第57話 そろそろ起きたらどうですか
◇◇◇
私は頃合いを見て〈嵐獄壁〉を解き、獄炎と暴風をまとめて消し飛ばしました。真っ黒に焦げた一帯は焦土と化して、その中央に人の姿をした真っ黒な炭が倒れています。
「ミナリーっ!」
〈魔力開放〉を解いて一息ついた私に、師匠が飛びつくように抱き着いてきます。
「わっ……とと。師匠、いきなり飛びつかないでください」
「だって、ミナリー大丈夫!? 怪我してない!?」
「見ての通りです。というか、師匠の方が重症じゃないですか。〈ヒール〉をかけるので大人しくしてください」
随分と酷い怪我をしているように見えたので心配していましたが、これだけ元気なら大丈夫そうです。けれどいちおう、師匠を座らせて傷口を〈ヒール〉で治癒します。
「お疲れ様でした、師匠」
それから私は師匠を優しく抱きしめて、亜麻色の髪を優しく梳いてあげました。師匠は気持ちよさそうに目を細めていましたが、次第にぷくぅと頬を膨らませます。
「……むぅ、わたしもミナリーの頭を撫でてあげたいのに」
「気持ちだけで十分です。今はゆっくり休んでください」
「……んもぅ。ミナリーもお疲れさま。やっぱり本気のミナリーは最強だね」
「本気、ですか……? まだ本調子じゃなかったので、たぶん六割くらいですが」
「え、そ、そっか……」
あれで六割なんだ……と師匠はじゃっかん引き気味に呟きました。
……嘘です。本当のところは八割強でした。
私があと少しでも遅れていたら、師匠は間違いなく死んでいました。師匠を傷つけた相手に手加減をするほど、私は慈悲深くありません。
いまだ本調子ではなかったので八割程度の力しか出せませんでしたが、万全なら十割の力でクロウィエルを跡形もなく消し飛ばしていたところです。
それにしても、
「随分と強い相手でしたが、彼女はいったい何者だったんですか?」
見たところ、彼女の肉体は魔力で構成されているようです。自分で魔人だの魔神だの魔王に代わって世界を支配するだの言っていたので人間ではなさそうですが。
「えっと、わたしもよくわからないけど……。今回の件の黒幕で間違いないと思うよ」
「……でしょうね」
〈吸魔の書〉を持っていたことからもそれは明らかです。
それに、クロウィエルの魔力。どこかで見覚えがあると思っていましたが、これは入学式で見たアルバス・メイ学園長の魔力だった気がします。私が入学式で見かけたメイ学園長は、クロウィエルが化けていた姿だったということですか。
魔力を見られた気がして反射的に魔力を隠しましたが、悪くない判断だったかもしれません。
それにしても私が初見で見抜けないほどの変身魔法……いいえ、魔法ではありませんね。そもそもの肉体が魔力で出来ているのですから、姿かたちを変えるくらい簡単なのでしょう。そのうえで魔力を隠ぺいする魔法を使われたら見抜くことは難しいです。
……ただ、それもこれまでの話。どうやら今の彼女の魔力には私の魔力が少なくない比率で混ざりこんでいるようです。おそらくドラコが持っていた〈吸魔の書〉が吸い上げた魔力の転送先が彼女だったのでしょう。
今ならクロウィエルの魔力は一目見ただけで手に取るようにわかります
だから、
「そろそろ起きたらどうですか、魔人クロウィエル」
私は炭化したかのように見せかけて地面に寝転がっている彼女にそう呼びかけました。
「……どうしてばれるのじゃ」
「魔力でバレバレです。自分の魔力を見間違えるわけがありません」
「……この魔力はお主のじゃったか。ぬか喜びじゃったのぅ」
クロウィエルは観念したのか溜息を吐いて、炭化した死体のふりを辞めて人間の少女の姿になりました。さっきまでの姿より幼く見えます。肉体年齢は5歳程度でしょう。おそらく肉体を構成していた魔力すらも使い果たしてしまったようです。
もっと魔力を奪ったらどうなるんでしょうか。ちょっと気になりますね……。
「儂の負けじゃ、降参じゃ。もうろくに動くことも出来ん。全身が痛くて痛くて死んでしまいそうじゃ。さっさと止めを刺してほしいものじゃのぅ」
「ミナリー……」
師匠が私を見上げて、瞳で「どうしよう?」と問いかけて来ます。
どうするもこうするも、
「クロウィエルを殺すことは出来ません。というか、不可能ですね。彼女の肉体は魔力で出来ているので、その核……魂そのものを殺さない限り死ぬことはありません。ですが、今の私は魂に干渉する魔法を使えません。開発の糸口すら掴めていない状況です」
「じゃ、じゃあクロウィエルが殺してくれって言ってるのは……」
「この状況から逃げるため、ですよね?」
「…………そ、そんなことないじゃよ?」
クロウィエルはスーッと目を反らして下手糞な口笛を吹き始めました。どうやら推測は当たっていたようです。
「殺そうとしても彼女の体は魔力で回復します。それなら〈吸魔の書〉で魔力を奪ってしまえば彼女は肉体を失いますが、そうしたら魔力を失った魂だけがこの世界を彷徨うことになります。その魂はやがて魔力を得て受肉するはずです」
どれだけの年月がかかるのかわかりませんが、少なくともクロウィエルはこの場を切り抜けることができます。不死である彼女ならば、数十年数百年は誤差みたいなものでしょう。やがて復活した彼女は魔王復活か自らが魔神と成るために、再び魔力を集め始めるに違いありません。
「そ、それじゃあどうすれば……」
「封印ができれば一番いいのですが……」
その手の技術に私はあまり明るくありません。不完全な封印は逆にクロウィエルが魔力を得て受肉するのを早めてしまう可能性すらあります。それに封印は結局のところ、後世への問題の先送りでしかないです。
「くっくっく。どうしたのじゃ、小娘? さっさと儂を殺した方がよいと思うんじゃがのぅ。ほれ塵一つ残さず消し飛ばしてみぃ。まあ、魂は残るから儂はまた復活するんじゃがのぅ。お主らがくたばった後にでものんびり魔力集めを再開するだけじゃからなぁ!!」
「……仕方がありません。使役するしかなさそうですね」
「は……?」
クロウィエルは目を丸くして素っ頓狂な声を上げました。




