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第40話 黒幕の気配(ミナリー視点)

   ◇◇◇


 私のキスで飛び起きた師匠は、顔を真っ赤にして慌てふためていました。


 ……効果てきめんですね。


 朝に弱い師匠を起こすのに毎日手を焼かされています。本人はすんなり起きている気になっているかもしれませんが、だいたいいつも師匠が起きるのは三回目くらいです。酷い時には五回揺り起こそうとしても寝続けます。


 さらに酷いとわたしを捕獲して抱き枕にするので、本当に面倒です。


 そんな師匠がキス一つで飛び起きたのは革新的発見でした。これまでの毎日の苦労は何だったんですかと思わないでもないですが、これからは起こすときにキスをするようにしましょう。しばらくは効果も持続するはずです。


「ぅぐぬぬぅ……」


「師匠、さっさと着替えて食堂へ行きますよ。みんながもう待っているはずです」


 警戒するように低く唸る師匠に着替えを促します。今日は予定がギッシリ詰まっているのでのんびりしている余裕はありません。


 食堂で合流したいつもの面々と共に、昨夜届いた書簡を持って教頭の元へ向かいます。理由は大図書館の魔導書収蔵書庫への立ち入りを許可してもらうためです。


 昨夜、師匠とアリシアのお母さんから届いた手紙には私たちへの指示として、書庫から盗まれた魔導書を特定するようにと書かれていました。そして同封されていたのは学園への立ち入り調査をする旨が書かれた通知書と、調査へ協力すれば情状酌量するというフロッグ教頭への書簡でした。


 その書簡を目にしたフロッグ教頭はこれまでの強固な態度を改め、私たちが呆気にとられるほど簡単に書庫への立ち入り許可を出しました。


 事ここに至っては隠蔽不可能だと悟った様子で、私たちからも口添えをして欲しいと頭まで下げる小物っぷりにロザリィとアリシアが溜息を吐いていました。


 そんなこんなありつつ向かった大図書館。魔導書の書庫の前には前回訪れた時と変わらず警備主任のロベルト・グレンジャーの姿がありました。


 ロザリィとアリシアを先頭に私と師匠、ニーナと、大勢で押し寄せた私たちにロベルトは目を丸くします。


「ろ、ロザリィ様にアリシア生徒会長!? これはいったい、何事ですか!?」


「ロベルト・グレンジャーでしたわね。フロッグ教頭の許可を取り付けてきましたわ。その扉の向こうに入らせていただきますわよ?」


「そ、そんな馬鹿なっ!」


 ロベルトは顔を真っ青にして、あからさまに狼狽えます。その様子はややオーバー気味に感じられました。


「どうしたんだろう……?」


 師匠も同様の感想を抱いたようで首を傾げています。


「あ、ありえません! 学園長は許可なされたのですか!?」


 唾を飛ばしながら問いを投げかけるロベルトに対し、アリシアが一歩前に出て答えます。


「アルバス学園長は事件が起こる前からずっと不在よ。だから学園長代理を務めるフロッグ教頭から許可を得たわ」


「む、無効だっ!! 学園長の許可がなければ通せないっ!!」


 ロベルトの必死な剣幕に、私たちは戸惑って顔を見合わせます。


 言っていることが前回と違います。前はフロッグ教頭の指示で通せないから許可を取るようにと言っていたはずです。それが今回は不在の学園長の許可が必要と……。


「言っていることが支離滅裂ですわね。まるでわたくしたちが書庫に立ち入るとあなたに不都合があるかのようですわ」


「それは……っ! とにかく、お引き取りください!! どうか、今すぐに!!」


 なぜ、ロベルトはここまで私たちの入室を頑なに拒むのでしょうか……? 何か、理由があるのだとしたら……?


 意識を集中し、ロベルトの魔力を読み解きます。それで何がどうなるわけでもありませんが、彼の態度がやはり妙に気になりました。


 そして、気づきました。


「糸……?」


 ロベルトの頭頂部から、細い糸が天井へ向かって伸びていることに。魔力を見ようとしなければ見えない糸です。その糸は、ロベルトの魔力とは別の魔力で作られていました。


 精神操作系の魔法ですか……? いいえ、それにしては干渉している魔力が少なく感じます。あの程度ならせいぜい、ロベルトの行動を部分的に把握できるだけでしょう。ならばおそらく、監視を目的とした魔法です。


 ロベルトの態度から察するに、彼は自分に魔法がかけられていることを知っているのかもしれません。だからこそ、ですか……。彼が頑なに私たちの入室を拒む理由が、この魔力の糸の先にあるはずです。


「師匠、アリシア、来てください」


「えっ!?」


「ちょっ、いきなりなんなのよ!?」


 私は師匠とアリシアの手首を掴むと、学園上空に〈転移〉しました。


「なっ――きゃぁああああああああああああああああっっっ!!!???」


「み、ミナリーいきなりどうしたの!?」


 魔力の糸は学園から王都の市街地へ続いています。その先にあったのは西地区にもほど近い一軒の民家です。


「あそこですか」


 師匠とアリシアとともに再度転移。民家の入り口の前に降り立ち、家の中の魔力を探ります。中に居るのは二人、その内の一人は赤ん坊……?


 ですが、これは……。


「ちょっと、ミナリー!! いきなり何をしでかすのよ!? 心臓が飛び出るかと思ったわっ!!」


「ミナリー、ここどこ……?」


「……ついて来てください」


 悠長に説明している時間はないかもしれません。民家の扉を開くと、そこには赤ん坊を抱いた若い女性の姿がありました。いきなり侵入してきた私たちに目を丸くした彼女でしたが、悲鳴を上げることはありませんでした。


 恐怖に怯えきったような表情で、必死に赤ん坊を抱きかかえています。


 魔力の糸は、そんな彼女たちに繋がっていました。


 ……いいえ。正確には彼女たちの体内に埋め込まれた呪いに繋がれています。


「ロベルト・グレンジャーは、どうやら脅されていたようです」


「脅されていたって、どういう意味よ……?」


「女性と赤ん坊に呪いが仕掛けられています。おそらくは、ロベルトが誰かを書庫に立ち入らせたり、秘密を口にしたら発動する呪いです」


 その呪いの存在を、どうやらロベルトの妻は知っているようでした。彼女にもまた何らかの条件付けがされているのかもしれません。彼女は声を発することなく、ただ頷きながら瞳で必死に助けを求めています。


「呪いが発動したら、どうなるの……?」


 師匠が恐る恐るといった様子でわたしに問いかけます。


「呪いの魔力を読み解かなければ正確にはわかりません。ですが、ロベルトを脅して屈服させるだけの効力はあるはずです」


 ……おそらく、ロベルトは侵入者の手引きも行っていたのでしょう。警備ゴーレムが無力化されていた件と、大図書館の男子トイレの窓が施錠されていなかった件。それらが警備主任であるロベルトの仕業であった可能性は十分にあります。


 そして、目の前の女性と赤ん坊はもうその時から人質にされていた……。わたしたちがロベルトに発見されたのも、もしかしたら偶然ではなかったのかもしれません。


「どうしよう、ミナリーっ!?」


「近衛魔法師団が学園に到着すれば強引に書庫へ侵入するかもしれません。今この場で解呪を試みます」


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