第百十二話 ロックオン
光があふれる真っ白な世界……何も見えない何も感じない。
きっと私は死んだのだろう。
ここが話に聞く死後の世界か……魂が肉体から離れて神々のいらっしゃる天界へ還ってゆくのだ。
ん? おかしいな。身体がある? 魔族に貫かれたはずの胸の穴も無くなっている……?
『ウギャアアアアア!?』
耳をつんざくような絶叫で我に返る。
あの魔族が光に苦しんでいるのか?
「お、お姉ちゃん!!」
サッリが駆け寄ってくる。
「サッリ……一体何が起こっているんだい?」
「えっと……私もよくわからないのだけど、男の人と女の人が来て、バーッとやって、ぶわああっってやったら、きらきら~ってなって気が付いたらこんな感じ」
……なるほど、わからん。
「とにかく助かったらしいね。なぜか身体が軽いし魔力も回復している。サッリ、今の内に避難を――――」
「多分、その必要無いと思うよ、お姉ちゃん。あの男の人めちゃくちゃ強いから」
「なんだってっ!?」
あの魔族の強さは異常だ。まともに対抗できる人間がいるとは思えないが……
「あ、あり得ない……」
サッリの言う通り、魔族はたった一人の男相手に圧倒されている。
あの光の力で魔族が弱体化しているのかもしれないが、少なくとも私にはそこまで弱っているようには見えない。あの圧倒的な存在感は何も変わってはいないし、むしろ男が強すぎるだけのように映る。
しかもだ――――
「めっちゃカッコいいじゃねえか!!!」
ずきゅんと来た!! なんだあのおとぎ話の王子様みたいなイケメンは!! いや、顔だけじゃねえ……鍛え上げられた無駄の無いしなやかな筋肉、ほ、頬ずりしてえ……。
「だよね!! 私もそう思ったんだ」
サッリの奴、今まで男になんて興味が無いと思ってたんだが……まあ、それは私も同じか。家族は欲しいと思ってはいたが、なかなかピンとくる男がいなかった。言い寄ってくるヤツは掃いて捨てるほどいたが。
絶体絶命のピンチに颯爽と現れて助けてくれる英雄か……。
そんなのおとぎ話の中だけだと思っていたけどね。
「サッリ、わかってるな」
「うん、わかってる」
「「絶対に逃がさないんだから」」
◇◇◇
「うおっ!?」
「どうしたのファーギー?」
「あ、いや……なんだか寒気が……」
「大丈夫? もう一度聖癒のオリフラムする?」
「いや、大丈夫だ」
町に入ってすぐにチハヤに特大級の広範囲神聖魔法を使わせた。
町の状況がわからない以上、生きている人がいれば全員助けたかった。あの瞬間生死の境にいた人もいたかもしれないからな。
「それより今はアイツの方が問題だ。外見的な特徴からおそらくは魔族だろう。俺も本物を見るのは初めてだが……ネクロビートルの謎も魔族が原因なら一応納得は出来るな」
なぜこんなところにという疑問はあるが、少なくとも原因がわからないよりははるかに良い。
「へえ……あの悪魔みたいのが魔族なんだ……なんだか苦しんでるけど大丈夫かな?」
「どうやら魔族は神聖魔法に弱いみたいだな。聖癒のオリフラムを喰らって回復するどころかダメージを受けているように見える」
弱っているところをぶん殴ってしまったけど死ななくて良かった。色々聞いておきたいこともあるからな。
『ぐぎぎ……き、貴様ら……このボクによくも……』
めちゃくちゃ怒っているな。まあ不意打ちして悪かったとは思うが、先に人間を殺そうとしてたのお前だからな?
「色々話を聞きたい。これ以上戦うつもりはないし、拳を下ろしてくれるのなら殺すつもりはない』
魔王が倒れたことで、魔族との戦争は終わっているのだ。出来ることならこれ以上の争いの種を増やしたくない。
『勘違いするなよ人間、ボクが万全の状態ならお前になんて負けやしない!! だけど……その子の心臓をくれるなら邪魔をされたことは許してやる。考えてる時間は無い――――へぎゃっ!?』
「馬鹿を言うな。なぜお前にチハヤの心臓をやらねばならんのだ」
「そうだよー。私の心臓なんて美味しくないから~!!」
『ば……馬鹿な……なんでこのボクが……人間に……くそっ、身体が動かない……動け……動けよ……アイツに心臓を届けないといけないのに……』
さすが魔族、タフだな……この俺の直撃を二発喰らってまだ喋れるとはな……。
それにしても『アイツ』か……何か訳ありのようだが、話し合いに応じてくれる雰囲気じゃないんだよな。
「なあチハヤ、リエンに何か教わっていたようだが、魔族を大人しくさせるような神聖魔法って無いのか?」
「あはは、ファーギーったらそんな都合のいい魔法なんてあるわけない――――って言いたいところだけどあります~」
駄目元で聞いてみたが……あるのか!?
『くそっ、こんな魔素の薄いところで使ったら魔力消費がヤバいことになるから使いたくなかったけど仕方がない……』
魔族の気が大きく跳ねる。
ボゴボゴボゴッ
背中の筋肉が盛り上がってワイバーンのような翼が出現し、牙と爪が伸びて禍々しい姿が一層強調される。普段は力を抑えているとでもいうのか?
「ファーギー、私に任せて」
「わかった頼むぞチハヤ」
清き光の使徒よ、我と共に歩みし者。
その純粋なる祈りを今、降ろし給え。
浄めるは蠱惑の闇、癒やすは疼く心。
純白の聖光、祈りとなりて破邪顕正なる
「浄化せよ『純白の祈り(ピュア・プリーテ)』
聖なる光の結晶が魔族の身体を包み込む。
バリーン!!
何かが砕け散った音が聞こえる。
『ぐはあっ!?』
変身前の状態に戻ってのたうち回る魔族だったが、すぐに意識を失ってしまった。
すると次第に肌の色が薄くなり……頭部の角が短く縮んでゆく。
「ふむ……こうしてみると魔族も人も変わらないな」
「そうだねー」
「それにしても、よくあんなに長い詠唱を覚えたものだな?」
リエンから教わったとはいえ、あの短時間でよくもまあ……
「えへへ、これね、覚えたんじゃないんだよ。使おうとすると自動的に口が動くの」
……なんだそのチート機能は。
まあ……勇者と同じように聖女にもまた似たような力が女神さまから与えられているのかもしれないな。そういうものだと受け入れるしかない。
「ところでやはり魔族には治癒が使えないのか?」
気を失ったままでは話が聞けないが、どうやら神聖魔法は魔族にはダメージになってしまうようだから困ったものだ。
「うーん……多分浄化したから大丈夫だと思う。駄目なら駄目で痛みで目が覚めるでしょ」
「そ、そうだな」
チハヤもなかなかシンプルな思考をしているな。嫌いではないが。




