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頑丈王妃は、国王陛下に愛されたい。

 

「ディーノ、誕生日おめでとう」

「おめでとうございます、ディーノ様!」


 私、ウィレミナがアディンセル国王ライアン様に嫁いでから、約一年。出会った頃は五歳になったばかりだったディーノ様は、本日めでたく六歳の誕生日を迎えた。

「ありがとうございます、お父様。ウィレミナも、ありがとう」

 ディーノ様はニコニコと笑っていて、嬉しさが溢れる表情は見ているこちらまで幸せにしてくれる。

 もう恒例と言ってもいい、家族三人での晩餐。

 互いに手を伸ばせば届くサイズの丸テーブルの上には、ところ狭しとご馳走が並んでいた。いつもは一皿ずつ順番に料理を運ばれてくるが、今夜はディーノ様の好きなメニューばかりが大皿に盛られて並ぶスペシャルディナーだ。

「ディーノ様、取りますね。何が食べたいですか?」

「ありがとう、ウィレミナ。でも自分でやってみたい」

 ディーノ様のわくわくとした表情を見て、私はトングを彼に渡す。確かに、自分で好きなものを好きなだけ取るのって楽しいよね。

 好奇心も食欲も旺盛な育ち盛りのディーノ様は、自分の胃袋の容量を考えつつ皿に綺麗に料理を乗せていく。真剣に好物を選ぶ王子様も、可愛いです!

「ウィレミナ、私の分は取ってくれないのか」

 ライアン様に言われて、つい呆れた視線を向けてしまう。

「陛下は大人じゃないですか……」

「ディーノばかりズルいだろう、私のことも甘やかしてくれ」

 色気たっぷりに微笑まれて、つい色仕掛けに負ける私です。笑うなら笑うがいいわ!

 近頃の陛下はたまにこんな風に甘えてくれる時もあって、元々お姉ちゃん気質で世話焼きの私としても満更ではない。だって普段はキリッとしてる好きな人が、自分にだけ甘えてくるんですよ? 抗えるわけがない。


「もう……私、盛り付けも上手じゃありませんからね。適当に取りますよ」

「ああ……あ、その山菜は避けてくれ」

 なるべく満遍なく皿に盛りつけようと考えていると、陛下に止められた。

「え? 陛下、今は山菜は平気なんじゃなかったですか?」

「元から皿に乗っていれば食べるが、避けられるものならば避けたい」

「…………」

「こら、多めに盛るんじゃない」

 だってー!!!

 私とディーノ様が必死に嫌いなものを克服しようとしているのを涼しい顔をして見ていたくせに、自分だって嫌いな食べ物あるんじゃないですか! 今まで内緒にしてたなんて、ズルい。

 そうそう、ディーノ様はこの一年で本当に好き嫌いが減って、今では何でもモリモリ食べるようになった。私? 私は大人になっても苦手だったんだから、今更変わったりしませんよ。

 ライアン様のお皿に乗せた山菜を半分自分のお皿に移し、次は温かい魚料理を盛る。陛下はお肉よりお魚の方が好きなのよね。


「最近読んだ本で、何か面白いものはあったか? ディーノ」

 料理を待つ間、陛下はディーノ様へと問う。息子の額にかかる長い前髪を耳にかけてやる仕草は、優し気で愛情に満ちていて、見ていると心がぽかぽかとしてきた。

「二代前のハノーヴァ伯爵が編纂した国史を読みました。最近図鑑に載った薬草があれば、当時の流行り病は治療出来たのだと思うと、悔しかったです」

「ああ……あれは西国との交易で入ってきた薬草だからな……当時の船舶技術では西海の荒波は渡れなかったんだ」

「そっか。船……」

 んもぅ。また何か難しい話を始めちゃった。

 私はサッサと陛下と自分の分の皿に料理を乗せ終え、ついでに手の止まってしまったディーノ様のお皿にもお肉とパンを追加で乗せて彼の前に置く。ディーノ様はお魚よりお肉の方が好き。私は両方好きです。

