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最強冒険者のグルメ旅 ~据え膳も残さずいただきます~  作者: ひだまりのねこ


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第百十一話 魔族


「待てサッリ」


 歩き出そうとした私をお姉ちゃんが庇うように制した。


「どうしたの?」


 そう聞き返そうとしたけれど、酷い眩暈がして膝から崩れ落ちそうになった。


 嫌でもわかってしまった……圧倒的な存在が放つプレッシャーに押しつぶされそうになっているのだと。


 先ほどまで恐ろしくて死の象徴そのものだった虫の魔物が、文字通り虫けらに感じるほどの濃厚な死の気配……いや、死そのものだと言われても信じることが出来る。


 ()()()が近づいてくる。


 本能が告げる――――ここにいてはいけない。



『へえ……剣に炎を纏わせるのか。なかなかカッコいいじゃないか』


 その()()()が喋った。人間……なの?


「サッリ……今すぐここから逃げろ」


 お姉ちゃんが震えている。あれだけ強くて勇敢なお姉ちゃんが……


「早くっ!!」

「わ、わかった」


 魔法が使えない私がここにいてもお姉ちゃんの足手まといにしかならない。仔ネッコを抱いて必死で走る。


 

 慈愛の女神ミローディアよ、お願いお姉ちゃんを助けてください。



◇◇◇



『ふーん……こんな感じかな?』


 紫がかった黒っぽい皮膚、頭部には螺旋状の角が二本生えている。瞳は燃え盛る炎のように紅い。


 人語を解するということは亜人か……? しかしこんな禍々しい姿をした亜人なんて……見たことが無い。


 しかも冗談じゃないぞ……コイツ、詠唱もなし、見様見真似で私より強力な炎を剣に纏わせやがった……。私がこの技をどれほど苦労して習得したと思ってるんだチクショウ……。



「一応聞くが助けに来てくれた……ってわけじゃないんだよな?」


 期待しているわけじゃあない。言葉が通じるならサッリが逃げる時間を少しでも稼ぎたい。


『助けに? アハハハハハハハ、キミ、人間のクセに面白いこと言うね?」

「お前こそ面白いこと言うな。まるで自分が人間じゃないみたいじゃないか」


 まあ、どう見ても人間じゃないんだが。


「ボクは魔族だよ。もしかして見たことないんだ?」

「っ!? 魔族……だとっ!? 噂では聞いたことがあるが……おとぎ話の世界でしか知らん」

「へえ……そうなんだ。もしかしてかなり遠くまで飛ばされたのかな……」


 飛ばされた? こいつは何を言っているんだ?


「一つ教えてよ。バルハルト王国ってここから遠いの?」


 バルハルト王国だと? たしか大陸連合に属する王国のひとつで魔王領と接する最前線の国だったか? 大陸北部に位置し、冷涼な気候と尚武の気風が特徴の戦士の国だということぐらいしか知らない。


「わからん。遠すぎて見当もつかない」

「はあ……やっぱりか。道理で魔素が希薄すぎると思ったんだよね」


 よくわからないが、何らかの事情で知らない土地まで飛ばされてきたのだろうか?


「戻りたいなら知っている人間に案内させるが?」


 魔族がどれほど恐ろしい存在なのかこうして対峙してみて初めて実感できた。おそらくまともに戦って勝てる相手じゃあない。穏便に済ませられるなら……


「ふーん……ずいぶんと親切なんだね。キミの町をこんなにした相手だっていうのにさ。まあ虫どもに関しては僕が命令したわけじゃないんだけどね。わかった、気に入ったから見逃してあげるよ。でも今は人間のカスみたいな魔力でも必要なんだよね。だから悪いけどさっき逃げて行ったあの子から貰うことにするよ』


「魔力……だと? 残念だがサッリにはもうこれっぽっちも残っていないぞ?」


 使えるならもっと早く魔法を使っていたはずだ。そうしなかったということは、魔力が残っていなかったということ。私の魔力で良ければ差し出しても構わないんだが、正直立っているだけでも辛い。魔力が枯渇しているのが自分でもはっきりとわかる。


『アハハハハ、ねえ知ってるかい、魔力ってどこから生み出されているのか?』


「いや……知らない」


『心臓だよ』


 ゾクリ


 心臓を鷲掴みにされたような悪寒が走る。


 まさか――――


『ボクたち魔族はね、魔力を喰らうんじゃない。魔力を生み出す源たる心臓から魔力を喰らうんだ』


 ニイイ……大きな口が三日月状に割れる。


 ヤバい……コイツ……サッリを……サッリの心臓を喰う気だ!!


『さてとりあえず逃げたあの子の心臓をいただこうかな』


 サッリ――――


「ヤメロおおおおおおお!!!!!」


 ザシュ!!!


 全力を込めた大剣の一撃を魔族に向かって突き出す。


 ば……馬鹿な……


 たしかに当たったはずなのに……刺さっていない……だとっ!?


『……ねえ、何のつもりかな? これでもさ、ちょっとは痛いんだよ?』


 傷口から青い血がにじむ。


「妹には手を出すな。その代わり心臓が欲しいならくれてやる!!」

『うーん……出来ればキミは殺したくないんだけどね」



「私が死ねばお姉ちゃんが助かるんでしょ?」


「サッリ……ば、馬鹿野郎!! なんで戻って来たんだ!!」

 

『うん、そうだよ。キミの心臓を貰えればお姉ちゃんは殺さない、約束するよ』

「だ、駄目だサッリ、私が、私が代わりに!!」


『諦めなよ。せっかく妹がああ言ってくれてるんだしさ』


 魔族が右手を高くかざす。黒ずんだ長い爪が鈍く輝いてサッリの心臓を貫く――――


「げ……ごふっ……に……逃げろ……」

 

 はは……胸から手が生えてやがる……


「嫌ああああああ!!! お姉ちゃん!!!」



『あ~あ、何てことしちゃってんの?』

「うるさい……言っただろ……妹には指一本触れさせない……」


『はあ……やっぱりキミは良いね。でも……その傷じゃもう助からないね。生きたまま心臓を取り出さないと魔力が取り出せなくなるから……しょうがないな、残念だけどキミの心臓をいただくとするよ。大丈夫、なるべく痛みを感じないようにしてあげるから』


「妹は……」

『わかってる。約束は守るよ。キミの()()()は殺さない』

 

 魔族が何か魔法を使ったのか……身体が……動かねえし……たしかに痛みも感じない。私ひとりの命と引き換えに町を守れるならと思ったが、そんなに上手くはいかなかったみたいだな……。


 はは……こんなところで死ぬのかよ……子ども欲しかったな……家族を作りたかった。


 親父……お袋……わりい……思ったよりも早く再会出来そうだ……



『じゃあね、バイバイ』


 酷い出血で意識が遠くなってゆく。なんだ……死ぬって眠るみたいなんだな。



『聖癒のオリフラム!!』


 意識が途絶える瞬間、何かが聞こえたような気がした。

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