がり勉眼鏡、忠告が遅いのよ!
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ヨークおじいちゃんって、すごいのね。
わたくしがパトリス様のお化けのふりをした夜から二日。
デイビス様が、おどおどしながらアラン様の部屋を訪れたらしいわ。
そして、「アイリッシュ嬢に会って話がしたいのだけど、どうしたらいいかな……」と指をもじもじしながら訊ねたんですって。
アラン様もびっくりして夢かと思ったそうよ。
だってあのデイビス様が、アイリッシュ様に会いたいと言ったのよ? 亡くなったパトリス様に依存しまくりの引きこもりの臆病者が、婚約予定者に!
フィラルーシュ国のユージーナ王女夫妻を招いてのお城のパーティー開催日まであと一週間を切っていたから、アラン様もオリヴィア様もサイラス様も、急いで日程調整をかけて、それからさらに三日後。
お城の超規模なサロンで、デイビス様とアイリッシュ様の顔合わせが行われることになった。
もちろんファレル公爵夫人は呼んでないわ。公爵夫人が来たら顔合わせどころの騒ぎじゃなくなりそうだもの。主にデイビス様が。
デイビス様が一人だと怖いだとなんだのとぐずぐずいうから、デイビス様の付き添いにはアラン様が、アイリッシュ様の付き添いにはオリヴィア様がつくことになった。
わたくしは侍女としてオリヴィア様にお供する。テイラーも一緒よ。
ついでに、アラン様にはバックス様がついているわ。
アイリッシュ様は代弁係のオーフェリアも連れて来るそうだけど、今日はご自身の口で喋るというから、あのがり勉眼鏡はただの付き人よ。
アイリッシュ様はまだ到着していないけれど、デイビス様はアラン様とサロンに到着している。
可哀想になるくらい青ざめて震えているけど、泣いていないだけましかしら?
デイビス様は、中身はひどすぎるけど、外見は一流。ヘーゼルナッツ色の髪にピスタチオ色の瞳の美丈夫よ。こういう例え方をしたら、なんかとっても美味しそうね。ナッツたっぷりのクッキーが食べたくなるわ。
小規模なお茶会に利用されるサロンだけど、お城のサロンだから小さいとはいえそれなりに広い。
高そうな壺や絵画も飾られていて、ソファも背もたれのところに繊細な刺繍が施されている一級品よ。
だけどそのソファのデイビス様の横に、でーんと我がもの顔で寝そべっている真っ白なもふもふの大型犬は、たまにソファの座面をがぶがぶかじっているんだけど、いいのかしら?
少しの間面倒を見ていたからか(わたくしから言わせれば、面倒を見られていたって感じだけど)、デイビス様はホワイトと仲良くなったみたい。
最初はのしかかられてびーびー泣いていたのに、今やホワイトが隣にいた方が落ち着くんですって。だからアラン様の計らいでサロンに連れてこられたんだけど……あのソファ、あとで丸洗いかしら? 穴があかないことだけ祈っておくわ。
口の字型に設置されているソファの、デイビス様から見て斜め左の席に座っているアラン様は、ソファの上で大人しくしているホワイトに「いい子だ」なんて声をかけているけど、座面をかじっている時点でいい子じゃないと思うの。
毎日ブラッシングされて、定期的にシャンプーされているホワイトはふわっふわな尻尾をぶんぶんと振り回す勢いで揺らしている。
ちなみに、ローテーブルの上には、人間用のお菓子のほかにワンちゃん用のクッキーもあるわ。
「わぉん!」
「ホワイト、まだアイリッシュ嬢が来ていないから待てだよ」
デイビス様がホワイトの頭を撫でながら言う。ホワイトはクッキーが欲しくて仕方がないのよ。
待てと言われて、ホワイトがちょっと拗ねたような顔で、デイビス様の膝に頭を乗せた。
そして上目遣いでデイビス様を見る。
あれは「必殺おねだりポーズ」ね!
うるうると潤んだ大きな目でじーっと見つめられると、とっても胸が苦しくなるのよ。だからついついおやつをあげちゃうの。
「う……ホワイト、もうちょっとだから」
ほら、デイビス様がおろおろしはじめた。ホワイトに意識が集中して、青ざめていた顔がちょっとましになったから、これはホワイトにお手柄練って言ってあげるべきかしら?