 話は細かい年代の話に続いていくが私はさっさと食べ始める。曽祖父様が編纂したからって、私が全部暗記しているわけないじゃないですか。

 大体国史ってのは記録であって暗記しておくものじゃないですよ、必要な時に捲って確認する為に纏めてあるんですから。

 はーこのスープのシャーベット美味しい。シェフを呼んで褒めてあげたいぐらい。

 むしゃむしゃと私が食事を続けていると、父親との議論に熱中していたディーノ様がこちらを見る。

「あ、ウィレミナ! この後ケーキも食べるんだからお腹を空けておかないと」

「失礼な。私のことを見縊らないでください、甘い物は別腹です」

 キッパリと返すと、ディーノ様はちょっと引いている。何でよ。

 そんな様子を見つつ陛下は笑ってディーノ様を促した。

「ありがとう、ウィレミナ。私達もせっかくの料理が冷めない内に、食べるとしよう」

「はい、お父様」

 まぁ、いいお返事だこと。


 あらかた食事を終えた頃、蝋燭の火が灯った小さなホールケーキを料理人が運んできた。食事を終えた皿やカトラリーはメイド達が素早く片付け、ケーキはディーノ様の前に恭しく置かれる。

 蝋燭は六本。これから一本ずつ増えていく景色をライアン様の隣で見ていけるのだと思うと、涙が出そうなほど幸福だ。

 誕生日の願いをこめて、ディーノ様が一気に蝋燭の炎を吹き消す。

 一度で見事に全ての蝋燭の火を消した王子様に、私や陛下、他の使用人達も心から祝福の拍手を贈った。

 そしてお楽しみの贈り物の時間だ。

 王子様の為に金銀財宝あらゆる贅沢な贈り物が城に届いていたが、それらの管理は国庫にお任せ。ディーノ様個人に宛てたものというよりは、次期国王への貢物だものね。

「私の王子よ、六歳おめでとう」

 再度そう言って、ライアン様はディーノ様の額にキスをした。王子様の頬はリンゴのように真っ赤になって、唇はにまにまと綻んでいる。


 贈り物は小粒の宝石があしらわれた、それ自体がまるで芸術品のような剣帯だ。

 六歳になったので、ディーノ様は陛下のお許しをいただいて剣術の稽古を受けることになったのだ。私はまだ早いと思うんですけどね。

 六歳ですよ? まだ体術のお稽古の方がマシなんじゃないかと思うんだけど、仲良しのレナード様は五歳の頃から剣術の稽古をしていたので、ご自分もどうしてもやりたかったのですって。

「いいか、ディーノ。稽古は許すが、指南役のいる場以外で行っては駄目だぞ」

「はい、お父様。ありがとうございます!」

 はちきれそうな笑顔のディーノ様に、私は不安になる。もし楽しすぎてレナード様と二人の時に騎士ごっこなんて始めてしまったらどうしよう? 護衛という名の監視の目を増やすべきかしら。

 いつも賢明な王子様だが、乳兄弟と一緒の時はヤンチャぶりに磨きがかかるのだ。ハラハラを見ていると、ライアン様はちょっと意味ありげに笑ってコソッとディーノ様に囁く。

「もしも約束を破ったら、許可した私がウィレミナに叱られる。よくよく肝に銘じておいてくれ」

「聞こえていましてよ、陛下」

 ディーノ様も肩を竦めてクスクスと笑うので、私は似た者親子をジロリと睨みつけた。


 さて、そして私からの贈り物は、ジャムのクッキー。

 ジャムは王城の料理人の作った最高に美味しいものを使って、例によってクッキーは私が作った。せめてラッピングには綺麗なリボンを使ってみたが、せいぜいがその程度。

 王子様に手作りクッキーって、どうなんでしょう。しかも私、料理人でも菓子職人でもないのに。

「私でも、もっと高価なものを贈れるのですが……」

「これがいい。作るの、楽しかったし」

 そう、今日の昼間にまたもや一緒に作ったのだ。ジャムのクッキーは型抜きではなく生地をしぼり出して成形する為、数日前に予行練習もしたがその時もディーノ様は参加していた。

