第百十三話 魔族の正体
『う……ボクは一体……』
どうやら浄化したことで神聖魔法の治癒が効果を発揮したようだ。ゆっくりと目を開き起き上がる魔族の少年。
魔族の外見と年齢の関係はわからないが、見た目はリュゼよりも年下に見える。こんな少年がこれだけの強さを持っているとなると魔族というのがいかに強力な種族なのかわかるというものだ。
勇者がいなければ勝てないというのも理解できた気がする。もっとも、エルフのように魔族の見た目が総じて幼いという可能性もあるが。
「目が覚めたようだな。俺はファーガソン、この国の冒険者だ。この子がチハヤ。魔法使いでテイマーだ。それから――――」
『まま~!! くろいむし、ぜんぶけしずみにしたの~!!』
「ドラコえらい!! よくやったね」
ドラコが嬉しそうに尻尾をぶんぶん振り回しながらこちらへ飛んで来る。
チハヤにさんざん撫でまわされた後、頭の上にちょこんと座った。
「この子がチハヤの従魔のドラコだ。お前の名前は?」
『……マキシム』
どうやら浄化されたせいか敵意はまったく感じられない。思いの外素直に答えてくれた。こうしているとちょっと顔色の悪い普通の少年にしか見えないな。
「マキシム、さっき『アイツ』に心臓を届けなければならないようなことを言っていたが? もし良かったら事情を話してくれないか? 何か力になれるかもしれん」
『……マギカっていう双子の妹がいるんだ。このままだと死んじゃうんだよ!!』
さっきまでの強気な態度が崩れて泣きそうな表情を見せるマキシム。
「わかった、出来る限り協力する。その子のところまで案内してくれ」
『わかった』
『ここにいる』
マキシムに連れられてやってきたのは、町からほど近い森の中。
大きな木のうろの中にその子は寝かされていた。
双子というだけあって、マキシムとそっくりな少女。灰色の髪から二本の角が生えている。
「むう……目立った外傷は無いようだが……あまりにも生気が薄い。たしかにこのままだと長くは持たないかもしれない」
あまりにも生気が感じられないので最初死んでいるのかと勘違いしてしまったほど弱っている。
『ボクたち魔族は魔力が枯渇すると死ぬ。魔素が濃い場所なら魔力が枯渇することなんて無いんだけど……マギカは転移の大魔法を使って魔力の大部分を失った上に、残りの魔力も傷の治癒再生に使っている。しかも……妹は普通の魔族よりも維持魔力量が多いんだ」
魔族は魔力が枯渇すると死ぬのか。
「維持魔力量というのは?」
『生命を維持するために必要な最低限の魔力量のことだよ。この環境だと大気中から取り入れる魔力量よりも消費する方が多いから、マギカは呼吸をするだけでも少しずつ魔力が失われてゆくことになるんだ』
なるほどな。何とかして妹を助けたかったわけか……。
「とすると魔族は魔力の回復を大気中の魔力を吸収することで行っているのか?」
『人間と同じ程度の自然回復はするんだけど、肉体の維持にそのまま使ってしまうからね。人間の食事みたいなものだよ』
強力な肉体というのも場所が変われば弱点になるのか。便利なようで不便なものだな。
「一つだけ聞かせてくれマキシム。マギカはなぜそこまでして危険な大魔法を使ったんだ?」
魔族の領域から出るということはおそらく危険を伴う行為であったに違いない。それでもなお魔法を使ったということは、やむを得ない事情があったということだ。
『……捕まりそうになった』
「捕まりそうに? 誰にだ?」
『連中は帝国だって言ってたな。父上と魔王軍の主力が勇者に殺された後、魔王軍は魔都に逃げ帰ったんだけど……そこで待っていたのは、帝国軍の罠だった。連中は本気で魔族を滅ぼすつもりだった。ボクとマギカは臣下に連れられて逃げたんだけど……その臣下こそが裏切り者だったんだ……』
帝国らしいやり方だな……勇者が現れた時点で計画していたのだろう。
『帝国はボクとマギカを奴隷にして利用しようとしていた。だからマギカは……』
マキシムの顔が悔しそうに歪む。
「事情はわかった。帝国は俺たちの敵でもある。だから安心しろ。とにかくまずはマギカを助けなければならないが……マキシム、魔族同士で魔力の譲渡は出来ないのか?」
チハヤの神聖魔法でマキシムの魔力は回復している。
『……出来ない。魔族はその突き抜けた力故、助け合うことが苦手なんだ』
まあそうだろうな。出来るなら真っ先にやっていただろう。
「ところで……さっき父上が勇者に殺されたと言っていたが、もしかしてお前は――――」
『ああ、ボクは魔王の息子、第二王子のマキシムだよ。捕まえて殺すのか?』
やはりそうか。まあ……魔王の息子が魔王になるわけではない。あれは突然変異のようなものらしいからな。歴史上、二代続けて魔王になった例は無い。一番間隔が近い時でも八十年以上開いていた。
「いや、お前が誰だろうが関係ない。妹も必ず助ける」
『そうか……マギカを頼む、助けてやってくれ』
困っていたり苦しんでいるなら助けてやりたい。
俺はそれが出来なかった……一番大切な人が……一番必要としていたのに……何も出来なかった。
「チハヤ、マギカを助けられそうか?」
「うん、大丈夫だと思う。でも……マッキーに使った魔法だと足りない気がする。何となくだけど」
マッキーってもしかしてマキシムのことか? あえて聞きはしないが……。
「あれでも足りないのか。どうするつもりだ?」
「えへへ、もっとすごいの使えば無問題」
チハヤが落ちていた木の棒を持ってくるくる踊り出す。
「その踊りは何か意味がある儀式なのか?」
「うん、魔法のノリが良くなる」
魔法のノリってなんだろう? それにしてもチハヤの奴、やはりとんでもない魔力量なんだな。
リエンの話だと、聖癒のオリフラムに必要な魔力量は一国の魔法使いの総魔力量に匹敵するらしい。それ以外にも神聖魔法を連発しているのに疲労の色さえ見えないとかどうなっているんだ?
「それじゃあ、行っくよ~!!」
チハヤの魔法はリエンのように周囲を巻き込むような魔力渦が発生しない。
不思議なほど静かで神々しいほど荘厳だ。
天から光の雨が降ってくる。どこまでも優しいのに限りなく力強い。
まるで女神さまに抱かれているようなそんな感覚……温かく涙が出るほど懐かしさを感じる。
聖なる光よ、我が足元に集いて、
天の純白なる輪となり結界を成せ。
浄化の薫り高く、慈悲深き守護の力を。
天使達の翼よ、この聖域に舞い降り、
すべてを穢れから解き放たん。
チハヤの声のようでチハヤの声ではないような……天使の歌声のような詠唱のメロディ。
『光輪聖陣シャインサークル!!』
先ほどとは次元の違うとんでもない力を感じる。おそらくはかなり上位の神聖魔法……
天から降臨した光の輪がマギカを包み込む。
パキーン
何かが砕け散った音が聞こえて――――光がはじけた。




