第百五十二話 予想外の事態
「ところでファーガソン、先程の話の続きだが――――」
「ああ、急ぎの件だな?」
さすがアルディナ、切り替えが早い。
「うむ、実はな――――先日の帝国兵の中に生き残りが居た」
「なんだと!? 有り得ない!! ちゃんと確認したはずだ」
情報が欲しかったから、生き残りが居ないか念入りに魔法まで使って二重三重に確認したんだぞ。
「わかっている。言い方が悪かったな」
「どういう意味だ?」
「生き残りが居たわけではない。あの時点では確かに死んでいたんだ。だが――――生き返った者がいる」
アルディナの衝撃的な言葉に思考が止まる。
「……生き返った……だと?」
馬鹿な……そちらの方が信じられない。もちろんアルディナが嘘や冗談を言うタイプではないのはわかっているが……。
「その生き返った者はどこに?」
「私の部隊で保護監視している。このことを知っているのは、今のところ私と数名の部下だけだ」
「会えるか?」
「もちろん。そのために急いで知らせに来たんだからな」
「そうか……出来るなら早急に、アルディナ、フィーネ、ティア、そして俺のパーティメンバー同席のもとで聴取をしたいんだが……可能か?」
「ああ、そう思って帝国兵の身柄はここミスリールヘイヴンに移送済みだ。朝食後に聴取出来るように準備しておく」
「それはありがたい、それから一つ頼みがあるんだが?」
「なんだ?」
「聴取の前に会って危険が無いか確認したいんだが」
「もちろんだ。私は一旦自宅へ戻るからティアかフィーネに話しておこう」
「それならフィーネで頼む。ティアは客人のもてなしに忙しいだろう?」
「それもそうだな。わかった、部屋に戻ったら話しておく」
「悪いなフィーネ、本当なら皆と一緒にゆっくり朝食を食べていたはずなのに」
「いいえ、お役に立てて嬉しいです」
アルディナの話だと、その生き返った帝国兵は確認した限り精神状態は落ち着いていて敵対的な態度も感じられない。取り調べについても素直に応じる姿勢を見せている、とのことだったが……
あの怪しい異能を見せられたばかりだ。何かの罠の可能性も捨てきれない。
聴取が始まる前に本当のところを確認するためにフィーネに協力を依頼した。
「それにしても……生き返る……なんてことがあるのでしょうか?」
フィーネも当然半信半疑の様子だ。
「さあな? 俺も信じられないというよりも信じたくないが、アルディナが嘘を言うはずはないだろう」
アルディナの心はフィーネが確認しているので彼女が嘘を言っていないのは間違いない。ということは何らかの死を偽装する能力……なのかもしれない。
◇◇
「フィーネさま、ファーガソンさま、この先に帝国兵がおります。念のため拘束は解いておりませんが、十分にお気を付けください」
「わかった」
「ご苦労さま、下がって良いですよ。それから人払いを」
「はっ!!」
灯りは松明だけの窓の無い薄暗い部屋に入ると、頑丈に固定された椅子に何重にも縛り付けられた帝国兵の姿がぼんやりと浮かび上がる。
「フィーネ」
『……大丈夫です。敵意はありません……が――――』
「――――が、どうした?」
『うむううううぅううぅぅぅ!!!』
『……漏れそうだと焦ってます……ね』
「はああああああ……危なかった……この歳になってお漏らししたら死ねる!! いや、死ねないみたいだけど!!」
よほど切羽詰まっていたのか、大きく安堵の息を吐く帝国兵。
「気付かなくて申し訳なかったですね。人族と違ってエルフは排泄欲求があまり無いので……新人ゆえに配慮が足りなかったようです」
軽く頭を下げるフィーネ。相手は仲間を拉致しようとした帝国兵だが、そこはきちんと分けて考えているのだろう。
「ああ、気にしないでエルフのお姉さん!! 私は捕虜なんですから文句を言える立場じゃありませんし」
ふむ……たしかに敵意の欠片も感じられないな。おまけにこの状況にも関わらず緊張感も無い。
「俺は白銀級冒険者のファーガソンだ。この後聴取を行いたいと思っているが、仲間の安全が最優先だからな。確認させてもらいに来た」
「おおおっ!! めっちゃイケメンのお兄さん!! 安心してください、私、本当に弱いただの一般兵ですから!! 聴取だろうが何だろうが喜んで協力させていただきます!! だから命だけは!!」
「……フィーネ?」
『……100%本心ですね』
なんだか調子が狂うな……。
「ところでさっき言っていた『死ねないみたいだけど』っていうのはどういう意味だ?」
「言葉通りですよ。少し長くなりますけど今話しますか?」
「いや……せっかくだから後で皆で聞かせてもらうよ。他に何か?」
「あ……お腹空いたんで何かいただけると……」
「……わかりました。何か差し入れさせましょう」
「どうだった?」
「あの人族に関してはファーガソンさまほどではありませんが概ね印象そのままです。特に危険は無いと思いますが……やはりファーガソンさまのパーティメンバーの皆さまにも同席いただいた方が良さそうですね」
「どうしてそう思った?」
「どうやら王国に保護と亡命を希望しているようでしたので。そして急ぎ伝えたいという感情が読み取れました。具体的な内容については……本人の口から聞いた方が良いでしょう」
なるほど……それだけ重大な何かを知っているということか。
帝国の動きについては憶測ばかりで具体的な情報が得られずに困っていたところだ。
これは思いがけず幸運が舞い込んできたのかもしれない。
「ところでファーガソンさま。ご褒美をいただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。ファーガソンで良いのか?」
「……ファーガソンさま、私のことを何だと思っているんですか?」
「す、すまん、悪気があったわけじゃないんだ――――」
「モーニングファーガソンでお願いします」
「……それは……何か違うのか?」
「当たり前です。朝にしか出来ないことですから」
「そ、そうか……それなら屋敷へ戻るか?」
「いいえ、ここからなら冒険者ギルドの方が近いです。VIPルームもありますし」
冒険者ギルドの使い方が間違っているような気がするのは俺だけだろうか?
「ついでに依頼の件も報告してしまいましょう」
「なるほど、さすがフィーネだな」
どうやら俺が間違っていたらしい。




