えてくれた。さすがアルディナというところだな。
それにしても……愛されているか。俺は彼女にそこまでされるほど価値のある男とは思えないが……それでも可能な限り期待には応えたい。これからも精進あるのみだな。
「それでは私はこれで。会議は終わったが、私はこれからが本番だからな……重要な決定が複数……考えただけで過労死しそうだよ。ファーガソン殿、次は一緒に食事でも」
「ああ、楽しみにしている」
ルナリアスさんはこの国の内務大臣なんだとか。足早に去ってゆく背中には悲壮感が漂っている。あんなに小さい背中に国の重責がのしかかっているのか……これは大変そうだ。
「それでアルディナ、この後、俺たちの予定はどうなるんだ?」
「女王陛下との謁見が許可されたからな。王宮へ向かう。ただ……受け入れ準備と手続きに時間がかかりそうだ。私もこのまま王宮へ向かわなければならない。すまないが案内を付けるので首都エルミスラの観光でもしていてくれ。ただ、午餐会があるからあまり食べ過ぎないようにな」
「わかった」
エルミスラの観光か。チハヤたちが居れば喜んだだろうな……。
「私は引き続きゲートの調査に戻る」
リエンは観光よりもゲートの方が気になるようだ。
「アルディナ殿下、案内なら私が引き受けますよ」
「ミリエル……わかった。ファーガソンを頼む」
深くローブを被ったエルフの少女――――いや、実年齢はミスリールヘイヴンの大樹よりも上らしいが――――真っ赤な顔で袖を引っ張る。
「早く行きましょう、ファーガソン殿」
「ああ、よろしく頼むミリエル」
街中へ観光に行くのかと思っていたら、神殿から真っすぐ街はずれに向かって歩き始めたミリエル。俺の袖を掴んだままグイグイと引っ張ってゆく。見た目と違って結構力が強いんだな。
「ここは?」
「私の家兼研究所です」
「なるほど……」
何やら天にまで届きそうな大樹の根元に作られたその施設は、ミスリールヘイヴンの『エーテリアル・バウム』に似ているが、その規模は桁違いに大きい。
「居住空間である地上部分よりも研究施設である地下部分の方がはるかに大きいのです。まあ大半は書物が保管されている書庫なんですが」
ほとんど生活感の無いリビングに案内されて柔らかいソファーに腰かける。
「それはモッフルという苔を使っています。モフモフしていて気持ちが良いでしょう?」
「たしかにこれは最高だな。モッフルという名前も可愛らしくてわかりやすい」
「そうでしょう? 千年ほど前に私が発見して名付けた植物なんですよ。エルフの魔法は植物に関連したものが多いですから、私の研究は植物の研究でもあるのです」
嬉しそうに微笑むミリエル。千年……か気が遠くなる年月だな。
「もしかしてエルフの使う植物魔法はミリエルが作ったのか?」
「ええ、そうですよ、もちろん全てではありませんが。というかファーガソン殿は植物魔法をご存じなのですね」
「ああ、エリンに教えてもらった」
「なるほど……そういえばエリン殿下ともパートナーなのでしたね……いやはやこれはアナタという存在に興味が尽きません」
「えっと……自分でお茶を入れるのは二千年ぶりなので……果たして上手く入れられますか……」
危なっかしい手付きでお茶を入れようとしているミリエル。ちょっと待て、ミリエルは一体何歳なんだ!? いやそれ以前にその茶葉は飲んで大丈夫なのか、普段どうやって生活しているんだ……疑問が一気に押し寄せて軽く混乱する。
「待て、俺が入れよう。いつもやっているから慣れてる。茶葉はこれで良いのか?」
「ありがとうございます。少なくとも二千年は熟成されていますから美味しいと思いますよ」
二千年の熟成か……怖い気持ちもあるが、それだけ長い年月を経ているなら悪いものも無に帰しているだろう。植物学者でもあるミリエルが大丈夫だと言うなら信じるしかない。
「初めて入れる茶葉だから加減がわからず勘でやってみたがどうだ?」
「……はあ……美味しいです。これまで生きてきて一番美味しい」
桁違いに長生きしているミリエルにそこまで褒められると嬉しいな。言葉の重みが違う。
どれ、俺もいただくか。
「……これは……美味い。いや、この深みのある味わい……繊細にして複雑な香り……お茶を飲んで人生が見えるような体験が出来るとは思わなかった……感動したよミリエル、さすが植物学の権威が選んだ茶葉――――」
「――――あ……ごめんなさい、茶葉は隣の瓶でした」
「え……それじゃあ……これは?」
「うーん……なんでしたっけ……あ、その辺に生えていた名前の無い草です!! 名前を付けてあげようと思っていてすっかり忘れていました。私、同時に色んなことを考えるの苦手なんですよ。気になることがあると何百年でも地下に潜って出てこないこともよくあります」
ミリエルは――――意外とアレなのかな? のんびり屋さんでおっちょこちょい……なのかもしれない。
「ま、まあ……美味しかったから良いんじゃないか?」
「そうですね。これは発見ですよ!! ありがとうございますファーガソン殿。この草の名前は『ミリエル・ファーガソン』にしましょうね、ふふふ。お茶の名前はミリエル・ファーガソン・ブレンドなんてどうでしょうか?」
「……あまり美味しそうな名前じゃないな」
おまけにお茶の名前、そのまんま過ぎるだろう、そもそもブレンドしてないし。
「そうですか? とっても食欲をそそる名前だと思いますけど?」
エルフの感性はよくわからない。




