第百五十四話 帝国という業火
「ところでマール、聞きたいのだが、その福音とやらの覚醒者はどれぐらいいるんだ?」
直接異能力者と戦ったセリーナがたまらず口をはさむ。ちょうど俺も聞こうと思っていたことなので丁度良い。
「そうですね……知っている範囲では百人程度だったと思いますけど……私のように申告しなければわかりませんからね……ただ、そんなに多くはないはずです」
帝国の人口規模を考えれば思ったよりは多くない――――が、能力次第では一人で一軍に匹敵することもあるだろう。人数よりも能力の質の方が厄介だ。
とはいえ――――
「なるほど……マールのように秘匿されたらどうしようもないが、幸い帝国では能力がある程度公になっているのだろう? 特に出世に繋がるような強力な力であれば隠す必要性が無い。それならばある程度対策の立てようもある」
単純な話、たとえば死なないマールであれば、監禁すれば済むだけの話。能力がわかっていれば被害を抑えて有利に戦うことも出来る。脅威レベルは格段に下がるのだ。
「それはその通りなのだが……情報が他国へ漏れ伝わっていないのはおかしくないか?」
リエンの疑問はもっともだ。俺も帝国へは常に探りを入れていたが、そういった情報は全くと言って良いほど入って来なかった。
どういうことだ……? どんなに厳しい情報統制をしても、人の口に戸はたてられないものだ。
「ああ、それはですね。皇帝陛下の『福音』の力によって国民全員が縛られているからです。秘密を洩らしたら死ぬ、という恐怖で情報の流出を防いでいるんですよ」
「「「なっ!?」」」
居合わせた全員がさすがに驚きを隠せない。そんなことが可能なのか……本当だとしたら恐ろしい能力……というよりももはや神の領域ではないか。ある意味魔王なんかよりもよほど危険だ。
「だがマール、お前は大丈夫のようだが……?」
「あはは、どうやら一度死ぬと縛りの効果が切れるみたいで。まあ……こんな力技使えるの私ぐらいでしょうけれどね」
なるほど……結果的にマールの存在が我々にとっては大きかった……ということか。まさかそんな方法ですり抜ける者がいるとは、さすがの皇帝も考えつかないだろう。
「実にえげつないですねご主人さま。国民の自由を縛るなんて断じて為政者のやることではありません!!」
「本当だよね、まるで独裁者そのものじゃん!!」
憤るリリアとチハヤ。
その通りだが、政治形態としては強力であることは事実。
少なくとも皇帝の能力によって秘密が管理できるとなれば、監視や密告すら必要無くなる。後は国民の不満を外への拡大のエネルギーに変えて成果として大陸を統一することが出来れば批判はいずれ賞賛へと変わり巨大帝国の臣民であることに誇りを感じるようになるかもしれない。
ある意味で退路を断った軍事路線全振りの一手だが、今のところは成功している……とも言える。
不味いな……思っていた以上に危険な状況だ。
帝国には時間が無い。不満や反発、疑念が広がる前に結果を出し続けなければ崩壊しかねないリスクを分かった上で突き進んでいる。外交や交渉でどうにかなる話ではない。初めから選択肢など持っていないのだから。
覚悟を決めた集団は手強い。追い詰められたマッドマウスはグリフォンにすら戦いを挑むというからな。
それに……実力成果主義ともなれば将兵も競って武功を立てようと士気も高いだろうことは想像に難くない。
「……ご主人さま」
「ああ、そうだなリリア、悲しいことだが――――」
残念だが……マールの話を聞く限り帝国との激突はもはや不可避。それも間違いなく王国の存亡をかけた戦いになる。
王国だけの話ではない。ここミスリールを含めた大陸諸国が戦禍に飲み込まれようとしているのだ。
「リュゼ」
「わかってるわ。一刻の猶予も無い。周辺諸国を巻き込んだ対抗策が必要ね」
さすが頭の回転が速い。国力差を考えれば王国だけで帝国と渡り合うのは難しい。
「ああ、それとお前には協力してもらわなければならないことがある」
「私に? なにかしら」
「マール、お前の望みは王国への亡命および保護で間違いないか?」
「は、はい、その通りです」
なぜわかったのかと目をぱちくりするマール。
「アルディナ?」
「ああ、その件は王国で決めてもらって構わない。その者はたしかに死んだのだ。私は何も見ていないし聞いてもいない」
アルディナの関心は帝国の脅威がミスリールに及ぶのかどうかという一点のみだ。彼女のこういう合理的なところは我々にとっては大変有難い。
「リュゼ、受け入れは可能か?」
「今聞かせてもらった情報だけでも十分価値があると思うわよ。私に任せてもらえるならお父様に頼んであげる。悪いようにはしないと約束するわ」
「そうか。マール、リュゼは王国最大の貴族である公爵家の令嬢だ。亡命の件、問題なく手配出来るだろう」
「えええっ!? こ、公爵家……は、ははああ!! あ、ありがとうございます!!」
さすがのマールも驚いて深く頭を下げる。
リュゼの言う通り、マールのもたらす情報は黄金以上の価値がある。それに彼は没落したとはいえ元名門貴族家の一員。知っている情報は一兵士の範囲を大きく超えている。場合によっては不満を持つ帝国内部の元貴族たちを動かす鍵となるかもしれない。
嫌な言い方になるが、マールは単純に利用価値が高いということ。
それだけに王国内部に蔓延る帝国と繋がる連中からすれば真っ先に排除すべき存在となるだろう。だからこそリュゼに保護してもらう必要がある。
「さて、お前にはもう一つ聞いておきたかったことがある」
「何でしょう?」
下っ端兵だったマールでは知らないかもしれないが……
「なぜエルフを連れ去ろうとした? 誰の命令だ」
これだけは聞いておかなければアルディナたちに申し訳が立たない。
「すいません……極秘任務ということで何も聞かされておりませんでした」
「……そうか」
フィーネも頷いている。嘘は言っていないようだ。
「それではもう一つ尋ねたい、あの死体使いの指揮官は何者だ?」
あと一歩のところで取り逃がしたが、俺の本能が奴はヤバいと告げているのだ。