そんなホワイトとデイビス様に、オリヴィア様は微笑ましそうな笑顔を向けている。
おやつが待てないホワイトが、デイビス様の膝をよだれで汚しはじめた時、アイリッシュ様が到着した。
デイビス様はおどおどしながらもアイリッシュ様を立って出迎えようとしたんだけど、ホワイトが膝に頭を乗せているから無理だった。
しょんぼりと眉尻を下げるデイビス様に、アイリッシュ様が微笑む。
「そのままで結構ですよ。本日はお時間を取っていただきありがとうございます、デイビス様」
アイリッシュ様は今日もシンプルなドレスを身に着けていた。
軸がぶれない完璧なカーテシーを披露し、きゅっと口端を持ち上げて笑うアイリッシュ様は……うぅーん、顔立ちが凛々しいこともあって、なんかこう……男装していないんだけど男装の麗人って感じがするわ。
デイビス様ってば、アイリッシュ様の迫力に気おされたみたいにこくんと頷いたまま黙っちゃったし。
そんな中、ホワイトだけが通常運転よ。
アイリッシュ様がアラン様やオリヴィア様と挨拶を交わして、ソファに座った直後に嬉しそうな顔で「あぅんっ」と鳴く。
早くおやつよよこせと、デイビス様を見上げておねだりしているのね。その顔は「もういいよね?」って言っているみたいよ。
可愛いおねだりに陥落したデイビス様は、まだ紅茶が運ばれてきていないというのにクッキーを一枚ホワイトにあげちゃったわ。
それをホワイトがデイビス様の膝に頭を乗せたままバリバリするから、デイビス様の服にクッキーかすがついている。
アイリッシュ様がふっと目を細めた。
「可愛い犬ですね。デイビス様の犬ですか?」
「い、い、いえ……あのっ、ホワイトは……あ、この子はホワイトって名前なんですけど、その……アラン殿下の……」
おどおどしながらぼそぼそとデイビス様が言うけれど、ひとまず、口がきけているだけ御の字ってところかしらね。「ファーッ‼」って叫んで気を失わないだけましだわ。
デイビス様はしきりにホワイトの頭を撫でているけれど、あれで精神安定を図っているような気がするわね。
「アラン殿下の愛犬なのですね。デイビス様にとても懐いていらっしゃるので、てっきりデイビス様の愛犬なのかと思いました」
「ホワイトは、と、ととととっても人懐っこいので……その……」
「デイビスに少しの間世話を任せていたのだ。どうやらデイビスとホワイトは相性がいいようで、ずいぶんと打ち解けたようだ」
見かねたアラン様が助け舟を入れると、アイリッシュ様は「なるほど」と頷く。犬が好きなのかしらね。アイリッシュ様の表情は柔らかい。
……ひとまず、ホワイト効果で話はできそう、かしらね?
第一関門突破ってところかしら。アイリッシュ様を見るなり気絶されたら元も子もなかったものね。
マイペースなホワイトは、二枚目のクッキーを「あんっ」と甘えた声でおねだり。
デイビス様は二枚目のクッキーをホワイトに渡しつつ、ちらっちらっとアイリッシュ様に視線を向けた。
すらりと背の高い、銀髪に赤い瞳のきりりとしたご令嬢は、パトリス様とは真逆の印象なのだろう。デイビス様が怖がっているのがわかる。
……そういえば、ファレル公爵夫人も背の高い方よね。もしかして、母親のせいで背の高い女性が苦手なのかしら? だとしたら最悪だわ。
紅茶が運ばれてきたところで、オリヴィア様が口を開いた。
「デイビス様。この度の縁談について、アイリッシュ様からデイビス様にお話があるそうです。まずは聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
話ってあれよね~。白い結婚上等ってやつよね。
普通に考えて、とんでもなくぶっ飛んだ話だと思うんだけど、オリヴィア様はそのままデイビス様に伝えた方がいいと判断したみたい。
下手に取り繕うより本音でぶつかった方が、デイビス様の心に響きやすいと思うのって言っていたわ。
デイビス様はこくこくと高速で首を縦に振って、わしゃわしゃとホワイトを撫でる。せっかく綺麗にブラッシングしてもらっているホワイトの毛並みがぼさぼさになってきたわ。
アラン様がそんな愛犬に何とも言えない目を向けた。ホワイトは撫でられてご満悦みたいだけど、毛が絡まったらブラッシングのときに大変なのよね。
アイリッシュ様がこほんと小さく咳ばらいをして、きりっと顔を上げる。
「回りくどいのは好みませんので、単刀直入に申し上げます」
「は、はいぃ……」
「デイビス・ファレル様、わたくしと結婚してください。結婚していただくだけで結構です。寝室は別々、白い結婚上等、跡取りは養子でも愛人の子でも構いません。どうか、前向きにご検討いただけますよう、お願いいたします」
「はぃ……はい?」
さすがのデイビス様も、目をまん丸くして固まっちゃったわ。
結婚してくれと言われて泣きそうになっていたデイビス様だったけど、あまりの衝撃発言に涙が引っ込んだみたいよ。
「え? え? ええっと……え? ええ?」
人間、大混乱に陥ると「え」しか言えなくなるのかしら?
アラン様がこめかみを押さえている。
オリヴィア様は笑顔だけど、アイリッシュ様がまさかここまで直球で行くと思っていなかったのか、ちょっと目が泳いでいるわ。
そんな中、オーフェリアがぽそりと言った。
「アイリッシュ様、もう少し、オブラートに包んだ方がよろしかったと思います」
そういうのはね、事前に言っておいてほしいわね!
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