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第79話 孤独と孤高

◇◇◇


「ねえミナリー、アリシアと何があったの?」


 ベッドで隣に寝転がるミナリーの頬を、つんつんと突きながらわたしは尋ねる。


「…………」


「ねえねえミナリー?」


 つんつんつんつん。何度ぷにぷにほっぺを突いてもミナリーは答えてくれない。


 絶対に何かあったと思うんだけどなぁ……。


 さっきのお風呂での事。あの後アリシアはすぐに大浴場を出て行っちゃって、ミナリーに事情を聞いたけど「何もないです」とまともに取り合ってくれなかった。


 ミナリーの師匠として、アリシアのお姉ちゃんとして、二人にはもっと仲良くなって欲しいんだけど……。


「ねえねえミナリー、ねえねえってばぁ」


 しばらくミナリーの頬をぷにぷにしていると、不意にミナリーに人差し指を掴まれた。


「師匠、この指を左右どっちに折り曲げて欲しいですか?」


「えっ? えぇーっと……。ミナリー、指って左右に折れ曲がらないと思うよ……?」


「試してみる価値はあります」


「ないよ!? ご、ごめんねミナリー! お願いだから許してっ!」


 必死に許しを請うて何とか人差し指を開放してもらう。


 ミナリーの頬って柔らかいからぷにぷにするのがついつい楽しくなっちゃった。


 ミナリーは「まったくもぅ」と溜息を吐く。


「アリシアとは本当になにもありませんでした。……だからこそです」


「だからこそ?」


「…………」


 ミナリーは黙りこくってわたしに背中を向けるように寝返りを打った。


 わたしほどのミナリー愛好家ともなれば、普段あまり感情が表情に出ないミナリーの些細な仕草から、その心情を読み取ることができるようになる。


 うぅ~ん、これは…………寂しがってる?


 一見怒っているようにも見えるし、拗ねているようにも見えるけど、たぶんその根っこのところにある感情は、哀愁。


 ミナリーの発言を踏まえて考えると、アリシアの態度に寂しさを感じてるってところかな……?


「そっか。ミナリーはアリシアに構って欲しいんだね」


「そ、そういうわけでは……ない、ですが……」


 ミナリーは尻すぼみに否定する。


 ミナリー自身、モヤモヤした自分の感情をまだ上手く言語化できていないのかもしれない。


 だったら、わたしのすることは一つ。


「ねえ、ミナリー。ミナリーの考えてること、知りたいな」


 後ろからギュッと抱きしめて、耳元で囁く。


 ミナリーはしばらく沈黙した後に、ぽつりぽつりと呟くように語りだした。


「師匠、今度の飛箒祭ひしゅうさいに、アリシアは出場しないかもしれません……」


「アリシアがそう言ってたの?」


「…………いいえ。ですが、アリシアを見ていたらそんな気がしたんです」


 アリシアは飛箒祭の前年度優勝者。


 馬車の中では出場するって言っていたし、わたしもアリシアは今年の飛箒祭に出場するものだと決めつけていた。


 だけど、ミナリーがそう感じとったなら、少なくともアリシアの中に迷いがあるのは確かなんだと思う。


 ミナリーは両親から酷い扱いを受けていた過去があって、人の顔色を伺う癖みたいなのがある。そのせいで感情の機微には人一倍敏感だ。


「だとしたら、それはきっと私のせいです。私が飛箒祭に出たいと思ってしまったからです」


「アリシアは、ミナリーと戦いたくないって思っているのかな」


「……そうだと、思います。わたしが……」


 それから先の言葉を、ミナリーは口にしなかった。


 ……難しいね、ミナリー。


 王立魔法学園に入学できると決まってから、その可能性は考えていた。学園でミナリーに友達ができて、仲間ができて、もしかしたら大切な人が出来てしまったとしても、ミナリーと競い合ってくれる人はできないかもしれないって。


 ミナリーの突出した魔法の才能は、ミナリー自身を孤独にする。


 孤高にしてしまう。


 わたしは師匠として必死にミナリーの孤独を埋めようとしているけれど、それは師匠であるわたしが唯一、ミナリーに与えてあげられないものでもある。


 ミナリーが欲しているのは、ライバルという存在。自分と同じ土俵で、自分と同じレベルで競い合ってくれる誰か。


 ミナリーはそれをたぶん潜在的に、無意識の内にアリシアに求めようとしていて、けれどアリシアに拒絶されてしまった。


 だからミナリーは落ち込んで、寂しがっている。


 こればっかりは、わたしにはどうすることもできない悩みだった。


 師匠であるわたしはミナリーのライバルにはなれない。


 わたしもミナリーもそれを望んでいない。


 ミナリーがアリシアならと期待してしまう気持ちもわかる。


 けど……、それをアリシアの強要してしまうのは酷だから、


「……ごめんね、ミナリー。わたしには、一緒に居てあげることしかできないよ」


「師匠……っ」


 ミナリーはわたしの腕の中で寝返りを打って、わたしの胸に顔を押し付ける。


 わたしは安らかな寝息が聞こえてくるまで、ミナリーの髪を優しく撫で続けた。




 翌朝、わたしとミナリーは制服に着替えて寮の食堂へと向かった。


 ミナリーは少しだけ気分を持ち直したみたいで、普段と変わらない様子。


 ……ちょっとだけ安心かな。


 気になるのはアリシアの方。


 あの後、ロザリィ様がアリシアの様子を見に行ってくれたけど……。


「アリシア……」


「えっ?」


 不意に立ち止まったミナリーの視線の先。


 食堂の入り口近くに、アリシアとロザリィ様が居た。


 二人とも特に会話をする様子もなく、まるで誰かを待っているかのように並んで立っている。


「師匠、わたし……」


 ミナリーは立ち止まったまま、不安そうな顔でわたしを見た。


 そんなミナリーの背中に手を置いて、わたしは優しく前へと押してあげる。


「大丈夫だよ、ミナリー」


 自信を持ってそう言える根拠は、アリシアの表情。


 ミナリーはまだ気づいていないみたいだけど、アリシアは昨日よりもずっと可愛い顔をしている。


 だから絶対に大丈夫!


 ミナリーは何度もこっちに振り向きながら、ゆっくりとアリシアたちの方へ近づいていく。


 やがてミナリーに気付いたアリシアは、ミナリーに向かって大声で叫んだ。


「勝負よ、ミナリー!」


 アリシアの言葉を聞いたミナリーはハッと顔を上げて目を見開いた。


 そして嬉しそうに頬を緩めながら答える。


「はい、望むところです」


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