第百四十二話 焼きたてが一番美味い
「それで……? どうやって食べるのコレ」
さすが森の民だけあって食べられるとわかれば虫系の食材も気にならないようだ。チハヤには絶対に見せないようにしないといけないが。
「この状態ですでに酒漬けになっているからな。火で炙ってアルコール分を飛ばすだけで食べられるぞ。ただし、顎は硬いからカリカリに焼かないと食べられないが」
エルフは基本的に火魔法が使えないので、俺が火を起こしている間に乾いた枝や枯れ草を集めて来てもらう。
ボロノイ・バイターの幼体は、木の枝に刺して火で炙ってゆく。
パチパチパチパチ――――
表面が焦げてきて肉汁が落ちてくる。
「うん……良い感じに焼けたな。食べてみろティア」
一番良い感じに焼けた幼体をティアに手渡す。
「へえ……めちゃくちゃ良い匂いがする~!!」
そうなのだ。とにかく食欲をそそる香ばしい薫りがたまらない。
「私もいただきますね」
ルーナスさんも我慢出来なくなったのか、一本手に取ってかぶりつく。
「おおおおお、美味しい!!!!!!」
「おおおおお、うんまあああああい!!!!」
二人がいきなり叫ぶからびっくりした。
どれ、俺もいただくとするか。
「む……こ、これは……美味すぎる……!!」
美味いのは知っていたが何と言うか別次元の美味さだ。
「なるほど……師匠が言っていたのは本当だったんだな」
「何のことですか? ファーガソンさん」
「ボロノイ・バイターの幼体の味は、食べている木の種類で変わるということ、そして樹齢が高いほど味わいが熟成されて美味しくなるらしいんだ」
エルダートレントの樹齢は最低でも数百年、そりゃあ美味しいわけだ。元々最高級の木材でもあるしな。
「ふむ……それは興味深いですな。ところでファーガソンさん、ボロノイ・バイターを完全に駆除することは可能でしょうか?」
「それは……正直難しいだろう。奴らが寄生するのはエルダートレントだけではないからな。これだけ広大な森ですべての樹を管理するのは不可能だろう? 一旦侵入されてしまった時点で残された選択肢はすべての樹を焼き払うか共生を模索するかの二択しかない」
「まあ……そうなるよね。でもこうやって駆除する方法があるだけマシかも。何よりもコイツラ美味いし」
ティアは美味ければそれで良いらしい。
「ティアさまの言う通りですな。不幸中の幸いと言ったところでしょうか。もちろん森の生態系への影響は無視出来ませんが、一定の範囲で影響を限定出来れば共生も可能かもしれません。無論、最終的にどうするかの判断は長老会に委ねる形にはなりますが」
今頃結界の件で大変な状況なのに、今度は外来種の侵入か……長老会とやらも大変だな。
「それで……ファーガソンさん、この幼体は長老会へ提出するのに使っても?」
「構わないが食べさせるつもりなら焼きたての方が断然美味いぞ?」
「ははは、長老会には熱いモノは決して食べないという変わり者もおりますので……」
「そうか……」
意味が分からないが大変そうだな。ルーナスさん。
「よし、それじゃあ今日の仕事は終わりだね? 行こうファーガソンさま」
待ちきれない子どものように俺の手を引くティア。
「ははは、そんなに急がなくても俺は逃げたりしないぞ」
「……駄目なんだよ。私には時間が無い」
「……ティア?」
さっきまでの天真爛漫なティアから突然嘘みたいに笑顔が消える。
何か訳ありなんだろうが……聞ける雰囲気ではないな。
「わかった。行こうティア」
「ごめんね、ファーガソンさま……せっかくのファーガソンなのに気分悪いよね……」
「そんなことはない。ファーガソンはいつだってファーガソンだ」
駄目だ……自分でも何を言っているのかわからない。少なからず戸惑ってしまっている。
「私ね……生まれつき身体が弱いんだ。だから長生き出来ない。おかしいよね、エルフなのにさ」
「ティア……そうだったのか」
アルディナ隊長の副官として勇ましく戦う姿を見て誰がそんなことに気付くだろうか。
彼女は……ティアは……短い生を懸命に生きていたんだな……。だから楽しむことを第一に考えて……。
「ティア、俺はこの場所に留まることは出来ない。だが……ここにいる間にして欲しいこと、俺に出来ることがあれば遠慮なく言ってくれ。大したことは出来ないかもしれないが」
「ファーガソンさま……ありがとう。そうだな……一度エターナル・ファーガソンをやってみたかったんだ」
エターナル……ファーガソン?
「そ、そうだな……この森の中だったら可能かもしれないが……仲間と夕食に合流することになっているからエターナルは難しい」
「あはは、わかってるよ。でもさ、それまでなら付き合ってくれるんでしょ?」
「無論だ」
「くぅ……身体がもっと丈夫だったら……」
「もう限界だ。無理をしたら意味が無いだろう?」
ティアの身体ではエターナルに耐えられない。森の恵みで体力だけは回復はするが、身体が強くなるわけではないからな。
「そういえばティアは回復魔法が得意じゃなかったのか?」
やたら俺を回復させたがっていたから、てっきり回復系が得意なのかと思っていたが……。
「うん、得意だよ。たぶんミスリールでもトップクラスにね。でもね、私の魔法は自分自身には効かないんだ、笑っちゃうよね」
「……そうか」
聞いたことがある。使用制限があるスキルはその分強力になると。皮肉なことに彼女の場合はその制限が自分自身だったということか……。
「でもね、それで良かったと思ってる。だって私は誰よりも命の大切さを知っているし、生きていることが当たり前じゃないんだって痛いほど実感してる。だから皆の助けになれることが嬉しいんだ。こんな私にも生まれて来た意味があるんだって……そう思ってるから」
最低だなファーガソン。
俺はティアのことを何も理解していなかった。行動や言動、表面を見てわかったような気になっていた。
俺はすぐに調子に乗る。いつだってそうだ……大切なことが見えていない。
手遅れになってからでは遅いんだ。失ったものは決して……戻ってこないのだから。