「もう……ジャムは美味しいと思いますが、ちゃんと菓子職人が作ったクッキーの方が絶対美味しいですよ?」

 光栄だけど、贈る相手が王子様となるとやっぱり羞恥の方が勝る。

「いいの。だってアイリスにはジンジャークッキーで、ルークにはクルミ。僕には毎年ジャムのクッキーって、すごく家族っぽい」

 クッキーの包みを大切そうに抱えてふふふ、と笑うディーノ様は、もう本当に、言葉にならないぐらい可愛い。


「これは、期待に応えなければならんな、王妃よ」

 陛下まだ面白そうに笑ってそう言うものだから、私に選択権なんてない。

「わかりました! 毎年焼いてさしあげます!」

「やった! ……あ、でもダメだ。来年の贈り物はもう決めてるんだった」

 ディーノ様は私の返事に大喜びしたが、すぐに思い出してシュンとする。そんなにしょんぼりしなくてもクッキーぐらい、誕生日じゃなくてもいつでも焼きますが。むしろ誕生日じゃない時の方がいいのですが。

 それより、もう来年の贈り物は決まっているの? 七歳の誕生日って何か特別なことあったかな。

 視線で陛下に訊ねると、彼も首を横に振って知らない、と返事を返す。二人の視線がディーノ様に集まると、王子様は晴れやかな笑顔でとんでもないことを言った。

「僕、来年の誕生日の贈り物は兄弟が欲しい」

「ひぇ」

 声にならない。ドッと鼓動が早まり、顔が真っ赤になるのが分かる。

 意味が分かって言ってるのかしら、六歳児! でも既に私よりよほど物知りで聡明なディーノ様だし分かってる……? いや、でもディーノ様は紳士だから、こんな他の使用人達もいる場で言うってことは意味は分かってない……?

 どっち!?


 残念ながら他に相手がいないので助けを求めて陛下を見ると、彼は眉間を指で揉んでいた。え、怖い。その反応初めて見た。

 はぁ、と深い溜息をついたライアン様は指を離し、ディーノ様の方へと身を乗り出すと厳しい表情で言った。

「ディーノ。人のことを贈り物として”くれ”、などと言ってはいけない」

「そこですか!?」

 思わず私が叫ぶと、ディーノ様は神妙な顔で頷く。

「ごめんなさい、お父様。じゃあ……贈り物じゃなくて、兄弟が欲しいです」

「素直!!」

 言い直したディーノ様に、ツッコミが冴え渡る。私が問題にしているのはそこじゃない。誰か助けてぇ……と思って見渡すが、周囲の使用人達には素早く顔を逸らされた。

 誰も助けてくれない。

 やけに動揺している私を不思議そうに見ている天然天使の王子様と、ニヤニヤと笑っている確信犯の王様。

 よーし、わかった。

「ディーノ様、子供は授かりものなのでお約束は出来ませんが、善処いたします」

「! ありがとう、ウィレミナ!」

 ぱぁっと笑顔になった幼い王子様は、後に自分の発言の意味を理解して私にものすごい勢いで謝りに来る。でも、そんな未来はまだまだ先のこと。


「いいのか?」

 今は、面白そうに成り行きを見ている陛下に強気に微笑んでみせる。

「ええ。私は陛下のこと、とっても愛しているから大丈夫です!」

 そう宣言してライアン様の首に腕を回して引き寄せると、その唇にキスをした。



 頑丈王妃は、国王陛下に愛されたい。


これにておしまいです!

最後までお付き合いありがとうございました!!!

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