第46話 黒幕の正体
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近衛魔法師団。フィーリス王国各地から選りすぐりの魔法使いを集めた精鋭部隊の名称だ。二十年前に勃発した隣国ガナルカンド帝国との戦争ではフィーリス王国軍の中核を担い、王国を勝利に導く活躍で大陸にその名を轟かせた。
当時、近衛魔法師団を率いていた師団長の名はアルバス・メイ。現師団長を務めるアメリア・オクトーバー公爵の先代にあたり、王国で最も尊敬される魔法使いの一人であると言っても過言ではなかった。
そのアルバス・メイがなぜ――
黒煙を上げて燃え上がる一台の馬車が、王都の大通りに横倒しになっていた。つい数十秒前までアメリア・オクトーバーが乗っていたものだ。王立魔法学園襲撃の報を受け護衛についていた部下の八割を先行させた、ほんの数分後の出来事だった。
横合いからの魔法攻撃にアメリアは間一髪で馬車から脱出を果たした。一瞬でも魔力の感知が遅れていたら、あの炎の中に取り残されていただろう。
アメリアは四十手前とは思えない若々しさの端正な顔に戸惑いを浮かべ、襲撃者を見つめていた。
白い髭を蓄えた、腰の曲がった老人。杖を突きながら歩く老人の皴まみれの顔には、かつてアメリアが憧れた面影が僅かに残されている。
前線を退いた今では後進の育成のため身を粉にしている、かつての大英雄の姿がそこにはあった。
「アルバス団長……!?」
全盛期はとっくの昔に過ぎ、衰えから引退したはずの老齢男性から溢れ出る膨大な魔力にアメリアは気圧される。ともすれば、アメリアが知る師団長だった頃の魔力量すらも凌駕しているかもしれない。
だが、なぜ……? 老齢に差し掛かり老い先短いはずのアルバス・メイになぜこれだけの魔力が溢れている? 目の前に居る男は、本当にアルバス団長なのか?
「団長、お下がりください!!」
「ここは我々が引き受けますっ!」
護衛として残した魔法使いたちは、誰もが入団から数年と経っていない若者たちだった。彼らは突然の襲撃に動揺し、相手との力の差すら把握できていない。アメリアが止める間もなく、彼らは杖の先から魔法を放ってしまう。
魔法は老人の体に着弾。爆炎と煙が王都の一角に湧き上がる。周辺に居た住民たちが悲鳴を上げながら散り散りに逃げ惑う中、若い魔法使いたちは「やった!」と襲撃者の撃退に歓声を上げた。
「まだよ! 気を抜くな!!」
アメリアの一喝が届くよりも早く、煙を突き破って何かが若い魔法使いたちに襲い掛かった。
「なんだ!? ――ぐぁああああああっ!?」
「いやっ! 魔力が、奪われて――ぅあああああんっ!」
彼らに巻き付いたのは植物の蔓のようなものだった。それらは若い魔法使いたちに巻き付きながらドクンドクンと脈打ち、彼らが普段持て余しがちな魔力を吸い尽くしてしまう。
「まずい……!」
魔力の消費が激しい。このままでは彼らは急性魔力欠乏に陥り、魔法使いとしての人生を失う危険性もある。
「〈炎刃〉!」
アメリアの放った炎の刃が魔法使いたちに巻き付いた蔓のようなものを切断する。巻き付かれていた魔法使いたちはその場に倒れ伏すが、魔力欠乏に陥った者は居ないようだった。
「今の攻撃はまさか、〈吸魔の書〉……!?」
娘たちから報告があった王立魔法学園大図書館での魔導書窃盗事件が脳裏を過る。学園から盗まれた魔導書が〈吸魔の書〉だったということだろうか。だとしたらなぜ、それをアルバス・メイが所持している?
「血迷われましたか、アルバス団長!」
煙が晴れた先、魔法を受けたにもかかわらず傷一つ受けた様子のない老人にアメリアは叫んだ。アルバス・メイの手にはやはり、赤黒く光り輝く一冊の本。そこから何本もの蔓のようなものが溢れ出し蠢いている。魔導書――〈吸魔の書〉であることは間違いない。
「久しいのぅ、アメリア・オクトーバー。元気にしておったか?」
「アルバス団長、なにを……!」
馬車を襲撃しておきながら、部下たちから魔力を奪っておきながら、平然と、まるで他愛のない雑談を振るかのような気軽さで話しかけられたアメリアは確信する。
こいつは、少なくとも自分の知るアルバス団長ではない……!!
「お前は何者だ!? アルバス団長に成りすまそうと、このアメリア・オクトーバーの目は誤魔化せないわ!」
「ほっほっほ。何を言っておるのじゃ? わしはどこからどう見てもアルバス・メイじゃろうに」
「その姿、その声、その魔力。確かにお前はアルバス団長そのもの!! けれど、お前はアルバス師団長ではない!! なぜならば――アルバス団長はそのような老人口調で話さないからよ!!」
「…………うむ、それもそうじゃな」
アルバスは……アルバス・メイの姿をした何者かは、曲がっていた腰を真っ直ぐにして「んぅーっ」と可愛らしい声を出しながら伸びをする。手にしていた杖を投げ捨てると、腰に手を当ててため息を吐いた。
「老人に成りすますなら口調を変える必要もないじゃろうと思っておったが、言われて確かに儂のような話し方をする爺は居らぬと納得した。褒めてやるぞ、人間」
「お前は、何者なの……!?」
アメリアは目の前に立つ存在に唖然としながら問いかけた。幼い少女のような声で喋る老人は、口元に笑みを浮かべて答える。
「儂か? 儂の名はクロウィエル。魔王サタナエルの第三の僕じゃ。光栄に思うんじゃぞ、人間。お主の魔力は魔王復活の糧となるのじゃからのぅ!」




