他人以上夫婦未満ってなにそれ?
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デイビス様は何を言われたのかわからないって顔で、固まったまま動かない。
ホワイトが「あう! わぉん! わんっ!」と何度か呼びかけているけど無反応よ。
おやつがもらえなくなったホワイトがしびれを切らして、デイビス様の頬をべろんと舐めた。
デイビス様がはっと息を呑む。
そして――
「あ、ああ、そうだね、ホワイト、おやつだよ~」
……ちょっと。現実逃避してホワイトを構って遊びはじめちゃったわよ‼
ホワイトはクッキーをもらえてご満悦だけど、そうじゃないのよ!
アイリッシュ様は言い方が悪かったと自覚したのか、再び咳ばらいをして言った。
「わかりにくくてすみません。言いなおします。わたくしと、名目上だけ夫婦になってください」
わたくし、アイリッシュ様に代弁係が必要な理由がものすごくよくわかったわ。この方に口を開かせたら駄目だと思うの。
オーフェリアがこめかみを押さえているけど、あんたの主なんだからなんとかしなさいよ。
デイビス様はホワイトの頭をわしゃわしゃ撫でながら必死で精神安定をはかり、すーはーすーはーと深呼吸を繰り返した後で顔を上げる。
「え、ええっと、つまり、僕は……結婚するけど、実際はしなくていいって、こと?」
「はい、その通りです」
「えーっと、それって、僕は跡取りを作らなくても、いいってこと?」
「はい」
「それ、アイリッシュ嬢に、メリット……あるのかなぁ?」
デイビス様が首をひねる。
散々母親に媚薬を盛られそうになったり女性を寝室に入れられそうになったりしてきたデイビス様は、警戒するのも当然よね。
口ではそういっても、実際結婚したら襲われるんじゃないかって顔してるわ。
アイリッシュ様はきりっと表情を引き締めて胸を張る。
「あります。わたくし、社交ができません。その点、デイビス様も社交に消極的でいらっしゃるので、これ以上ない良縁だと思っております。結婚後は好きなだけ引きこもっていただいて構いません。お互い過剰な干渉はしない、他人以上夫婦未満な関係の構築を望みます!」
他人以上夫婦未満って言葉、はじめて聞いたわよ。なによそれ。
オリヴィア様は想定以上のひどい会話に遠い目になっちゃっているわ。
テイラーは「わたくしは知りません」みたいな顔で明後日の方向を向いているし、アラン様はとうとう両手で頭を抱えちゃった。
バックスさんは笑顔のまま凍り付いていて、この場で平常運転なのはアイリッシュ様とホワイトだけよ。
何としても結婚を避けたかったデイビス様なのに、想像と百八十度違うことを言われたからなのかしら、おどおどした態度がちょっとましになっているわ。というか、ものすごく心配そうな顔でアイリッシュ様を見ている。
「あの、アイリッシュ嬢。それは、君のご両親も承知しているのかな……」
「大丈夫です。フィラルーシュ国内での結婚はもはや絶望的なので、ぼろが出る前にとっとと縁談をまとめて来いと言われています」
ぼろが出る前にって暴露しているけど、すでにぼろが出まくりよ。ずたぼろよ!
自分で言っていて悲しくならないのかしら。ならないのよね。だってアイリッシュ様は堂々と胸を張ってこう宣ったんだもの。
「ですので、どうかわたしをもらってやってください。全力で、デイビス様の引きこもり生活をバックアップさせていただきますので!」
これ、ファレル公爵夫人が聞いたらひっくり返るわね。
デイビス様が何とも言えない顔で押し黙った中、ホワイトがわおーんと大きく鳴いた。
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